エピローグ
声が、聞こえた。
何もない空間で一人、白でも黒でもない場所を漂っている。
ゴポポポ。
ゴポ。
ゴポポ。
また、声が聞こえた。
「……お前か」
俺の視界には、リヴァイアサンが映っていた。
直径五メートルはあるであろう大きな機械。その大きな機械の中央には大きな時計が埋め込まれていた。
俺はそれにそっと手を伸ばす。
そして、時計の針は逆さまに回り始めた。
◆
「きっと、報いだったのかもしれないわね。洗脳兵器で世界を救ったってきっと後悔するに決まってるもの。いっそのこと、皆で洗脳されちゃえば良かったのよ」
「それはどうだろうな。きっとパンドラ計画が成功したってきっとまた別の問題が起こっていたはずだ。そうなれば、世界はどうなっていたか分からなかった」
「分かってるわよそんなことは。……でもこれだけは言える。この世界の真実だなんて言って隠そうとしないでさっさと皆で話し合えば良かったのよ。パニックは起こるでしょうけど皆の力を合わせれば決して乗り越えられない障害ではなかったはず。疑心暗鬼に陥って人を信じることができなかったお父さんたちの判断ミスね」
「……そうかもしれないな。だけど、未来なんて誰にも分からない。俺だってまさか、こんな方法で蘇ることができるなんて思いもよらなかったんだ」
未来工業屋上のフェンスの上で足をプラプラとさせながら電子携帯を触る怜奈の言葉に相槌を打ち、俺は屋上の中央に鎮座するリヴァイアサンに視線を向ける。
「あれから二年が過ぎたわ。世界は目まぐるしく変わり続けている」
怜奈は二年もの間、利世と地下アジトに篭もってリヴァイアサンの大型アップデートを行った。その結果、従来のリヴァイアサンやシャリアを大きく超えた次元での洗脳が可能となったのである。
それは、死んだ天野誠也という人間を生きていると認識させるほどに。
死んだ人間をこの世に生きる全ての人間が「生きている」と認識していれば、それは果たして死んでいると言えるのだろうか。
怜奈が父親から聞いた俺を生き返らせる方法とはそういう内容のものだった。
事実として、怜奈が六歳の頃から園宮邸に住み込みで働いていた家政婦の二田さんの生きていた痕跡はどこにもなく、岡崎幹也は自分たちにもしもの事があった時のためにリヴァイアサンを使って怜奈の保護者を創り上げていたのではないかというのが怜奈による見解である。
「洸一は能力者たちを率いて今の日本を牛耳っているわ。能力者に囲まれている限り無敵の能力を持っているんだから当然ね。誰だって自分が一番輝ける環境を手放したくないのは当たり前だもの。ま、そのうちスーパーパワーアップしたりんに痛い目を見させられるでしょうけどね」
「ジルドは洗脳が解けた後の世界を予見して自然を保全するための活動を行っているんだったよな。全く、アイツのバイタリティーには驚かされるぜ」
「……そうね。ジルドもきっと、彼女のために世界を変えたかっただけなのよね」
怜奈はそう言ってフェンスの上に立ち上がり、ぴょんとフェンスの内側に飛び降りると俺に背を向けながらリヴァイアサンの最終チェックを開始した。
二年前のあの日、俺たちは自分自身の心を信じ切ることができなかった。そして、それはもしかしたら実際に機械で測ってみても結果は変わることはなかったのかもしれない。
――しかし、二年だ。
二年もの間、怜奈は俺を蘇らせるために全てを投げ捨ててくれた。
この世に愛なんて存在しなかったとして、機械で愛を証明できなかったとしても怜奈が俺に捧げてくれた時間が俺と怜奈の愛を証明してくれていた。それは紛れもなくこの世界における真実だった。
「――誠也、そろそろお願いできるかしら」
俺が笹暮利世から教えられた世界を変える方法、それはリヴァイアサンを使って『洗脳』という概念そのものをこの世から消滅させること。
つまりは、細工ロジックである。
二年前のあの日、この場所で怜奈の『プシュケ』に対して『アレロパシー』を用いた洸一がその能力を無効化できたのは当然として、ジルドは『Logia』によって怜奈に操られないよう自らの脳に細工を掛けていたとのことだが、これに着想を得た斑さんが零した言葉がこれである。正直ジルドが滑ったみたいで可哀そうだ。
俺もゆっくりとフェンスの内側に飛び降りるとアップデートが完了したリヴァイアサンの前へと移動する。そして起動スイッチの上に手を添えると白い世界をゆっくりと展開させていく。
「きっと人々は落胆するでしょうね。洗脳されていた間にこの世界ではいつの間にか十二年という月日が流れていて、その原因となる概念そのものが綺麗さっぱり思い出せなくなってしまっているんだもの」
「それでも、人はその悔しさを糧にして何度でも進化するさ。何てったって蓄積された十二年分の思いが爆発するんだ。きっと二十年分の時間を取り戻そうとタイムマシンだって作ってしまうさ」
「……そうね。そうなったらきっと、私はもう一度あなたに抱きしめてもらうことができるのね」
起動スイッチを押せない俺の右手の上に、怜奈はそっと自分の左手を重ねる。
――そして、世界が始まった。




