8話「選ばれた存在」セリアン視点
エルゼンベルク侯爵家に生まれ、五十年から百年に一度天から授かると言われる癒やしの雨の能力を持って生まれた僕は、神から愛されていると言っても過言ではない。
僕が歩けば皆が頭を下げ、僕に笑顔を向ける。
夏季の乾燥が激しいこの国では、それだけ雨は貴重なものだからだ。
父は家督を継いで農園に雨を降らせるように言うけど、僕はそんな地味な人生はゴメンだ。
見目麗しく家柄も能力も高い僕に求婚してくる者は耐えない。
でも、雑魚には興味はない。
僕が狙うのは大物だ。
この国一番の大物といえば王太子アルベルト様。
彼との出会いは社交界初登場式で城を訪れたときだ。
式に参加した貴族令息を祝うために颯爽と現れたのがアルベルト様だった。
赤紫の艶のある美しい長髪と、アメジストの妖艶な瞳を持つ、端正な顔立ち。
美貌を褒め称えられる僕が、一瞬息を呑むほどの美麗さ。
彼は顔だけでなく所作も美しかった。
生まれた時から人に見られて来た人間の洗練された所作は、僕の心を魅了した。
アルベルト様も僕を見て、一目で気に入ったようだった。
頬を緩ませ口角を上げる姿は今でも脳裏に焼き付いている。
アルベルト様は甘い言葉をささやき僕を誘惑した。
僕も彼ならば伴侶にしても良いと思った。
彼との仲を深めて一年、彼からパーティーに招待された。
王太子自ら招待状を届けに来るなど異例だ。しかもパーティーに参加するときの服や小物までプレゼントしてくださった。
僕に雨を降らせ招待客に虹を見せるために、パーティーは昼間行われるという。
ああ、ついにこのときが来た。
アルベルトはパーティーで僕にプロポーズするつもりだ。
父はアルベルト様との婚姻に反対していたが、皆の前で求婚を承諾してしまえばいい。
相手は王家、後で父が何を言っても婚約がひっくり返ることはない。
ただ、一つ問題があった。
パーティーで雨を降らせる時、僕は庭園の中央に立つ。
そこに屋根はなく、当然雨に濡れる。
プロポーズされる時に濡れた服を着ているのは嫌だ。
その後、大勢の貴族に挨拶回りをしなくてはならない。
濡れた服では様にならないし、風邪を引いてしまう。なので着替えが必要だ。
アルベルト様もそういうところには疎いので、服は一着しか贈られていない。
こちらからおねだりをして卑しいと思われたくない。
だからといって、かつてパーティーで来たことのある服を身につけるのは嫌だし……。
父に頼んでも断られてしまった。
困っていたところに飛び込んで来たのが、オルデンローア辺境伯爵からの求婚の書類だ。
ノエル宛になっていたのは、能力を持っているのはノエルだと勘違いしたからだろう。
田舎者の辺境伯爵は、エルゼンベルク侯爵家に「癒やしの雨を降らせる能力者がいる」ということしか知らないのだろう。
でなければ地味で無能なノエルに、婚姻を申し込むわけがない。
求婚の書類に家印入りの小切手が同封されていた。
先に金を払うとかアホなのかな? それともそれだけ必死なのか?
そう言えばオルデンローア辺境伯爵領はモンスターが多く、雨が少なく、瘴気の被害で苦しんでいたっけ。
雨を降らせる能力持ちの僕は前金を払ってもほしいといったところか。
そうだ! ノエルをオルデンローア辺境伯爵に売ってしまおう!
辺境伯爵は六十過ぎの好色じじいで孫がいるらしいが、そんなことはどうでもいい。
嫁ぐのは僕ではなく、能無しノエルなんだから。
ノエルを売り払えば支度金が手に入る。支度金があれば僕はパーティー用の衣裳や小物をたくさん買えてしまう!
