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宰相閣下1

 俺は執務室の扉をそうっと開けて首を出し、きょろきょろと左右を見回す。

 よし、いない。

 今朝はどの経路で朝議の間に向かうか、俺は頭の中でしばらく思案した。


 閣下は王宮にいても、執務に集中出来るよう結界を張って部屋に籠もってしまうのが常なので、閣下に面会したい人間は予約をとって、会うのが決まりとなっている。

 ところが、閣下と直接会って話したい人間はとても多く、直ぐにというわけにはいかないので、その順番待ちを嫌がった者達が、閣下が部屋から出た時を狙ってここぞとばかりに押しかけてくるのだ。

 そのため、閣下が王宮を歩くと人だかりが出来て、移動に時間がかかるばかりか、大事な朝議に遅刻してしまう事もしばしば。


「今日は左まわりで行きましょう!」


「ゼルクに任せますが、そんなに彼らを気にしなくてもいいのに。少々遅刻したところで、王様や大臣は笑って許して下さいますから」


 なのに、閣下はいつもこの調子で。

 俺が遅刻しないようにと人だかりをいくら蹴散らしても、当の本人が奴らに甘い態度をとるもんだから、状況は一向に改善されない。


「いいえ、気にします! だいたい朝議に遅れるのは彼らのせいなのに、大臣方の従者に当て擦りを言われるのは、俺なんですからね!」


 そうなのだ。

 護衛を任された者の責任として、閣下を遅刻させるわけにはいかないのもあるけど、もっと切実な実害がある。

 控室で閣下を待っている間、俺がどんだけ恥ずかしい思いをさせられているか!

 起きられないほど励んでいたのかとか、朝っぱらからお盛んだなとか!

 閣下の遅刻は、全部俺とナニしてたせいみたいに揶揄される!


 大声で反論したいところだけど、毎夜の閣下の深夜の訪れを拒めていないのも事実で・・・・・・

 だってこのヒト、鍵をかけようがバリケードを築こうが全然お構いなしで、気付いた時にはいつも上にのしかかってるんだもん。


「さぁ、閣下、急いで参りましょう!」 


 部屋を出て、周囲を警戒しながら先導して、ちんたらちんたら歩く閣下を急かす。


「そんなにのんびり歩いていないで、さっさと歩いて下さいよ!」


「私はゼルクみたいに若くないので、速く歩けません」


「はぁ?!」


「腰が痛いんです。なので、手を引いて下さい」


 何言ってんの?

 誰が手を引かなきゃ歩けないって?!

 バリケードを粉砕するほどの力があるくせに?!


「そんなお年じゃないでしょう?!」

 

「なら、ゼルクのせいなので、やっぱり責任をとって手を引いて下さい」


「なんで、俺のせいになるんですか!」


「それは、ゼルクが昨夜可愛く腰を振ってもっともっととせがむので、年甲斐もなくはりきってしまっ」


「閣下!!」


 こんな公の場所でなんつーことを言い出すのか!

 可愛くせがんだ覚えもねぇ!

 誰も聞いちゃいねぇよなと焦って辺りを見回す俺を、閣下はにやにや眺めながら、ほら早く取れとばかりに手を伸ばしてくる。


「昨夜のゼルクは、」


「仕方がありません。閣下はお年(・・)なので、手を引いて差し上げることにします」


 手を取ると、閣下はその手を素知らぬ顔で恋人繋ぎにし、では、参りましょうかと言って、機嫌よくスタスタ歩き始めた。

 

 ・・・・・・





「おい、こら、勝手に恋人繋ぎにすんじゃねぇ! 離せこのやろうっ!」


 くっそー、どこが年寄りなんだよ!

 がっちり組まれた指を一本一本外していくが、閣下の握力は強くなかなか外れない。

 単独行動を好む閣下が護衛を連れ歩いているというだけで、もうそういう関係っていうのがバレバレだと最近知った。

 一緒に歩くのすら恥ずかしいのに、その上、こんな羞恥プレイを強要されてたまるか!


「嫌です」


「「「ミハイル様、おはようございます!」」」


 しまった!

 閣下と格闘しながら歩いていたため、うっかり警戒を怠ってしまった。

 前からやってくる数人の男達に見つからないように、慌てて繋いだままの手を後ろに隠す。


「おや皆さん、今朝は随分早いですね。おはようございます」


「「「ミハイル様に、どうしてもお会いしたかったのです!」」」


「ミハイル様、先日は我が家のガーデンパーティーにお越しいただき、ありがとうございました。貴重な焼き菓子まで差し入れていただいて、おかげ様で大盛況でした」


「そうですか。喜んでいただけたなら幸いです。あれには、特別なエキスが入っておりましてね、体にとてもいいのですよ? 本当はもっと大々的に生産して世に広めたいのですが、なにぶんエキスの採取量が限られておりまして」


 閣下がにこやかに談笑する中、実のところ後ろでは、手を振り払いたい俺と意地でも離すものかと力を込める閣下の間で、凄まじい攻防が繰り広げられていた。


「閣下、今夜こそは私達の夜会においでくださいますよね?」


「皆、閣下のお越しを心待ちにしているんですよ?」


「私は、閣下がおいで下さったあの素晴らしい夜が忘れられません!」


 会話を聞きながら、ヤバい話になってきたぞと俺は警戒を強めた。

 閣下はとにかくあっちでもこっちでもよくモテる。

 おっさんのくせに美々しくて、時の権力者のくせに人に優しくて、日々世界の為にその身をすり減らして人事を尽くしている。

 世界を救った英雄だからやりたい放題できるのだと閣下は言ったけれど、そうじゃないことはほんの数日一緒にいただけで理解できた。

 王様や大臣が、遅刻や閣下の悪い癖に目を瞑るのも、同じ理由だ。

 

 俺の存在を、また閣下の悪い癖が出たかと温かい目で見てくれる人間も多いけれど、当然嫉妬する人間も多い。

 特に、こういう正式な手順をとらずズルをする奴らは、要注意だ。

 睨まれたり、嫌味を言われるくらいならいいけど、制服を裂かれたり昼食をぶちまけられたり、出費がかさむ嫌がらせはマジ勘弁してもらいたい。


「ああ、申し訳ありません。せっかくお誘いいただいて恐縮ですが、所用が立て込んでましてね、当分の間、参加出来そうもありません」


 閣下はお察し下さいとばかり恋人繋ぎにした手を見せて、にっこりほほ笑んだ。


「では皆さん、私は朝議に参らねばなりませんので、これで失礼します」


 orz。 

 

 ・・・終わった。






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