2話「僕には口答えなんて許されていない」
「駄目だと言ってるのがわからんのか!!」
執務室のドアを開けた瞬間、伯父の怒鳴り声と机を叩く音が響いた。
どうやら今日は、いつにもなく伯父の機嫌が悪いらしい。
こういうとき、僕は空気に徹することにしている。
僕はメイドに押し付けられたカートを押して、なるべく音を立てないように気をつけながら室内に入った。
「どうしてですか、お父様!
パーティー用の服を新調したいと言ってるだけでしょう!」
「パーティー用の服は王太子殿下からいただいたのだろう?
どうして他に服がいるんだ!?」
執務机を挟んで、伯父とセリアンが対峙していた。
怒りからか伯父の顔は赤く色づき、眉間に皺が寄っていた。
セリアンは美しい顔を歪め、眉を大きく釣り上げていた。
誰も執務室にお茶を運びたがらない理由がよくわかった。
この二人に同時に八つ当たりされたらたまらないもの。
セリアンが昼間機嫌が良かった理由もわかった。
話の内容から推測するに、セリアンは王太子からパーティー用の衣裳をプレゼントされたようだ。
「あれは儀式の前に着る服です!
アルベルト様に昼間のパーティーで雨を降らせてほしいと頼まれたんです!
雨を降らせたら衣服が濡れるでしょう?
だから二着目の衣裳が必要なんです!」
「バカバカしい!
ならば雨など降らなければいい!
お前の能力は希少なものだ!
安売りなどするな!」
「アルベルト様に『必ずやります!』とお伝えしたのです!
今さら断れるわけがないでしょう!」
「ならば、室内で祈ればよいだろう!
雨を降らせる為の祈りは、屋内でもできるのだからな!」
「それでは皆に僕の姿を印象付けることができません!
僕が庭の中央で膝をつき天に祈り、その後雨が降るから神秘的な雰囲気が醸し出されるのです……!」
「わしの知ったことではない!」
セリアンは伯父に二着目の衣裳の購入を拒否され、すこぶる機嫌が悪そうだ。
僕はそっと執務机に近づき、お茶を出したら下がることにした。
しかし机の上には書類が散乱していて、カップの置き場に困ってしまう。
書類の一枚がたまたま目に入った。
オルデンローア辺境伯爵……婚姻の申し込み……?
セリアンへの求婚の書状かな?
地理の授業で習った。
オルデンローア辺境伯爵領は、王都よりももっとずっと乾燥した地域で、夏場の降水量はゼロに近いという。
今は六月の上旬、オルデンローア辺境伯爵領では乾季が始まる頃。
きっとほとんど雨が降っていないはずだ。
辺境伯爵領では、モンスターとモンスターによる瘴気による被害もあったはず。
モンスターは倒すと瘴気を発する。瘴気は雨で浄化されるのだけど、雨が降らないとその地に留まり健康被害をもたらすのだ。
オルデンローア辺境伯爵領にとって、癒やしの雨の能力を持つセリアンは喉から手が出るほどほしい存在。
だけど、セリアンは王太子殿下に夢中だ。きっと伯父はこの縁談を断るだろう。
どちらにしても僕には関係ない。
「失礼します。
紅茶でございます」
僕は書類を片付け、ティーカップを置くスペースを作った。
お茶を出したあとは壁際に移動し、二人の話が終わるのを待った。
「セリアンが王太子殿下に贔屓にされているのは知っている。
しかし、あまり彼に深入りするな」
伯父は息を深く吐き、背もたれに体を預けた。
「なぜですか?
お父様も王家に恩を売るのは大事だと言っていたではありませんか?」
「そうだ。
我が領地の農産品を高く買い取らせる為に、乾季には王都に雨を降らせ、王家と王都に暮らす民の心象を良くしている」
エルゼンベルク侯爵領では、主にレモン、オレンジ、いちじくなどの乾燥に強い果物を育てている。
それは王都近郊の他の領地でも同じだ。
「だか、これはたまに降らせるから効果的なのだ。
度々降らせていたのでは、人々はエルゼンベルク侯爵家への感謝も、お前への感謝も忘れる」
「……」
セリアンは伯父の言葉に納得がいかないのか、拳をぎゅっと握りしめ、唇を噛んでいた。
「王太子殿下とも必要以上に仲良くするな。
この国で、王太子が男を正妻にした前例はない。
良くて側室にされ、能力だけ使われるのがオチだ」
この国では同性同士の結婚は認められている。
ただし後継ぎの問題があるので、王族や貴族は異性と結婚することが多い。
それでも愛する人を側に置きたい場合は、側室や愛人にするのだ。
すでに後継ぎがいる場合、後妻として迎え入れられることもある。
「そんな人生に何の価値がある?
それよりエルゼンベルク侯爵家を継ぎ、嫁を貰い、領地を発展させた方が良いとは思わないか?」
「アルベルト様はそのような方ではありません!