アルベルト様と婚約したら、あちこちの家のパーティーやお茶会に招待されるんだ。
服や小物はいくつあっても困らない。
穀潰しの居候にはこういう時に役に立ってもらわないとね。
僕はエルゼンベルク侯爵家の家印を拝借し、承諾する旨を記した書類と一緒に、婚姻の承諾書を制作。
オルデンローア辺境伯爵へ早馬で送った。
翌日、婚姻の事をノエルに告げると奴は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。
黙って嫁げばいいのに、反抗的な態度を取るからつい手が出てしまった。
婚姻はすでに成立しているんだ。ノエルの顔に多少傷があっても問題ないだろう。
リーベ男爵家のことを口にしたら、ようやく納得したようだ。
あんな猫の額みたいな領地はどうでもいいが、ノエルを脅す材料になるなら管理しといてやろう。
厄介者がいなくなって、僕は清々しい気持ちだった。
◇◇◇◇◇◇
そうして迎えた王城でのパーティー。
僕はアルベルト様から贈られたフォレストグリーンの礼装用のジュストコールを纏い、アメジストのブローチとカフスを身に着けて出席した。
アメジストはアルベルト様の瞳の色だ。
アルベルト様にエスコートされて入場した僕に、招待客の視線が集まる。
パーティーが盛り上がったところで、僕は中庭に出た。時刻は午後三時、虹を出すにはちょうど良い時間帯だ。
観衆がテラスから見守る中、僕は祈りを捧げる。
すると快晴の空が厚い雲に覆われ、ポツリポツリと天から雫が落ち、やがて大地を潤すほどの雨に変わる。
儀式を見守っていた周囲から感嘆の声が上がった。人々からの歓声や称賛が耳に心地よい。
雨を降らせてる間に、新しく買ったエメラルドグリーンのジュストコールに着替え、テラスに戻る。
アルベルト様の指示に従い、雨を止ませる。
空を覆っていた雲はあっという間に風に流され、夏の太陽の日差しが降り注ぎ、空に大きな虹がかかった。
人々は美しい虹に見入っていた。
アルベルト様は僕の前で膝をつき、小箱から大きな紫水晶が付いた指輪を取り出した。
「セリアン・エルゼンベルク侯爵令息!
類稀なる美しさと、希少な能力を持つ君は王太子である俺の伴侶にふさわしい!
正室になり、この国共に支えてほしい!」
衆人が固唾を飲んで見守る中、僕は「はい、喜んで」と返事をした。
人々から拍手が巻き起こり、称賛の言葉が飛び交う。
父は側室にされるのが落ちだと危惧していたが、そんなのは杞憂だった。
唯一無二の能力を持つ僕は、王太子妃にまで登り詰めた。
これだけ大勢の前で、王族からのプロポーズを受けたのだ。
いくら父が反対しても、もうひっくり返せない。
勝った。僕は父の思惑の上を行ったのだ。
◇◇◇◇◇◇
パーティーの翌日、ブルクハイト伯爵領に通行料の話し合いに行っていた父が帰宅した。
僕がパーティーでアルベルト様に求婚され、それを承諾したことを話すと目を白黒させていた。
文句を言いたそうだったけど、婚約式が二週間後にあることを話すと何も言わなかった。
いくら父でも、婚約式まで決まっている結婚を覆せない。
父に「ノエルはどこだ!?」と聞かれたので、「オルデンローア辺境伯爵に嫁がせた」と答えたら、父は顔を真赤にして怒り出した。
今までも父には何度も叱られたけど、そんなのの比ではないくらい激怒していた。
父は使用人や物に八つ当たりした後、床に膝をつき顔を青ざめさせた。
「どうしたらいい……? あのことがバレたら……。すぐにノエルを連れ戻さなければ……。しかしセリアンの婚約式の準備が……」そして頭を抱えたままぶつぶつと呟いていた。
なんだよ、僕の婚約が決まったときは何も言わなかったくせに。(僕が言わせなかったんだけど)
ノエルの結婚には、なんでそんなに取り乱すんだよ。
いつもそうだ。僕がノエルを池に突き落としたときも、父はノエルの事を心配してた。
ノエルを階段から突き落としたときも、父は異様にノエルのことを気にかけていた。
面白くない。なんで居候の為に僕が怒られないといけないんだ。
あんな奴、どこに嫁ごうと野垂れ死のうと関係ないのに。




