七通目
首が痛いです。
「なんで倒れてたん?」
目をじっと見つめるネギ女に俺は左斜め上に見えるキッチンの換気扇に目を逸らせた。若い姉弟に対して家は年季が入っている。
「何逸らしとるん、助けてあげたのに何も言わんの?」
今度は顔を近づけられ、上目遣いに俺を睨み付けてくる。
「ま、祭りに行きたいんだよ」
慌てて言葉をひねり出した。そうすると彼女は満足したように意地の悪い笑みを浮かべた。
「なんだよ、文句あるのか?」
孤独が強すぎたせいか、防衛本能が理性を失って作動する。
「文句って……私が助けてあげたのにもう少し恩とか礼儀とか示すべきじゃないん?」
「俺は助けなんて求めてない、あんたらが勝手に連れてきたんだろ」
いつから俺はこんなに冷たい人間になってしまったのか、わからない。後悔はすぐに訪れた。
「わかった、そういうことならはやく出て行けばいい」
潤んだ瞳でこちらを見た彼女は俺と目が合いすぐさま俯いた。
沈黙が流れた、俺は膝に置かれた両手を意味もなく見つめていた。怖かった、誰かを傷つけた自分がただ怖かった。
「ねーちゃん、ご飯たべたら、どこか行く?」
同じテーブルの少年からの質問に彼女は明るく「今日は買い物にいくよ、もう冷蔵庫なにもないんよ」と言った。
二人は食事を終え、俺だけが残されていた。俺がテーブルの料理を食べる資格などもうなかった。キッチンでポニーテールにした髪が左右に軽く揺れている。二人分の食器を洗う彼女の背を俺は呆然と見つめていた。
「そろそろ手着けてくれる? 食べなきゃ捨てるだけだから」
変わらず食器を洗っている彼女を気にかけ、俺は慎重に箸を手に取った。
俺がトマトを箸で持ち上げたときだった。引き戸が開く音がした、建付けが悪いのか金属同士が響かせる音に俺は驚きトマトを落した。
「何してるん」
溜め息をはく姿に俺は「ごめん」と呟いた。
少しして音の聞こえた廊下から現れたのは七十くらいの女性だった。
「瑠未が友達を連れてくるなんて珍しいこともあったもんだ」
老婆がそういうと「違うこの人は昨日倒れてたからおとーさんが担いできたんよ!」と彼女は赤面しつつ事情を説明した。
「ばーちゃんでね、私も手伝って大変だったんよ」
そういってばーちゃんに駆け寄る瑠未は俺の隣でピタリと止まった。
「つ、冷たいん」
足元を見れば俺のトマトが潰されていた。
続くと思います。