きっと、僕を正妻にしてくれます!」
「いつまでも夢みたいなことを言うな!
それより、これから領地に行くぞ!
支度をしろ!
今年は昨年よりも雨が少ない。
お前の能力は大活躍だ!」
レモンやオレンジやいちじくは乾燥に強い。
とはいえ定期的な水やりは必要だ。
派手好きなセリアンに領地の生活は合わないようで……。
例年、セリアンは乾季になると領地と王都をせわしなく往復していた。
「パーティーの準備があるから無理です。
パーティーは六日後です。
今から領地に向かったのでは、間に合いません」
エルゼンベルク侯爵家の領地までは、馬車で往復八日かかる。
「仕方ない。
パーティーが終わったら必ず領地に行き、雨を降らせるのだぞ」
「わかりました。
その代わり、パーティー用の服を買ってください。
ついでに、ブローチとカフスも」
「必要ない!
この話はこれで終わりだ!」
「けち!」
セリアンが唇を尖らせ小声で囁く。
「聞こえてるぞ!
わしはこれからブルクハルト伯爵領へ向かう!
ブルクハルト伯爵が、通行料を上げると言ってきた!
通行料を据え置きたいなら伯爵領にも雨を降らせろなど……ふざけたことを」
伯父は険しい目つきで書類を睨んだあと、くじゃりと丸めた。
ブルクハルト伯爵領は、王都とエルゼンベルク侯爵領の間にある。
そこを通らないと王都に果実などを出荷できないのだ。
ブルクハルト伯爵までは馬車で往復六日。
伯爵との話し合いの時間を入れると、伯父の帰りはもう少し遅くなるかもしれない。
「雨ぐらい降らせてあげても構いませんよ。
前から思ってたのですが、雨を我が領地で独占して果物の収益で設けてもたかが知れています。
それよりも領主から金を取って、他領にも雨を降らせた方が儲かるのでは?」
セリアンの提案に、伯父は顔をしかめた。
「お前の能力は無限ではない!
あちこちに雨を降らせて、体調を崩したり、魔力が枯渇したらどうする?
取り返しがつかんぞ!」
セリアンが雨を降らせる時間は決まっている。
一日三十分から長くて二時間といったところだ。
伯父は、セリアンの体をいたわり何日か明けて能力を使わせている。
そのため、セリアンが毎日連続で限界まで能力を使用したらどうなるのかは、誰にもわからない。
「お父様は心配しすぎです!
僕はそんなに軟弱ではありません!」
「うるさい!
いいか、わしの留守中に能力を無駄遣いするんじゃないぞ!
それから机の上の書類に触れるなよ!
わかったな!」
「はい、はい。
わかりましたよ」
どうやら話し合いは終わったようだ。
伯父が数日留守にするなら、しばらくは屋敷も静かになる。
その分、セリアンのわがままが加速しそうで心配だけど……。
話し過ぎて喉が渇いたのか、伯父がカップに手を伸ばした。
「茶がぬるい!
茶もまともにいれられんのか!
この役立たず!!」
伯父は眉間に深い皺を作り、僕に向かってカップを投げつけた。
カップは僕の体に当たり、床に落ちて砕けた。
伯父が話している間に冷めてしまったのだが、口答えなど許されない。
「申し訳ありません」
僕はそう言って頭を下げ、割れたカップを片付ける。
不機嫌だからといって僕に八つ当たりしないでほしい。だけど彼らのこういった行動は今に始まったことではない。考えるだけ無駄である。
カップを片付けたら、服の洗濯をしないと……。
紅茶が染みになる前に洗わないとな。
「いいか、机の上の書類には絶対に触れるなよ!」
「くどいですよ、お父様!」
伯父はセリアンに念を押すと、ジュストコールを羽織り部屋から出ていった。
「お父様は器が小さいんだよな。
領地の農作物をせこせこ育てるより、もっといい方法があるだろうに……。
あーーあパーティー用の衣装、結局買ってもらえなかったなぁ」
伯父が出ていったあと、セリアンがため息をつく音が聞こえた。
彼にまで八つ当たりされる前に、さっさと部屋を出よう。
集めたカップの破片をトレイに乗せ、僕はカートを押して退出した。
「なぁ〜〜んだ。
いい、金策があるじゃないか」
扉を閉めるとき、セリアンのそんな声が聞こえた気がする。
【お知らせ】
『妹に全てを奪われた元最高聖女は隣国の皇太子に溺愛される』のコミカライズ版が、2月6日(金)よりコミックシーモア様にて配信開始となります。
茶賀未あと先生による美麗な作画が目印です。
コミカライズ版でも、リアーナとアルドリックの物語をお楽しみいただけると幸いです。
作画:茶賀未あと先生
原作:まほりろ
配信先:コミックシーモア(先行配信)
配信日:2026年2月6日
▶『妹に全てを奪われた元最高聖女は隣国の皇太子に溺愛される』のWEB小説版はこちら↓
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