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歩く速さで  作者:
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第1章 3

「しかし、紗弓ちゃんが結婚かぁ……」

 最近、結婚したいと言い出していたオグがため息混じりに紗弓に言う。ようやく、二人への質問攻めから解放された後だ。

「牧村はあのまま、あの彼女と落ち着くかと思ってたしね。何だかんだ言いながら。やっぱり意外だけど……でも良かったね」

「オグちゃん……素直に喜べないんだよ」

「喜びなさいな。待った方の勝ちだったんだから」

 それでも、紗弓は分からない。何であのかわいい彼女よりも自分を康介が選んだのか。しかも何の前触れもなければ、付き合おうでもなくプロポーズで、本当に前置きがないのだから。

「確かに、待ってたのかもなあ、でも。人の不幸、待つみたいでやな感じだなぁって何度も思ったもん」

「やっと素直に白状したね。ずっと聞いても離し逸らすか知らん顔するから、途中からこの話題振るのやめたけどさ」

 はは、と微笑って紗弓は一口目の前のサワーを口に入れる。他のところで男連中と馬鹿笑いしている康介に目をやってため息をついた。全然、学生時代と変わった気がしない。見ているだけで終わって、誰も知らないまま気持ちにも片が付いて、そのうちほとんど会わなくなって、誰かが思い出したようにこんな集まりを開く時に運が良かったら久しぶりと顔を合わせて、そしてこうやってその席でも話すわけでもなく……そんな風になるとしか思っていなかった関係なのだから。

「でも、恋愛自体を少し怖がっているようにも嫌がっているようにも正直見えたんだけど。よく結婚するってのが本気だって分かった時に逃げなかったね」

「逃げようとしたんだけどね。でもまあ、口で牧村くんに最終的に勝てたためしないし。それに、牧村くんならそういう意味では平気かなぁっておもってたし」

「?」

「これはね、そのうち言えるようになったら言うよ」

 オグは諦めの混じったため息を漏らす。そうしながらまったくなぁ、と自分も目の前のサワーの残りを一気に飲み干した。

「でもま、とりあえず幸せそうな顔してるからよかったね。話聞いてると成り行きと勢いと弾みみたいに聞こえるんだから、あんた達」

「あ、それぴったり」

 言ってけらけらと笑う紗弓にあんたは、と呆れたため息を漏らす。気楽なものだ。二人とも結局変わり者同士なんだよね、と納得してしまうけれど。

「ところで二人とも、家族にはなんて言ったの?」

「友達と結婚するよって言った。何か、あんまり追求されなかったけど。とりあえず片づいて良かったとでも思ったかな」

 それはあんた達がとりあえず互いに納得してそうしたいと思って決めたのが傍目に分かるからだよ、とは言わない。そんなことを言ってもどうせ、一所懸命否定するのだから。

「とりあえず仲間内の結婚第一号は一番意外な連中でしかも予想の中になかった顔合わせだったね」

「ああ、それはわたしたちも言ってたの」

 そう言って紗弓はくすくすと笑う。

 離れた場所で康介はその紗弓を眺めて微笑った。楽しそうにしている。その康介の様子に気づいて眺めていた征一は勝手に康介の手にあるグラスに自分のグラスを合わせた。

「ちゃんと、紗弓ちゃんのこと想ってるんだ」

「そらね。何とも思ってない相手にプロポーズしないよ。俺そんな奴とずっと一緒にいられる性格してねぇもん」

「なるほど」

「ん?」

「何か分かった。そこなんだ。別れた彼女はだめで、紗弓ちゃんならいいと思った理由」

「ああ……恋人にするには、あいつは難しいけどなぁ」

 プロポーズがそのまま本当になるとようやく理解した後に紗弓がそれに納得する代わりにした約束を思い出す。その約束だけは守ってと言われた約束。そんなことをあえてしなくても大丈夫だと言ったけれど、結局約束はした。

 征一はそんな康介の言葉に思わず笑ってしまう。学生時代の紗弓には、そういう風にわたしを扱わないで、恋人にしようなんて絶対に考えると言わんばかりのオーラが出ていたと思うことがある。そうでなければ、ずっと恋人がないままであるとは思えないのだから。そういう子なのだ。口では、いいな~と言っていても、多分本人自覚の上で、そうなることを拒んでいた。だからみんな、紗弓には憧れで終わるのだ。オグと話して笑っている紗弓を見ながら征一はグラスを干して次を頼む。まだ、結婚の報告があるには早いと思っていたけれど、言われてみるとそうでもなかったんだなぁ、などと独りごちながら。




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