92聖羅ルート 一時撤退
聖羅を唯人の部屋に送り込んだ数日後、二人からはしばらく連絡がなかったが、わざわざ家に来てまで付き合い始めたという報告を照れ照れされながら受けた。仲良く手を繋いじゃったりして仲睦まじいようだ。
それはよかったなと、四人で盛大に喜び俺の部屋でささやかながらお菓子でパーティを開いた。
これで俺の仕事はすべて終わった。残りの時間を二人でイチャイチャと過ごしてもらえば、俺は自然と次のルートへと飛ばされるだろう。時間もきっと少ない、そろそろ覚悟を決めた方がいい。
その日の夜、俺と心春が部屋でゲームに興じているときに突然シャットダウンされたように俺は意識を失った。心春が俺を呼ぶ声も小さく聞こえ、目が覚めた時は心春の膝に頭を乗せていた。
頭を撫でてくれる手が温かい。太腿も柔らかいし、このまま溶けて沈んでしまいそうだ。
前にも似たようなことがあったなと思いつつ、これは何かが更新されたのだなと脳内のファイルを漁ると、なんということか、聖羅ルートのシナリオが完成していたのだ。
今まで俺たちが辿ってきた軌跡がシナリオとして文章に起こされ、あの神がやったことだろう、聖羅ルートのこれからのシナリオもあいつが用意してくれていた。
しかし……そうか、もうこの夏休みに俺と心春は二人に会うことはないのか。連絡して無理に会って話すことも可能だろうが、ここはなるべくシナリオに従っておくか。
「一颯くん! 大丈夫なの?」
上から心春が俺のことを覗き込んでくる。サイドテールの髪が首元をくすぐってきて身をよじる。
そういえば気を失っていたんだよな、心配されるのも無理ない。
「ああ、問題ない。前にもあったことだ、体調に変化はないから安心してくれ」
「よかった……。一分くらいで目が覚めたけど、何があったの?」
「心春、……今日を入れて、残り二日だ。明後日がタイムリミットなんだ」
「え? それって……、一颯くんがここにいられる残り時間……」
察しが良くて助かる。あまり細かく説明もしたくない。時間は……同じく夕刻、どうやらあの神は陽の落ちるゴールデンタイムが好きみたいだ。確かに限られた時間帯でロマンチックではあるな。俺も嫌いではない。
「明日は俺がどうしても行かないといけない場所があるんだ。だから、明後日の残りの時間を心春と過ごしたい」
「明日って、部長の所でしょ?」
「なんで知っているんだ? 俺、隠していたよね」
時間は残り僅かだというのに、心春は得意げに胸を張って自慢する。
「ふふん、それくらい普段の一颯くんを見ていたらわかるよ。部長と話している時だけなんだかそわそわしていたし、部長も……、悔しいけど可愛くなっていたし」
マジで? 女の子ってそんなことまでわかるの?
男って女性の些細な変化に鈍感だってよく聞くけど、なるほど、こうして体験してみればその理由がよく分かった。唯人に鈍感系主人公と言ったことを謝らないといけないな。
「私はついて行かないから」
「え?」
「一颯くんの話を聞いて、正直、私は部長に負けたなって思っているの。出遅れたというべきかな? 前の私が一颯くんに積極的にアタックしていたって聞いたから、それに胡坐かいていつも通りに過ごしていただけだった。だから明日、私は邪魔をしない。部長のこれまでの努力を踏みにじらないから」
そんな深いこと、俺は何も考えていなかった。心春の俺に対する気持ちなんて、聞かずとも知り得ていた。いつの間にか、俺の求めた心春と願望を重ねていたみたいだ。
「一颯くんが部長を選んでも、私はそれを心から祝福するよ。一颯くんの幸せが私の幸せだから、その相手が私でなくても、私はそれで納得できる」
「……花恋さんにも似たようなことを言われたよ。俺が花恋さんを選ばなかったら、すっぱり俺のことは諦めるって、心春のことを祝福してくれるって。心春も花恋さんも、俺の口先一つの言葉で納得できてしまうなんてすごいよ。俺には未練がましく二人に頼るしか能がないから、目の前の選択肢を永遠に後回しにしているというのに」
「それは違うよ」
俺を上から覗き込みながら、心春は首を横に振る。いつだって俺のことを理解しようとしてくれる優しい目だ。
「一颯くんが私か部長のどちらかを選んでいない理由、分かっちゃったもん。一颯くんが最後まで選ばないことを貫く限り、その選択肢はやってこないんだよ」
そうなのか? 俺は直面していると思っていた選択肢に、実は辿り着いてさえいなかったのか……。
後は俺が一言、どちらかの名前を口にすればそれでいいと思っていたが、……そこまで現実は甘くないみたいだ。俺が自分で選択肢を遠ざけていたのか?
「前の私は部長と争っていたかもしれないけれど、私は身を引くよ。本音を言えば一颯くんの隣にずっと寄り添っていたいと希うけど、それは次の私に託すことにする。明後日、私に時間をくれるみたいだから、その時に一颯くんのことを独り占めにしていっぱい甘えることにする」
「ごめんよ、俺が優柔不断なばっかりに、心春に嫌な決断をさせてしまった」
「勘違いしちゃダメだよ?」
「え……?」
心春のこの顔は前にも見たことがある。花恋さんが俺と心春の間に割り込むことを宣言した時のあの顔にそっくりだ。目の奥にしっかりと闘志を燃やしていて、それでいて俺のことを包み込もうとする甘ったるい吐息。二人してどこまでもそっくりだ。
「今回は部長が優勢であることを譲っただけで、これからは隙あらばガンガン攻めていくから、覚悟しててね」
は、はは……、そうか、出遅れたとは言っていたが、転んで心春も花恋さんもただでは起き上がらないか。前とは関係が逆転しているみたいだが、心春も花恋さんも諦めが悪い。そんなに俺のことが好きなのか? 明るいだけが取り柄の優柔不断のバカ野郎が?
でも、……それでも俺のことを見ていてくれるというのなら、俺はそれに見合うための努力を自分に強いて、めげずに走り続けねばなるまい。それが俺の義務だ。
選択肢を遠ざけていたんじゃなくて、見えるだけで元から届く位置になかったんだ。双眼鏡でゴールだけを覗いて、俺自身はまだスタート地点から動けずにいたわけか。
それでもいつかは自身を持って、俺の口から二人が望む言葉をゴール地点で発せられるように。
……まあすべてはあの神が悪いんだけどな!




