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第63話 沈黙のあとに


評議の間に重い沈黙が満ちていた。


昼間の喧騒が嘘のように、この場所に集まった村人たちは皆、目の前の寝台に横たわる少年から目を離せなかった。


白い包帯に浮かぶ赤茶の染み。


うなじまで汗で濡れ、青ざめた顔のその少年は、スキルを一つも持たない"外から来た者"――光也だった。



「まさか……肋骨が折れるほどとは……」


誰ともなく漏れた言葉が、場の空気を震わせた。


「スキルを持たないと聞いていたが、ここまでとは……演技だと思っていたのに……」


「普通の人間には、子供の魔法でさえ危険なんだな……」



当たり前に思っていた力の差が、残酷な現実として突きつけられ、村人たちは戸惑いを隠せなかった。


ごっこ遊びのつもりだった。


まさか本当に倒れるとは誰も思わなかった。


ただ少し力が強すぎただけ——そう信じたい気持ちが心の内でうごめいていた。



そんな中、重い足音とともに初老の男が立ち上がった。


元冒険者の長、エルモである。


深い皺と鋼のような眼差し。


その目が光也の傷ついた胸元に注がれる。


「我々は力のある者ばかりを基準にして考えてきた」



その一言で、評議の間の緊張がさらに高まった。


「戦える者こそ価値がある。そう信じてきた。だが——」



エルモは、まるでそこに誰もいないかのように静かに語る。


「だが彼は……守る気持ちだけで動いていた」



誰も言葉を返せなかった。


誰よりも早く危険へと走り、誰よりも無力な身体で飛び込んでいった少年。


それが、子供たちと遊ぶ"モンスター役"の光也だった。


彼の小さな背中を思い出しながら、村人たちはそれぞれの胸に冷たい針のような感情を感じていた。


悔しさ。羞恥。戸惑い。そして、申し訳なさ。



「……スキルがなくても、誰かのために動ける人間がいるんだな」


誰かのつぶやきが、評議の間の空気を静かに変えていった。



静寂を破ったのは、椅子が軋む小さな音だった。


すすり泣く声が空間に滲み出すように広がる。


声の主はユリオの母、レッタだった。



痩せた体を震わせ、膝を抱き、座ったまま深く頭を垂れている。


両手をぎゅっと握りしめながら、震える声で言葉を絞り出した。


「光也くんは……あの子は、うちのユリオを助けてくれたのに……」



言葉の途中で喉が詰まり、沈黙が落ちる。


その間、レッタの肩は呼吸と共に小刻みに揺れていた。


「……そのユリオが……あの子を……殴ったなんて……!」


顔を上げたレッタの目は赤く腫れ、涙で濡れていた。


「どう償えばいいの……? 命を助けてくれた恩をこんな形で返して……!」


その言葉に、空気が重く沈んだ。


誰も言葉を挟めなかった。



ふと、隣に座っていた年配の女性が、そっとレッタの肩に手を置いた。


その手には母としての痛みを知る者の温もりが満ちていた。


「……レッタ、誰もあなたを責めてはいないわ」


優しい声だった。


「子供たちに悪気はなかった。あれは遊びだったのよ。でもね、これは私たちが教訓にしなければならないことよ」



会議の空気がゆっくりと変わっていく。


罪悪感、悲しみ、驚き――様々な感情が静かに沈殿していく中、ひときわ静かに立ち上がった人物がいた。


防衛係のレマだった。


背筋はぴんと伸び、表情は落ち着き払っている。


その態度はまるで医者が診断結果を淡々と告げるようだった。


「今後、村の子供たちには"スキルを持たない者への接触時の注意"を徹底しましょう」


低く静かな声が響いた。


「体格差、魔力差、反応速度。これまで私たちは"強い者"を基準にしか考えてこなかった」


レマは一歩前に出る。


彼女の瞳には揺らぎがなかった。


「彼が今生きているのは奇跡に近い。これ以上同じような"事故"が起きれば、次は命がないかもしれません」


その言葉に、評議の間にいたすべての大人たちが無意識のうちにうなずいていた。


レマの言葉には誰も反論できなかった。


冷静で理路整然としていて、何より――正論だったから。


だが、誰も気づいていなかった。


その"正論"が村に"無力な者は特別扱いしなければ危険"という新しい秩序を生み、やがて《排除か保護か》という選択へと繋がっていくことを――。



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