1.殉職
鹿山瞳は50分の仮眠を取っていた。
より正確に言えば、部屋の隅にスーツのまま横たわって、泥のように眠っていた。
ドンッ!
「何ボケっとしてる!今は非常時なんだぞ!」
課長の怒号が飛び、その声で瞳は瞼を開けた。
限界を超えた人間というのは悲しいとか、苦しいとか、そういう感情が欠けるらしい。
むしろ元気そうに、しかし何か壊れたような感じになるらしい。
瞳もまた、そんな領域に入っていた。
連勤23日目。
クマはまるで化粧みたいに、くっきりとしていて、目は虚ろ、でも何故か顔は苦しそうでも、悲しそうでもなく。
優秀な成績で大学を出て、新卒で入った大手企業は真っ黒も真っ黒のブラック企業だった。
22歳新卒にして、ホワイト企業の新卒約10人分くらいの仕事をやっている。
それは企業の体質もあるが、何より瞳の強い責任感と、義務感、高い能力、そして狂気的とも言うべき謙虚さによるものであった。
「課長。私にできることがあれば」
瞳は立ち上がり、課長の前で直立不動の体勢をとり、そう言った。
「お、良いな。お前名前は…いや、良い。お前とりあえず、こことの取引をやってこい。あ、できなきゃクビな」
課長はそう言い、書類を突き出す。
瞳はそれを受け取り、礼をして部屋を出た。
彼女には大学時代からの愛車がある。
クリクリとした目のような丸いライトの軽自動車である。
…が、今ではそれもボロボロで、洗車も碌にされていない。
彼女はそれに乗り込み、エンジンをかけた。
彼女が相手するのは『私立中央産業教育高等学校』というところらしく、彼女はそのことを運転しながら確認した。
『私立中央産業教育高等学校は大手10社による共同出資で___ら__ん_い』
…文字がボヤける。
おそらく睡眠不足か、或いは栄養不足のせいだろう。
「これが社会人なんだから、もっともっと頑張らないと」
空腹感と眠気に苛まれながらも、瞳はそう自分に言い聞かせた。
瞳とて人間として最低限の生存本能はある。
なので、この仕事が終わったら食事を買おうと心に思った。
…車のクーラーが冷たいような気がする。
なんだか…汗が止まらない。
プルルルル
あ、職場からの電話…
ピッ
『あ、通じてるか?ありがてェことに、先方からの連絡で、直接出向かなくても良くなったらしい。だから帰ってこい。次の仕事だ』
ツーッツーッ
その電話を聞いて、瞳は近くのコンビニに寄ることにした。
「何…たべよ」
丁寧に駐車して、コンビニに入る。
目に付いたツナマヨおにぎりと…暖かそうな小分けのフライドチキン、エナジードリンクを持って店員の方へ行く。
「___ふ_ろ__す_?」
聞き取れないものの、仕草から袋が必要かと聞かれていると判断できるので、瞳は『大丈夫です』と言って、買い物を済ませてコンビニを出た。
…まず、暖かいフライドチキンを頬張る。
「ボケッ…ゴホッゴホッ…!!」
油のせいか、嘔吐してしまった。
……今はご飯を食べられないのかもしれない。
瞳はそう考えて、また車を動かした。
会社へと帰る。
ドンッ!
…その途上、不幸にも瞳は運転を誤り、彼女の車は電柱に激突した。
瞳は自分が事故を起こしたことにも気づかず、ただ『…また課長が怒ってる』と勘違いしながら、 意識を手放した。




