7.Side エドガー
薄暗い室内にランプの灯りが揺れていた。
落ち着いた色合いの調度品が並ぶ見慣れたゲストルームは、けれど慣れ親しんだ実家の部屋ほど落ち着ける場所ではない。
エドガーはソファにもたれ掛かり、移動の疲れより伯父に会ったことによる緊張と疲労感にぐったりとしながらも、これからのことを考えていた。
最早フェレーナとの結婚は回避できないだろう。
エドガーを後継者に指名した時もそうだが、伯父の中で決定したことを覆すのは大抵不可能だった。
いつだって相手の反応を先読みした上で断れない状況に追い込み退路を断つのだ。
エドガーも伯父の遣り口は分かってはいたが、フェレーナはまだ17になったばかりだし、結婚を急ぐ理由がない以上、伯父が強引な手を打たないだろうと高を括っていたのだ。
まだ、いくらか猶予があると。
だが、残念ながらその目論見は見事にはずれ、従妹の将来を考えたら自分と結婚する方が少しはましだろうと思わざるを得ない状況に陥っている。
(結婚か……)
エドガーはやり切れない思いで溜め息をついた。
このままだとフェレーナは恋を知らずに結婚することになる。
貴族の娘であれば親の決めた相手に半ば強制的に嫁がされるなんてことはよくあるが、これまで家族の愛情から縁遠かったフェレーナには本当に好きになった相手と幸せな家庭を築いてほしかった。
そうして、人生を新しく始めて欲しかったのだ。
この先エドガーができることと言えば、フェレーナにとって良き夫となり、彼女が幸せであるように努力するくらいしかない。
フェレーナが恋をしても当然応援することはできないし、また伯父が離婚を許すとも思えなかった。
晴れない憂いにエドガーはクシャリとやや乱暴に髪をかきあげる。
晩餐のために整えてあった前髪がハラリと額に落ちた。
(フェレーナはどう思うだろう……)
明日中には伯父に承諾の意を伝えるつもりだが、自分との結婚を知った従妹の反応を想像しモヤモヤとした気持ちが胸に広がる。
がっかりするだろうか?
悲しむだろうか?
それともホッとするだろうか……?
エドガーの知る限り、フェレーナが伯父に逆らったり意見を言うのを聞いたことはない。
結婚についてもきっと何一つ文句を言うことなく、従順に受け入れるだけだろう。
今夜は眠れそうにないな、と再び髪をかきあげ、葡萄酒の瓶に手を伸ばす。
フェレーナが用意してくれたらしく、エドガーの好みそうなものや外国産の珍しいものもあった。
悪酔いしそうなので飲み慣れたものを選んで手に取った。
******
フェレーナが現れたのは日付が変わる頃だった。
こんな時間に訪れたことにも驚いたが、いくら従兄妹同士とはいえ夜着のまま男の部屋にやってきたことにも驚いた。
大きく開いた胸元から覗く白い肌に思わず眉を寄せ目を逸らす。
悩みを聞いてほしいと縋るような瞳で告げられたものの部屋へ入れることを渋ったエドガーに、いつになく粘り強くフェレーナが言い募る。
フェレーナには弱いことを自覚しているエドガーは結局少しだけならと入室を許した。
ーーーーだが、彼女の悩みはなかなか核心に辿り着かかなかった。
明日には婚約が決まるだろうとはいえ、誰かに見咎められれば外聞が悪いし、エドガーの自制心も持ちそうにない。
薄々気づいてはいたが、今やフェレーナを女性として意識していることを……もっと言えば好ましく思っていることをエドガーは受け入れ始めていた。
どんな理由があるのか分からないが部屋へ戻らないフェレーナに、仕方なく酒に酔ったふりをして寝台に横になった。
しばらく寝たふりを続けたがフェレーナが出て行く気配はない。
薄く目を開くと窓辺に佇むフェレーナの姿が見えた。
月明かりに光り輝く栗色の髪。
仄白い横顔は憂いを帯び、触れるのが恐いほど儚げで。
それでいて触れずにはいられないほど魅惑的なフェレーナ。
エドガーはゆっくりと身を起こした。
微かに衣ずれの音がしたが、彼女は気が付かなかったようだ。
月を見上げていたフェレーナはいつのまにか窓の下を覗き込んでいた。
(何かあるのか……?)
エドガーが訝しげに思った次の瞬間。
フェレーナの体がグラリと傾いた。
(フェレーナ……!)
エドガーは考える間もなく寝台から飛び降り、フェレーナの体を抱きしめていた。
その体は思っていたよりもずっと華奢で柔らかくーーーーそして温かい。
「駄目だよ」
フェレーナのしようとしていたことは明白で、それはそれで衝撃的だったが、とりあえず引き止められたことに安堵した。
そして、今はっきりとフェレーナを誰にも渡せないと強く思った。
伯父の意図などどうでも良い。
兄のように思われたままでも構わない。
一生、男として愛されなかったとしても……それでも、ただフェレーナの一番側にいて彼女を守り続けたいのだ。
エドガーにとって大切な女性は出会った時からフェレーナだけで、他の誰も彼女の代わりにはなれないし、他の誰もエドガーのようには彼女を愛せない。
それだけが真実で他には何もいらなかった。
エドガーはフェレーナを強く抱きしめ、優しく口付けたーーーーはずだったが、いつの間にか貪るようにフェレーナの口内に舌を這わせていた。
フェレーナは舌を割り入れた時に一瞬だけビクリと体を震わせたが、嫌がる素振りはない。
甘い香りが鼻孔を擽り、何度も角度を変えながら深く唇を合わせる。
どうしたら良いのか分からず、されるがままのフェレーナがとても愛しく感じられ、エドガーはなかなか唇を離せなかった。
(フェレーナ……)
今はまだ何もかもが始まったばかりだが、いつか二人の間に同じ想いが生まれたら……とエドガーは切に願った。
それは人生最後の日まで叶わないかもしれない。
それでも、エドガーはフェレーナのために生きていくのだろう。
彼女が幸せであることが多分エドガーの幸せだからーーーー。