最終話
王城にいるあいだ、付き添いで来てくれたワイスさんが私の面倒を見てくれることになりました。
王城にはたくさんの人たちが出入りしているので、外を出歩くときは人間の姿で、それ以外は大広間にこもってグータラしています。
アルフレッドさんの命令で、ヨルンはなぜか立ち入り厳禁です。
けれど公爵家のメイドさんが毎日入れ替わりで来てくれるので、お喋りの相手には困りません。
今日はマチルダさんが来てくれました。
とても働き者なのに、小柄で可愛らしいエルフのお姉さんです。
「このところヨルン坊ちゃまが不機嫌で、使用人に当たり散らすから困っているんです」
と珍しく愚痴をこぼしていました。
「お食事もろくにとらないんですよ。イオ様の手料理じゃなきゃ嫌だと言って」
それを聞いた私はワイスさんに頼んで慌てて人間の姿にしてもらうと、王城の厨房を借りて料理を作りました。それをマチルダさんに渡して、必ずヨルンに食べさせるようにとお願いします。翌日、マチルダさんがまた来て「ぺろりと平らげましたよ」と呆れたように報告してくれました。
それからというもの、私は作った料理をメイドさんに渡して、ヨルンの健康状態を確認するのが日課になりました。
「イオ様が一日も早く公爵邸にお戻りになるのを、使用人一同、心よりお待ちしております」
礼儀正しいメイドさんたちは、お別れする時、いつも決まって優しい言葉をかけてくれます。
きっと決まり文句なのでしょう。
私も帰りたくて仕方ありませんでしたが、王様の命令なので逆らえません。
アルフレッドさんは一体何を考えているのでしょう。
「陛下は人のよさそうな顔をして、性格が歪んでおるからのぅ。甥っ子をいじめてストレス発散しとるんじゃよ」
なんてワイスさんは言っていましたが、ワイスさんにだけは言われたくないと思います。
アルフレッドさんは一日中働きづめで、ほとんど休憩を取りません。見ていて気の毒なほどです。
さながら大手企業のCEOといった感じでしょうか。
ヨルン父もよく見かけます。
大手企業の顧問弁護士のような顔つきで、王城を走り回っていました。
アルフレッドさんが絵を描くのは、眠る前の数時間だけ。
とても夜遅い時間に描き始めるので、私も眠くてしかたありません。
「眠ってはダメだよ、イオ。目を開けてこっちを見るんだ」
きちんと昼寝をしているはずなのに、油断すると目を閉じてしまいます。
冬が近づいているせいでしょうか。
それにしても、絵のモデルになると聞いた時は、てっきり人間の姿で描いてもらえるものと思い込んでいましたが、
「動かないで、両翼はひらいたままで」
ドラゴンの姿でした。
せっかくメイドさんたちが綺麗なドレスをたくさん持たせてくれたのに。
この王城で、私が着飾る機会は一生ない気がします。
ただでさえ描く時間が少ないのに、アルフレッドさんは職人気質なのか、下描きができたと思ったら気に入らないと言ってすぐに破り捨ててしまうので、絵はなかなか完成しません。数日で公爵邸に帰るつもりが、気づけばひと月以上も王城に滞在しています。
絵が完成したのはそれからさらに数か月後のことでした。
立派な額縁に入れられ、玉座の間に堂々と飾られたドラゴンの絵は雄々しく立派で、なんだか私じゃないみたいです。
どうせならドレス姿で綺麗に描いて欲しかったのですが、贅沢は言えません。これでようやくうちに帰れる。と喜んだのですが「興が乗ったからもう一枚描く」とアルフレッドさんが言い出して、帰るに帰れない状況です。
おまけに外は雪が降っていて、気づけば寒い冬が訪れていました。
この季節になると人間になるのも億劫で、ヨルンの食事を作る以外、私はほぼ一日中、暖炉のある広間で眠っていました。
食べる量は変わっていないので、体重も増えて、また身体が大きくなった気がします。
ここ最近、眠るたびに狩猟の森や公爵邸、ヨルンの夢を見るので、軽いホームシックにかかっていたのでしょう。
「イオ、起きて。イオ」
ですから目を開けてヨルンの顔を見た時、私はまだ夢の中にいるのだと思いました。
「伯父上から君を取り戻しに来たんだ。僕と一緒に来てくれるね?」
もちろんです。
私は重い身体を起して、鼻先をヨルンの前に突き出しました。
ヨルンはホッとしたように私の鼻にキスすると、優しい声で言います。
「ここを出て、早く二人きりになれる場所へ行こう。春が来る前に」
ヨルンが転移の魔法を使うと、たちどころに辺りが暗闇に包まれました。
次の瞬間には広い場所にいて、私は魔法の副作用でくらくらしていました。
そこは幻想的な場所でした。
地面に敷き詰められたヒカリゴケが淡い光を放ち、壁や天井に埋まった青い鉱石が薄暗闇の中で神秘的に輝いています。
音が響くので、どこかの洞窟にいるみたいです。近くには透き通った水場もありました。
ふわふわしたコケのおかげか、暖炉がなくてもほんのり暖かくて、私はまたウトウトしてしまいます。
「君を見ていると、僕まで眠くなってきたよ」
ヨルンの姿が徐々に変わり、黄金色のドラゴンが現れました。
ドラゴンは私の身体に優しく噛みつくと、私の身体を抱き込むようにして丸くなります。
私も優しく噛みつき返し、尻尾を絡めて彼にピタリとくっつきました。
いっそう身体が暖かくなって、いい気持です。
私たちはそのまま洞窟で冬を過ごし、春を迎えました。
まもなく発情期が訪れ、私たちはツガイになりました。
正直、その時のことはよく覚えていません。とにかく頭がおかしくなるくらいヨルンが欲しくて、無我夢中でした。そしてなぜか行為のあとでケガをしたのは私ではなく、ヨルンのほうでした。
きっと私が暴れたか、強くひっかいたかしたのでしょう。
三日経って人間に戻った時、ヨルンは傷だらけで、頬から血を流していました。
ごめんなさいごめんなさいと泣いて謝る私を、彼は仏のような顔で許してくれました。
「怒るどころか感謝しているよ。君のおかげで得難い経験をしたんだから」
私が無事に有精卵を産むことができるのかは、翌月になってみないと分かりません。
ですが心は満たされ、幸せでした。
『愛の誓いが一度で済むと思ったら大間違いよ。十年ごとに人は変わるの』
久しぶりに祖母の言葉を思い出しました。
けれどいくら悩み、考えたところで十年後の未来なんて分かるはずもありません。
翌月のことだって分からないのに。
ですが願い込めて、この言葉で締めくくりたいと思います。
ドラゴンに生まれ変わった女性とエルフの青年は、たくさんの子どもたちに囲まれ、ツガイとなって一生を幸せに暮らしました。
めでたしめでたし。
END
最後までお付き合い頂きありがとうございます。
お待たせして申し訳ありません。
5、6万くらいで終わるつもりが少し長くなりました。
やっぱり一人称は難しいです。疲れたー。
少しでもきつい日常を忘れて、笑って頂けたなら幸いです。
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どうもでした。




