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3.魔王の見える愛

「何で破談にする為に来た魔王の城で、魔王に求婚されなきゃならないの!?」


 アストレイア大陸、最北にある魔王の居城。その南東の一室から、ユズリハの苛立たしげな声が上がった。


 ゼフィランサスは宥めるように言う。


「ですが、我々では……」


 そう。あの魔王は全く本気ではなかった。にも拘わらず、手も足も出なかった。


 ゼフィランサスはルナセレネア王国一の騎士だが、彼の力を頼ったとしても、魔王に勝つことは出来ないだろう。


「何てことなの……」


 ユズリハは、部屋の中央に置かれた豪奢な天蓋付きベッドの上に倒れ込んだ。


 天蓋から下げられた白い紗には小粒の宝石があしらわれ、窓から漏れ入る僅かな夕陽すらも、きらきらとした輝きへと変えている。そして、細かく刺繍が施された花模様の寝具。


 その見事な刺繍を指でなぞりながら、ユズリハは呟く。


「魔王の趣味? な、わけないわよね……」


 ベッドの上に置かれたふかふかの枕を手に取ってみる。


 はらりと、花模様のカードが落ちる。枕と同じ(がら)だったので気付かなかった。


 姫の為に、アストレイア一の仕立屋につくらせた。良い夢を――


「……」


 私の為にわざわざ? あの魔王が?


 そのカードを手に、考えを巡らしていると。


「もしかして……嬉しい、とか思ってます?」


 ゼフィランサスが覗き込んできた。


「お、思ってないわよっ! ……って」


 はたと思い当たる。


「……ねぇ、ここに来て大丈夫なの?」


「はぁ。まぁ、そうですね……見られたら、大変でしょうね」


 彼は暢気にそう言う。


 一緒に旅して気付いたのは、彼はのんびり……というか、意外と能天気だということだ。こんな危機的状況下でうろたえもせず。しかも、魔王の城でその城主たる魔王に求婚されている姫の部屋に堂々と入って来られるのだから、大物だ。


「こんなとこ見られたら、きっと逢引きだとか何とかわけ分からないことを……」


「言いそうですね。そうなる前に戻ります。姫様に与えられたお部屋を見に来ただけですから。少々、心配になりまして……」


 心配? 一国の王女が過ごすのに相応しい部屋かどうか、ということだろうか。


「……ちょっと少女趣味だけど、悔しいくらいに不自由のない部屋よ?」


 一通り化粧道具の揃えられたドレッサーに、蔦をからめたような透かし彫りの衣装棚。棚の中には、フリルで飾られた色とりどりのドレス、そして引き出しという引き出しには、燃えるように赤い紅玉(ルビー)の首飾りや、宝石を惜しみなく散りばめた金銀細工の(かんざし)、指輪、耳飾り。部屋も四間続きになっていて、かなりの広さを備えている。


 全くの賓客扱いで部屋の外に見張りの姿もなく、束縛する気は全然ないらしい。


「ええ、安心しました」


 と、彼が答えたその時。後方の扉が勢いよく開け放たれた。


「どうだ、姫。部屋は気に入ったか? ……ん?」


 ゼフィランサスの姿を見るなり、魔王は見るからに顔を顰めた。


「何故、お前がここにおる? 未婚の娘の部屋に入るとは、無粋であろう」


「あなたもでしょ。ノックくらいしなさいよね!」


「我は良いのだ。そなたの夫だからな」


 今、未婚って言わなかった!? と突っ込む間もなく、魔王は傲然と腕を組み、ゼフィランサスに告げた。


「戻れ、人間。姫のたっての願い故、仕方なくお前にも部屋を用意してやったというのに、我の目を盗んでよもや逢引き――」


 ほら、やっぱり言いだしたわ!


「そ、そういえば、ゼフィーの部屋は何処なの?」


「おお、この人間には北西の部屋を与えてやったぞ」


「北西?」


 というと、この部屋からは反対の方角だ。


「案内してもらえるかしら?」


 嘗められないようにと、顎を反らして不遜に頼む。


 魔王は露骨に嫌そうな顔をした。ユズリハの態度に、ではなく。


「そなた、この男に興味があるのか?」


「はぁ!?」


 興味があるのは、部屋だ。何を勘違いしているのか。


「あなたが彼にもちゃんと部屋を用意してくれたのか、確かめたいのよ」


 すると、魔王の機嫌が良くなった。


「何だ、そういうことか。良いぞ、好都合でもある」


 は? 好都合?


