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二通目

 これは宛名のない手紙。文字に残した独り言。

 ファンレターのつもりで書いていますが、送り届けてほしい人は、もういません。だから、自由に、気ままに書かせていただきます。

 あなたが引退してから、いまや伝説となった武道館ラストライブから、何十年たったことでしょう。枯れ木のように年老いた今の私には、過ぎ去った年月を数えることは、ひどく億劫なものであり、また、自虐的なおかしみがふつふつと湧き上がるものでもあります。光陰矢の如し。

 あの年は、一九八〇年。わたしがまだ高校生だったころ。

 計算してみると、なんと四十五年前。(最近は、単純な引き算ですら、計算するのに時間がかかってしまいます)

 あの頃はよかった、なんて老人めいた言葉は言いたくないけれど、昔を懐かしむ気持ちが日々強くなっていくのが正直なところ。

 昨日の見たテレビ番組の内容はすぐ忘れてしまうのに、何十年も前の出来事は覚えているのは、ふしぎ。それがとくに、青春の、甘酸っぱい出来事ならば。

 そうだ。昨日見たのは、音楽番組。最近流行りのミュージシャン(今風にいうならアーティスト)たちが、きらびやかな照明の下で、アップテンポのダンスミュージック。今の若い子たちは、手足が長くてうらやましい。ティックトックを踊っている女の子たちを見て、おばさんはつい眉をひそめてしまうものだけど、でも、わたしたちのころにも、こんなダンス文化があったなら、わたしもノリノリでやっていたと思う。いや、やってないかな。わたしは、昔から、あまのじゃくだから。

 最近の音楽は疎いけれど、聞いてみると、いいなと思うものもいくつかあった。韓国?の女の子たちも、スタイルが良くてかっこいい。

 でも、やっぱり自分には合わないかな。ついつい惹かれてしまうのは、過去の懐かしい曲たち。十代のときにふれた音楽の魅力には、あらがうことができない。

 わたしの一番は、やっぱり、山口百恵。

 ひさしぶりに百恵ちゃんの歌声に浸りたくなって、先日、CDを買いに行きました。近所のCDを売っていたところは軒並み潰れてしまって、都心に出かけた折にショップに立ち寄りました。ベスト盤を手にしてレジに向かおうとすると、上の階がレコード売り場になっていることに気がついた。階段をのぼってゆくと、壁一面にレコードジャケットの写真が貼ってあって、その写真の中のミュージシャンたちが私を笑顔で出迎えた。近頃、レコードが流行っていると聞いていたけど、若い子たちがレコードをパタパタのめくっているのは、少し、ヘンな感じ。邦楽のLP盤の棚を見る、あ行から順番に。井上陽水、キャンディーズ、沢田研二、殿さまキングス、野口五郎、ピンクレディー、森昌子。どれも懐かしい。ファンではない人も、歌番組ばかり見ていたから有名な曲はそらで歌える。

 そして、や行。

 山口百恵のLPは、五枚ほどありました。横須賀ストーリーと曼珠沙華とL.A BLUE、あとライブ盤が二枚。L.A. BLUEのジャケットはおしゃれで、むかし自分の部屋に飾っていたのを思い出す。ひさしぶりにレコードを手にとってみると、大きいなと思った。そして、やっぱりほしくなる。持っていたレコードはすべて手放してしまっていて、実家にも残っていない。値札を見ると、一枚ニ、三千円。これも買っちゃおうかと逡巡していると、すみのほうにジャンク品が入れられた箱を見つけた。なんとなく箱のレコードをめくってみると、あった。

 山口百恵のシングル「湖の決心」、値段は百円、これだと思った。ジャケット写真の百恵ちゃんはまだ幼く、初々しい唇をリボンのようにきゅっと結んで、澄んだ瞳でこちらを見ている。商品の状態はきれいでシミもない。なんでジャンク品なのかなと思って、裏を返すと、アッと、声がもれた。驚いた。固まってしまった。

 裏面には、名前が書いてあった。" かずえ "と。

 それは、私の名前。そして、間違いなく私の字。

 レコードを捨てたのか売り払ったのかは、よく覚えていません。友達にあげちゃったのかもしれない。でも、ここにある。どういうわけか巡り巡って、私のもとにやってきた、かつての宝もの。

 こんなことって、ほんとう? でも、胸が熱くなって、涙ぐんだ。こんなに心が動かされたのは、ずいぶん久しぶりな気がいたします。

 百恵ちゃんが引退したときは、私はなぜかひどく憤っていました。ずいぶん失礼なお手紙をさし上げたと記憶しています。(当時は何万通もファンレターが来ていたでしょうから、お読みになられていないと信じます) 思春期の私は、悲しさと悔しさをうまくあつかえずに、百恵ちゃんに対する気持ちを無理やりに、捨てたようでした。

 でも、大人になって、自分も結婚というものをして、気持ちに折り合いがついていきました。若者特有のめんどくさい、こだわりのもった感情も気がつけばなくなっていて、あとには、百恵ちゃんが好きな気持ちだけが残りました。結局、私はあなたから卒業することができなかったのでした。

 今から思えば、あなたは、それはそれは見事な幕引きをいたしましたね。晩節を汚してしまうような芸能人も多いなか、さっぱりとした、美しい終わりかたでした。ウエディングドレスのような真っ白いドレスに身を包んで、ステージにマイクをおいた、あなた。幸せになりますと言って、笑った、あなた。

 高校生の私は、あのコンサートには行けなかったけれど、もし行けていたのなら、あの日の百恵ちゃんの姿をこの目で見ていたなら。きっとマイナスな感情はすべて吹き飛んで、泣きじゃくりながらステージにむかって、ありがとうと叫んだにちがいありません。

 私はこれからも、あなたのファンであり続けると思います。

 百恵ちゃんと友和さんは、今でもおしどり夫婦だそうですね。お二人が、これからも素敵な結婚生活を送り続けられることを、かげながら祈っています。

 

 " さよならの向こう側 "から


 三浦百恵さんへ、かずえより

          2025.12.7


P.S. おばさんになったあなたにも、いつかお会いしてみたいものですね


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