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第64話 静かな観察者たち


評議の間に集った村人たちの声が、悲しみと驚きで揺れていた。


誰もが信じられないという表情で、寝台に横たわる少年――光也を見つめている。


包帯から染み出た赤は、まだ乾ききっていなかった。



その一角に。


誰よりも静かに場を見つめる四人の影があった。


冒険者パーティ《ルミナリス》


この異世界では珍しい、女性だけで構成された実力派の集団。


彼女たちは一言も発せず、群衆の輪からわずかに距離を取って座っていた。



沈黙の中心にいたのは、マリスだった。


腕を組み、目を伏せ、眉をほんの少しだけ寄せている。


視線の先は寝台の光也ではなく、床。


その奥の、何か別の“考え”を見つめるように。



彼女は合理主義者だった。


力と知恵を冷静に使い分け、感情よりも現実を優先するタイプ。


そんな彼女にとって、“無力者”の存在は、基本的には「守る対象」だった。



だが――今、心のどこかがざわついている。


(……光也は、本当に何も持っていない。ただの少年。それなのに、真っ先に動いた)


彼女の脳裏に、ユリオが魔獣に襲われそうになっていたその瞬間の記憶が蘇る。


誰よりも先に駆け出し、飛び込んだのは――この少年だった。


あのとき自分たち《ルミナリス》も動こうとしたが、迷いがあった。


「危険かもしれない」


「橋の耐久力では自分たちは渡れないかもしれない」


そんな思考が、わずかな逡巡を生んだ。



だが、彼にはそれがなかった。


その“躊躇のなさ”が、今もマリスの胸を離れない。


子供がじゃれついただけで重傷を負うほど弱い存在でありながら。


なぜ、迷いなく行動することが出来るのか。



その隣、ティナは膝の上に両手を重ね、視線を絶えず動かしていた。


人々の言葉。視線の動き。レッタの涙。


そして、村の防衛係・レマの冷静すぎる提案。


「……今後、村の子供たちには、"スキルを持たない者への接触時の注意"を徹底しましょう」


その一言に、彼女は反射的にまぶたを閉じた。


(……冷静すぎる)



レマの言葉は正論だ。


だが、その"間"や"声色"、周囲の空気の受け取り方に、何かが引っかかる。



その違和感をそっと胸にしまいながら、彼女の視線は再び光也へと戻る。


(この子は、何も持っていない。けど……それだけじゃない)


ティナは冒険者として多くの"強者"を見てきた。


だが、こんなにも"弱さ"の中にある強さを見せつけられたのは、初めてだった。



グレンナは、光也の胸に巻かれた包帯を見つめていた。


一度は彼の行動を「無茶だ」と切り捨てた。


だが、その無茶が本当に命を賭けた行為だったと知った今、表情にはどこか、守る者の覚悟がにじんでいた。


小さく舌打ちをする。


それは誰にも聞こえないほどの微かな音で、本人すら気づかないほど自然だった。


「……バカだろ、ほんとに」


小さく呟いたその声は、誰にも聞こえていない。


だが、その声にこそ、彼女の"敬意"が宿っていた。



エルメラは、光也の寝顔をずっと見つめていた。


痛みに歪むその顔。額に浮かんだ汗。呼吸のかすかな乱れ。



彼女は、光也がこれほどまでに弱い存在であることを忘れていたことを深く反省していた。


(……でも、誰よりも早く動いた)


それは彼女にとって、衝撃だった。


癒し手として、彼女は多くの"負傷者"を見てきた。


でも、ここまで"無防備"に、無謀に、他人のために傷ついた者は初めてだった。



彼女の胸には、光也と目が合ったときの記憶が残っている。


ユリオを助けた後、うっすらと目を開けて、彼は微笑んだのだ。


(この子は……きっと、自分の命よりも"他人の無事"を大切にしてしまう)


それが、どれほど危ういことか。


それでも——誰もができないことを、たった一人でやってのけたその姿に、彼女の心は打たれていた。



評議の間はやがて、"大人の理性"によって収束へと向かう。


ユリオの母・レッタは泣き崩れ、周囲は慰めの言葉を投げかける。


レマの提案は受け入れられ、「今後は無力な者への接触に注意」という方針が決まる。



"対応"としては、理にかなっている。



だが——


《ルミナリス》の四人は、それぞれに違う意味で、この場に"引っかかり"を抱えていた。


マリスは、冷静な目で違和感を掘り下げていた。


ティナは記憶の奥に「不一致」を刻みつけていた。


グレンナは自分でも気づかぬうちに、光也を"仲間"と認め始めていた。


エルメラは、彼の身を案じる想いと共に、「何かがおかしい」という直感を強めていた。


だが、誰も口には出さなかった。


今はまだ、そのときではない。



光也がなぜあそこまでして動いたのか。


なぜ"弱さ"しか持たない彼が、人のために命を張れるのか。


その"異常なほどのまっすぐさ"の答えを、彼女たちはまだ言葉にできずにいた。



ただ、一つだけ確かなことがある。


——この少年は、きっと"ただの無力者"ではない。


そう、どこか胸の奥で確信していた。


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