「ついて参れ」


 何をわけ分からないことを、と思っている間にも、魔王は漆黒の長衣を翻し踵を返した。


 そして――


「ちょっと……」


 魔王がゼフィランサスに下賜(かし)したという部屋。それを見ての第一声。


 ここに辿りつくまでにも数々の扉が廊下に並んでいたが、その中でも明らかに劣る粗末な扉。嫌な予感はした。したが――


 部屋は一間だった。大の男が両手を広げて転がる程の広さもない。扉を開けてすぐに全体が見渡せてしまう狭さ。


 そして、壁に吊るされ、あるいは、立て掛けられているのは……。


「ちょっと!」


「どうしたのだ、我が姫?」


「これ、どう見ても掃除用具入れじゃない!?」


 (ほうき)塵取(ちりとり)雑巾(ぞうきん)、バケツ……おおよそ掃除には困らないだろうものが一式揃っている。が、当然だがベッドはない。ここで漸く、心配になって姫の部屋を見に来たゼフィランサスの真意を理解した……。


「どういうつもり?」


 真っ向から見据えて詰め寄ると、魔王はふ……と口の端を持ち上げた。


「つまり、これが我が愛なのだ。そなたへの」


「はぁ~?」


 余りにも意味不明で、間抜けな声を出してしまった。


「そなたに贈った部屋とこの男にあてがった部屋が同じ程度であっては、我が愛の深さを示すことが出来ぬではないか。そなたの望み通り、我が愛の大きさを形にしたまでよ」


 魔王は堂々と言った。


 何故だろう……。やっていることは滅茶苦茶なのだが、言い得て妙な気もする。


「と、とにかく……。普通の部屋にしてあげて」


「ならば、姫の部屋をもっと良くせねばな。さて、何処から手を――」


「付けなくていい! 私の部屋はあのままでいいから!」


 姫の必死の説得の甲斐あって、ゼフィランサスは同じく一間だが、ベッドのある部屋へと移ることが出来た。広さは……まぁ、ベッドの倍程度ではあったが。


 翌朝――

 

 魔王の朝餉(あさげ)に招かれたユズリハは、朝陽の入る広々とした食事の間へと案内された。


 広大な部屋の中央には、清楚な白いクロスの掛けられた縦長のテーブルがある。魔王がユズリハの為にと付けてくれた侍女の一人が椅子を引いてくれ、ユズリハは腰を下ろした。


 魔王は既に席についていた。向かいに座ったユズリハを、悦に入ったように見ている。


「な、何よ……?」


「見惚れておった」 


「――」


 手近にあるフォークを投げ付けたい衝動に駆られたが、ぐっと我慢する。


「そ、そう」


 と、視線を逸らして素っ気なく返した。


 しかし、魔王はユズリハの頬が僅かに赤く染まっていることを見逃さなかった。追い打ちをかけるかのように、ユズリハの麗姿を褒めそやす。


「剣を携えたあの凛とした勇姿も良かったが、そのドレスも似合っておるぞ」


 ユズリハは、魔王に戦いを挑んだ時の殺伐とした旅装ではなく、レース飾りやフリルがふんだんに使われている純白のドレスに身を包んでいた。金色の髪はおろし、紫水晶(アメシスト)青玉(サファイア)を散りばめた繊細な細工のティアラをさしている。身の回りの世話をする為に遣わされたという数名の侍女達が、衣装棚からドレスやその他装飾品を姫の意見を聞きながら選び、身支度を整えてくれたのだ。


 自ら仕立てさせたドレスや宝飾品が愛する姫をより一層美しく見せていることに、魔王は喜んでいるようだった。食事をする間にも、思い付いては賛辞を送り、実に満足げだ。


 初めは頑なだったユズリハも、そんな風にあけすけに嬉しそうにされると、ほんの少しだが、そんな無邪気な魔王を……ちょっと可愛いかも、などと思ってしまう。


 ――って、何考えてるのよ、私は。


 ちらりと、あくまで気付かれないようにと魔王を窺い見る。


 自信に満ちた深紅の瞳、僅かに口の端を引き上げ、威厳を備えた口元。魔王たらしめる尊大で横柄な態度、そして昨日、目の当たりにしたあの問答無用の強さ。……可愛さの欠片もない。可愛いだなんて、一体、どうしてそんな感想を抱いてしまったのか。


 自己嫌悪のように悩んでいると、最初からユズリハの視線に気付いていた魔王は、隠しきれずにくつくつと笑い声を上げ始めた。


「良いものだな、そなたに見つめられるのは」


「っ、料理に見惚れてるのよ」


 止まっていた手を動かし、慌ててスープを口に運ぶ。勿論、動揺を悟られないよう、あくまで優雅に。じゃじゃ馬姫の異名を持つ彼女だが、流石に宮廷作法は一通り心得ている。


 誤魔化す為にするりと出てしまった言葉だったが、一国の姫でさえも見惚れてしまう程、本当に豪華なものだった。


 果物がきれいに盛られたクリスタルの器が中央に置かれ、目の前には、美味しそうに湯気を立てているスープ、上等な肉を使ったステーキ、見たこともない魚のエスカベージュ、肉と野菜を彩りよく炒めたソテー、そして果肉の入った赤く透き通ったゼリー等、見た目も味もどれも一級品だ。


