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短編集  作者: 七瀬乃


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7/7

息子のいない卒業式

 一週間前、涼太りょうたが亡くなった。


 交通事故だった。


 涼太は今日の卒業式に出席するはずだった。

 


 卒業式へ向かっている車内で、高校生になった涼太を想像した。想像しても頭の中からすぐに消えた。


 私の手の中には涼太の写真がある。笑っている涼太の写真。

 ここ一年は涼太と喧嘩ばかりをして笑った顔なんてほとんど見ていなかった。


 運転する夫を見ると、涼太も大人になったらこんな顔になっていたのかもしれないと想像した。


「大丈夫か?」と夫が私に訊く。

「うん……涼太の代わりに卒業式に参加するって言ってたけど、涼太のいない卒業式なんて意味ないよ……」


 涼太の告別式が終わった翌日、校長や担任が私たちの家へ来て、卒業式に参加していただけませんか、と頭を下げられた。

 私はその言葉を聞いた瞬間すぐに断った。涼太のいない卒業式なんて意味がない。他の子の元気な姿を私たちに見せて何になるっていうの。


「帰ってください!」

 私は人生で初めて声を荒げた。


 校長たちは翌日も来た。何度も何度も頭を下げていた。

 どうしても卒業式に来てほしいと。


「分かりました。卒業式参加します」と夫が言った。

「ちょっと……何言ってんの?」

「参加しようよ。涼太は参加したくてもできなかったんだ。僕らが涼太の代わりに卒業式に出よう」


 はっとした。何も言えなかった。

 どうして私は涼太のためにって言う考えがなかったの。


 学校に着いて、しばらく車の中にいた。生徒や保護者が私たちの車の前を通っていく。

 みんな笑顔だった。誰一人表情を曇らせた人なんていない。


 何で笑えるの?


 卒業式が始まる直前に会場へ入った。保護者席に座り、周りを見ると、何人かの親と目が合った。

 私は俯いた。きっとまだ見ている。視線が全身に刺さる。

 

「ただいまから、卒業証書授与式……」


 顔を上げると、私たちに集まった視線がなくなっていた。

 

「卒業生入場」

 全員が一斉に後方を見た。私だけが前を向いている。

 拍手をする人、スマホで写真や動画を撮る人、子供に向かって手を振る人。

 私はどれもできなかった。卒業生から目を逸らしていた。


 一人ずつ名前が呼ばれ出した。前のスクリーンには、卒業証書を受け取る生徒の姿が写っている。

 手に持っている写真をぎゅっと握り、涼太を見つめる。

 

 夫が私の手を握ってきた。二人とも手が冷たかった。

 夫を見ると、真っ直ぐとスクリーンを見ている。

 私は、また俯いた。


佐久間涼太さくまりょうた

 

 涼太が呼ばれた。


「はい!」

 涼太の声が聞こえた。私は咄嗟に顔を上げる。前のスクリーンには涼太が卒業証書を受け取っている姿が写っていた。


「涼太……涼太……」

 自分でも涙が溢れているのが分かる。我慢しても声が漏れる。

 周りから鼻をすする音が聞こえた。

 

 映像が切り替わった。


 涼太が一人で写っている。

「もう言っていい?」と涼太が言う。

「いいぞ」と別の男の子の声がした。


 涼太が鼻をかいている。

「えーと。お父さん、お母さん、無事に中学卒業できました。最近反抗的な態度ばかりとってすみませんでした。高校に入ってもとりあえず頑張ります」

 最後、涼太が照れたように笑った。


 息ができない。


 私は会場の外へ出た。

 その場に座り込んで、大声で泣いた。

 背中に夫の手があるのを感じる。暖かかった。

 

 卒業式が終わって、担任の先生から今日流れていた映像のDVDをもらった。


「ありがとうございます」としか言えなかった。


 私たちが車に乗り込もうとしている時、一人の男の子に話しかけられた。


「涼太のお母さんですよね?」

「うん……」

「俺、これだけ伝えたくて……」

「何?」

「涼太には仲良くしてもらってました。ありがとうございました。それと、いつもお弁当の中に入ってた卵焼き、一つもらってたんです。勝手にすみません。涼太が世界一美味しい卵焼きだって食べさせてくれたんです……本当美味しかったです。ありがとうございました」

 日差しが眩しくて、男の子の顔が見えなかった。


 私は、無理矢理口角を上げて、「ありがとう」とだけ言った。


 車に乗り込んで、まだ咲きそうにない桜の木を見た。


「今日は卵焼きつくろうか」

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