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3 幽閉、動揺

 中はいっそう寒く、かび臭かった。むき出しの石壁は容赦無く足裏に冷たさを与えてくる。ドレスによく合う、白いサテンでできた花がついた靴をはかされていたが、耐えられないほど足が冷たい。

 部屋は広かった。そして、人が暮らすために作られたかのようだ。

 壁際には、古びてはいるが寝心地の良さそうなベッドが置かれている。ベッドの近くにはこじんまりとした文机と椅子。奥には小さな木の扉がついていて、開け放たれた扉から見えるのはトイレだ。

 どう見ても、人一人を生贄として殺すような部屋ではない。第一、ここには誰もいない。

「もっと入ってきて」

 青年がこちらを振り返った。びくっとする。

「何、するの……」

 声が震えてしまった。震えないほうがどうかしているとは思うけれど、今までに感じたことのない屈辱的な感情がわきあがる。

「何もしないから、入ってきて」

 思いのほか優しい声音で、びっくりした。さらに、大丈夫だから付いてきて、とも。

 この人は、何なの? おとなしくしてくれないと困るからこんなに優しく扱ってくれるのかな……。

 動揺する私の後ろで、ギイィと不気味な音を立てて扉が閉まった。

 青年が壁にランプをかける。さっきよりよく部屋が見えるようになった。

 そしてーー飛び込んできた"異様な物"に、気がつくと叫び声をあげていた。

 普通の部屋のはずがなかった。

 すみに置かれているのはーー無骨な二つの足枷。

 壁からのびる大きな鎖につながっているそれは、真っ黒で太くて、まわりをぐるりと取り囲むように金色の複雑な紋章が描かれている。

 取り乱す私を見て、青年はどこか苦しげな表情を見せてーーでも足枷をまっすぐ見つめて、言った。

「見ての通りだよ。……抵抗しないでくれると助かる」

「いやっ、いやだ……!」

 暴れたって、力ではかなわない。あっという間に部屋の隅に連れて行かれ、足枷をはめられる。

 何もしないって言ったのに。

「嘘つき」

 こみ上げてくる感情が怒りだとはっきりとわかった。勢いに任せてめちゃくちゃに暴れてしまいたい。実際、片手を振り上げた。

 でも、手を振り下ろすことはできなかった。恐怖の方が勝つ。生贄なんてまた連れてくればいい話なのかもしれない。そうだったら、この家の人を怒らせたりすると殺されてしまう可能性もある。平気で人をさらう家なんだから、やりかねない。

 唇を噛む私の目の前で、足枷の鍵がかちりとかけられる。足枷はきつくはまっていて、どんなに足首をひねってみても抜けそうにない。足枷は二つあるのに、なぜか一つしかはめられなかった。

「ここで一ヶ月間居てもらう。生贄を捧げる儀式は来月行う」

「一ヶ月?」

 てっきり今すぐ殺されてしまうのかと思っていた。猶予があるとは。

「ああ。ここはランズウィック家。悪魔を崇拝する、呪われた家だ。この家のことは全部占い師デリアが決める……水晶玉と星の導きによって。君は今年の生贄だよ。デリアが占った生贄の選び方によって選ばれて、ここにきた」

 そこまで聞いてたまらなくなり、目の前にいる青年の胸を両手で押して突き飛ばした。よろめいた青年は、それでも余裕そうに壁にもたれかかる。私の方は息が切れていた。呼吸が苦しい。涙がぼろぼろと頬をこぼれ落ちる。

「帰して、今すぐ出して、お願い、出してよ、これを外して」

 途切れ途切れに発する言葉は、心の底からの嘆願。

「あなたたちに、私の命をいいようにする権利はない。だから帰して!」

 一気に叫ぶと、たまっていた涙が全てこぼれ落ちる。あとからあとから涙は溢れてくる。

 そしてーー息が止まった。

 ふわりと背中に回る二本の腕。大きな手のひらが後頭部を撫でる。額が押し付けられたのは、彼の胸だった。

 抱きしめられている?

 どうして、どうしてこんなことーー。

 頭が真っ白になる。

 ひどい。ひどいーー!

「いい加減にして!!」

 ぱしん、と乾いた音が部屋に響いた。

 音を出したのが自分の手のひらで、自分の性格からは想像もつかないようなことをしたのはわかっていた。それでも感情がほとばしり、止められない。

 したたかに頬を打たれた青年が私を抱いていた腕をほどいたので、すべるように逃げ出す。足元でじゃらりと鎖が音を立てた。

「ごめん」

 青年はそう言うと、部屋の入り口まで歩いて行った。

 出ていくんだーーそうわかるとほっとした。

 ドアノブに手をかけたとき、青年はこちらに顔を向けて言った。

「俺はアンディ。この部屋の見張りをすることになってる」

 見張り。

 ここまで趣味が悪いとは。

 足枷をはめられた私はまるで、牢屋に放り込まれた囚人だ。アンディと名乗った彼は看守。

 明日の朝また来ると言い残して、アンディ

は部屋を出て行った。

 扉が閉まる音はささやかなものであるはずなのに、やけに耳に響いた。

 ランプの炎がゆらめく。その光に照らされて黒光りする、足にはめられた大きな足枷。

 足首を包む冷たい感触に、もう逃げられないのだと悟る。一ヶ月、とアンディは言った。この何もすることのない部屋で、一ヶ月。ただ殺されるのを待つだけ。

「何かの冗談でしょ……」

 かすれた涙声に答える人は、誰もいない。

 


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