第三十五話 嘘つかぬ悪意、見透かした聖女の眼
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「まんまとしてやられたな」
侯爵の声は低く、静かだった。怒りというより、事実を淡々と確かめるような響き。
「全くです」
ノックス家当主はグラスの中身を一息に呷ると、忌々しげに息を吐いた。
「まさか、あんなに容易く見つかるとは思っておりませんでしたよ。結界を破らずに外との連絡が取れたこと、あの状況下で水を確保していたこと……この二つ、どちらもおかしい」
「結界は作動していたのだろうな」
「無論。試しに閉じ込めたエルフは、一晩と持ちませんでしたよ」
ノックスは酒精に濡れた唇を舐め、暗い愉悦を滲ませた。
「恐怖と絶望に苛まれ、実に見苦しい顔をしておりました。……それが、生まれたばかりの赤子を抱えた相手に、三日間ももつとは」
「なるほど。ならば、ベゼラ妃の能力ということになるな」
侯爵は杯の水面をじっと見つめた。
「隣国から来た、ただの飾りの嫁かと思っていたが」
「忌々しいですよ。私を虚仮にした報いは、必ず受けさせます」
「償わせるのは構わん。だが、それはこの茶番が片付いてからにせよ」
侯爵の声に初めて険が混じった。ノックスは深く頷いた。二人の間に、それ以上の言葉はいらなかった。
「これを飲んだら、王の所へ行くぞ」
◇
「我が王よ。グランベルム、お呼び立てにより、ただいま到着いたしました」
「おお、二人ともご苦労であった。今回は、二人とも良くやってくれた。そなたらがおらなんだら、こんなに早く見つからなんだであろう」
「もったいなき言葉」
二人が深々と頭を垂れる様を、王であるヴェルナードは感情の読めぬ目でしばし見つめていた。
「それで、少し確認したいことがある。まずはグランベルムよ。騎士団は北の森に向かい捜索しておったはずだが、なぜ処刑場に団員が向かったのじゃ?」
「我々は処刑場の周りを捜索しておりました。王もご存じの通り、処刑場周りは禁足地、結界も張られております。よもやそこにいるとは思いませなんだが、傭兵どもの跡と思しきものを見つけたと申す者が、軍令違反も構わず踏み入ったという次第でございます。結果いかんに関わらず違反は違反、後に厳正に処罰いたします」
用意されていたかのように淀みなく紡がれる弁明。ヴェルナードはそれを一言句、値踏みするように聞いていた。
「……なるほど、そういうことか。しかし、それがなければ救助にも行けなんだのも事実か」
「そうでございます」
「言い分はわかった」
ヴェルナードの声には、納得とも突き放しともつかぬ響きがあった。
「では、ノックスに尋ねるが……誠に、場所はわからなかったのか?」
「それはまたおかしなご質問でございます、我が王よ」
ノックスは深く頭を垂れたまま、その顔に浮かぶ表情を王に見せない。
「私といたしましては、精一杯の協力をさせていただいたつもりでございますが……何かお疑いでございましょうか、我が王よ?」
「そなたの実力は信頼しておるよ。そのそなたが実際の正確な場所がわからなかったのか?と、どこまでわかっておって、何を伏せたかを知りとうて、聞いておる」
ヴェルナードの低く重い声が、室内の緊張感を一気に引き搾る。だがノックスは、微塵も動じぬ声音で即答した。
「我が王に隠し事はございません。あの時、私は『北の森、処刑場は結界があるため、可能性は低いと考えられます』とお答えしております。可能性が低いところを探すことは、まずいたしません。……結界に呼び込まれてしまったのは、我がノックス家の失態でございます。処分はいかようにも」
隙のないノックスの言い分に、ヴェルナードはしばし無言でその頭頂を睨み据えていたが、やがて短く息を吐いた。
「……わかった。今回は二人とも無事に帰ってきてくれた。そして、二人の臣下は最大限力を尽くしてくれた。それが判ればよい。時間を取らせた、下がってよいぞ」
「はっ。失礼いたします」
深々と礼を捧げ、部屋を退出していく二人。
静まり返った謁見の間で、ヴェルナードは背もたれに体を預けたまま、独り言のように呟いた。
「……偶然か。……で、どうであった? まあ、答えは聞かずとも真っ黒だろうが」
その声に応じるように、柱の影からイウローネが静かに姿を現した。
「ヴェル様の思っている通りにございます。二人とも真っ黒です」
迷いのないその声に、イウローネは少し言葉を置くようにして続けた。
「ですが……ノックス家当主は、自分が嘘をついていると思っていないように見えますの。正しいことは言っていませんが、間違ったことも言っていない。ですので、本人の中では『嘘はついていない』という感覚なのでしょうね。……凄まじいほどの自己中心性、そしてどこまでも徹底して、自分自身に責が及ばないようにするためには何でもするというものを感じ取りました」
「そこまで分かるものなのか……! それにしてもイウローネ、聖女にその様な力があったとはな」
ノックスの歪んだ精神性とイウローネの洞察力に、ヴェルナードは感嘆と驚きを隠せない様子で目を見張る。イウローネはどこか困ったように微笑んだ。
「私も知りませんでしたわ。全ては賢者様の特訓のおかげです。……おそらく、あの特訓の前でしたらここまで読み取ることは出来なかったと思います。以前はあちらとの魔力量に差がありすぎましたから。ですが今は、そこまでの差はないと思いますよ」
「それほどの力をつけているのか? 確かに儂も訓練を受けて強くなっているが……あのノックスと肩を並べる程だとはな」
「それは、『自分も褒めてほしい』とおっしゃっているのですね?」
悪戯っぽく微笑むイウローネに、ヴェルナードは苦笑いを浮かべる。
「ヴェル様も今日、グランベルム侯爵とお会いしてどう感じられましたか?」
「……確かに、以前ほどの威圧感は感じなくなったが、まだまだ勝てる気はせんな」
「なら、まだまだ特訓出来るということですね。では、参りましょうか」
「身体を動かせば、少しいい考えも出るかやもしれんな。……よし、行こうか」
「はい、ヴェル様」
◇
一方、城の重々しい廊下を並んで歩く二つの影があった。周囲に誰もいないことを確かめると、グランベルム侯爵が低く問いかける。
「先程の王の態度はな……我々を疑っていると言わんばかりだったが、その割にはスッと引き下がった。どう見る?」
「あれは、二つの意味があったように思えます」
ノックスは不敵な笑みを口元に浮かべ、淡々と分析してみせた。
「一つは警告です。『お前たちのやっていることはわかっている、見ているぞ』という牽制」
「それはわかるが……もうひとつは?」
「もうひとつは、『確認』ですよ。私は分身体ですが、賢者と戦っております。その説明は王の前でいたしませんし、当然出来もしません。向こうがそれに一切触れてこないのは、我々の出方を探っているからだと考えられますな」
「なるほどな。向こうも、まだこちらに直接手を出すには時期尚早というわけだ」
グランベルム侯爵は薄く口元を歪め、鋭い光を宿した目で廊下の先を見据えた。
「なるほど……次の手が決まったな」
聖女の力…恐ろしい…です




