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悪食の魔法使い

 口付けて、脳内の感覚中枢に働きかけ、体の自由を奪うとともに官能をつかさどる神経を刺激すると、間もなくその男は呼吸を乱し始めた。


 弟子であり、私の二番目の養子でもあるセアルが視て欲しいと送って寄越した男は確かに複雑な精神構造を有していた。

 我ら悪食(あくじき)の魔法使いは人間の負の感情エネルギーを消化し、己の魔力に転換する能力を有する。

 体をまさぐって男が快感に酔いしれている隙に、心の内に潜り込んだ。

 表層にある怯えや怒りの感情をつまみ食いしながら、中心部の無意識の領域へと進む。


 ところが、途中で厚い壁に阻まれ、行き止まってしまう。

 ガードが固いですね。

 仕方がありません、もう少し乱れてもらいましょう。


 表層にあるものならば、会話をしながらでも食せる。

 しかし、無意識の領域に押し込められた負の感情を食すには、酩酊させるか睡眠中を狙うか、このように情事に持ち込むかで、侵入を阻む理性の壁を緩めてやらなければならない。

 頭の中をいじくり回され、射精と交合によって心身共に疲弊した男は、コトが済むと同時に意識を失った。


 汗で顔に張り付いた赤みがかった茶色の髪をよけてやりながら、思案にくれる。

 ゼルク=ウォルシュ、さて、どうしたものか。





 執務に没頭していると、扉の奥でドタンバタンと大きな音がした。

 と思ったら、扉を開けてその男、ゼルクが大慌てで転げ出てくる。


「閣下! あの、その、も、申し訳ありません!! 俺、俺、」


「落ち着きなさい」


「は、はい、でも、あの、こんな夜になるまで、」


「心配は無用です。私が許しました、問題ありません。それより、どうですか? 辛いところはありませんか?」


「辛いところ・・・ですか? ありませんけど?」


 ゼルクはきょとんとした顔をした。


「初めてというのに、無理をさせてしまいましたから」


 私が情事をほのめかすと、顔を真っ赤に染める。

 そして、恥ずかしそうに、ごにょごにょと答えた。


「あ、いえ、・・・だ、大丈夫・・・デス」


「そうですか。ならば、夜も更けました。帰りましょう。ああ、言い忘れましたが、宰相である私の護衛の勤務は24時間です。よって、今後の寝泊まりは、宿舎ではなく私の邸でしていただきますよ」





『あーあ、まいったなぁ。これから俺はどうなるのだろう? 閣下に弄ばれて、飽きたら捨てられるパターン? それとも、たまたま一回だけ、つまみ食いされた感じ? はぁ~、いずれにしても、なるようにしかならないけどさ~。宰相閣下が相手じゃ、俺に選択の余地なんてないもんな。でも、こうやって、馬車の中で二人きりになると、否応なく閣下との情事を思い出してしまうな。一体どうして、男に口付けられて、俺はその気になってしまったのか。途中から何が何だかわけがわからなくなったけど、脳髄が溶け出たかと思うくらい気持ちよくて、幸せな気持ちにだったのだけは覚えている。あれが昇天というヤツなのかな? っつーか、どうする? これから寝泊まりは、閣下の邸とか! 俺、食われ放題じゃん! でも、考えようによっては、真昼間に王宮でされるよりはずっといいか。いつ何時、誰に目撃されるかわからないような場所よりは、断然マシだ。しかし、男同士の接合があんなに気持ちいいものだとは、知らなかった。いやいやいやいや、だめだだめだ、俺は断じて向こう側には行かないぞ! 女の柔らかい体を思い出せ!』


 隣に座るゼルクの百面相を横目に眺めながら、心の声に耳を傾ける。

 くくっ、真正直で、本当に可愛い子ですね。

 御者の脇に座ろうとするのを、無理矢理中に押し込めた甲斐がありました。

 しかし、こんなに愉しい反応をされると、


「どうでしたか?」


 つい、虐めたくなりますね。


「え? どうとは?」


「私はとてもよかったのですが、ゼルクはどう思ったのかなと思いまして」


「・・・・・・」


 ゼルクは固まった。


『ええーーーーーーー!! 俺、なんて答えるのが正解なの?! 正直に、すごく好かったですなんて答えたら、もう情夫決定だよね? じゃあ、好くなかったですって言ったら? やっぱ左遷? せっかく王宮に来れたのに?!また僻地に飛ばされんの? あーもう、どうしようどうしようどうしよう』


 そして、心の中で絶叫した。


「あの、えっと、そ、そうですね、なんというか、初めてだったので、混乱してしまってあまり覚えてないというか・・・申し訳ありません」


 なるほど、そうきましたか。


「覚えていない・・・」


「はぁ、申し訳ありません」


『よっし!! 上手く誤魔化したぜ!!』


 ゼルクが心とは裏腹に殊勝な表情を浮かべ、とぼけてやり過ごそうとするので、私は次の一手に出る。


「わかりました。では、教えて差し上げましょう。あなたには、素質があります。ゼルクは私のナニを根元まで受け入れ、涎を垂らしてヒーヒー言って悦んでいました」


「う、嘘つかないでください!! そりゃ、きもちよかったけど、俺は涎なんて垂らしていませんし、素質なんてありません!」


「おや? そうでしたか? でも、気持ちは良かったんですね。安心しました。無理強いは、私の望むところではありませんから」


「で、で、でも! 俺は違います! 違うんです。本当です! 俺にそういう()はないんです!! 確かに気持ちは良かったですけどっ! でも違うんです!」


「そうですか。では、私はゼルクにひどく嫌われてしまったというわけですね・・・」


「え?!」


「気持ちは良かったけれど、二度と私の求めに応じるつもりはないとゼルクは言いたいのでしょう? なら、そういうことではないのですか?」


 私が悲しそうな顔を作れば、ゼルクは途端にうろたえ始める。


「別に、嫌いというわけでは! ただ、その、俺は、」


「いいんです。わかりました。残念ですが、仕方ありません。諦めます」


 私の言葉に、ゼルクは明らかにほっとした表情を浮かべ、安心したせいか殊勝な態度をとることも忘れてペラペラと喋り始めた。


「・・・すみません。でも、あの、俺、閣下のこと、本当に尊敬しています! だから、閣下の御為ならばこの命を擲ってでも、護衛の仕事を全うする所存です! 俺が女だったら、きっと好きになって、って、ああ、閣下は男の方が好きなのか、えっと、とにかく、閣下なら、俺なんかより、もっと同じ趣味のいい男がいくらでも見つかりますって」 


『ふー、良かったー。しつこそうな性格っぽかったから、どうなることかと思ったけど・・・』


「ほ・ん・と・うに残念です、ゼルク。今後(・・)も無理強いすることになろうとは。互いに求め合える関係になりたかったのですが、仕方ありません、それは諦めます」

 

「へ?」







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