 魔王は、赤い葡萄酒の注がれたグラスを傾けながら訊いてきた。


「どうだ、味は?」


「……美味しいわ」


 何だか意地を張るのにも疲れてきて、気が付けば素直な感想を述べていた。


 ユズリハのグラスには、酒精のない甘い香りの果実水が注がれている。


 ――酔わせてどうこう、という気もないみたいね。


 本当に調子を狂わせる男だ、と内心で思う。少しでも手籠(てごめ)にしてやろうという素振りを見せてくれれば、いっそ抵抗出来るのに。


 そんなことを考えながら果実水を口に含み、そういえば、と顔を上げた。


「ゼフィーは?」


 朝からまだ一度も顔を見ていない。


「何だ、気付いておらんのか。そなたが参るより先に、とうに来ておるぞ?」


 え、来てる? 何処に…… 


 ユズリハは広い部屋を見渡し、そして見つけた――。


「ゼ、ゼフィー!?」


 宮廷作法そっちのけで、思わず叫んでしまった。


 テーブルから離れた部屋の片隅に、彼は座っていた。床の上に、直に。


 磨き上げられた床の上には、正方形の無地の布が敷かれ、その上にパンと思しきものを一つ乗せた皿とコップが置かれている。


「あ、姫様。おはようございます」


 彼の落ちついた声が静かな広間に響く。


「ええ、おはよう……って、ちょっとっ!」


 ユズリハは、魔王に向かって声を荒げた。


「何なのアレは!?」


「ん、何を怒っておるのだ。気は進まなかったが、あの男も我らの朝餉に相伴(しょうばん)させてやったのだぞ?」


 相伴、アレが!?


「どう見ても、一人でピクニックしてるようにしか見えないわよ!?」


 ユズリハが抗議すると、魔王は側近たちに命じ、ゼフィランサスの席を魔王と姫の座るテーブルに近付けさせた。長テーブルの隣で、ゼフィランサスがちょこんと床に腰を下ろし、ささやか過ぎる朝食を前にしている……。


「これでどうだ?」


「私が言いたいのは、この差よ!」


 ユズリハはテーブルの上の豪華な食事を指差してから、ゼフィランサスの質素極まりない朝食をびしっと指差した。細身で小柄なユズリハなら耐えられるかもしれないが、大の男にパン一つなんて。殺す気だろうか。


「ああ、つまりこれが――」


「我が愛!?」


「おお、漸く気付いてくれたか」


 にこにこと嬉しそうに言う魔王に、ユズリハは少し躊躇(ためら)ってから言った。


「ねぇ、一つお願いしていい?」


「ん、何だ? 望みがあるならば、言ってみよ」


 ユズリハは、すっと深く息を吸ってから、ご機嫌な魔王に向かって告げた。


「私への愛を、少しゼフィーに分けてあげてちょうだい――」


「何なのよ、もう……」


 朝のことを思い出しながら、ユズリハはベッドの上に転がった。


 その様子を見て、ゼフィランサスが少し面白そうに言う。


「愛されてますね、姫」


「愛……」


 今まで、愛は目に見えなくて、漠然としていて。


 なのに、魔王の愛は目に見えるようだ。いや、見えすぎるくらいなのだが。


 ……って、何も見えない、見えないわ! 


 ユズリハは、ぶんぶんと首を振った。


「そ、それより、ゼフィー……また来てるけど大丈夫なの?」


 ベッドの上に突っ伏しながら視線を上げると、魔物達の目を盗んで、今度はひょっこりとテラスから現れた彼は笑んで答えた。


「もし魔王に殺されそうになりましたら、また愛のおすそ分けをお願いします」


 ゼフィランサスの軽口に、ユズリハの目がすいっと細くなる。そして彼が笑みを崩さないのを見て溜息を落とし、独り言のように呟いた。


「まぁ……あの魔王は殺すなんてしないでしょうけど」


 何だかんだ、悪い奴ではないのだ。そこがまた憎いというか、胸の奥がもやもやするというか、妙に落ちつかない気分にさせる。


「もう、いらいらするわね……」


 魔王から贈られた紅玉(ルビー)の首飾りを指先で弄びながら、ぶつぶつと呟く。


 こんな風に心をかき乱した、その責任をとってもらわないと何だか気が済まない。そんな気がしてきた。

 自分でも良く分からない感情に流されながら、ユズリハは策を練り始めた。

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