71午後の家庭科 選択肢……1
「えー! 一颯と心春はこないの? 暇じゃん」
「隣町の森林公園には二人で行ってきてくれ、悪いな、俺と心春はちょっと用事があるんだ」
聖羅のフラグイベントはスパンが短い。一昨日にイベントがあってその二日後にはもう次のイベントだ。聖羅を最初のルートに選択していなくてよかった。短期間過ぎて対策がとりづらいんだよ。
陽菜ルートでは、ここで俺と心春が都心に行って服を買っていた。でも今回は聖羅ルートのために家庭科部の後ろからついて行って二人を誘導しなくてはならない。
参加してもいいのだが、そうするとあまりの多忙ゆえに手が離せなくなって俺と心春が子どもたちから好かれてしまうという難点があるのだ。こっそり抜け出すのが困難になる。
前に一度体験しているから分かるけど、どう考えても二人に認識されないよう誘導するほうが楽だ。何もしないで上手くいくならそれがいいんだけど、どういうことか選択肢は理想の逆が選ばれやすいみたいで、……やっぱりこのゲームはクソだ! クソゲーだ!
怒りを露わにしたいのを抑えつつ、俺は心春と共に準備に取り掛かる。
これといって必要な物はないのだが、姿がばれないよう急いで家に帰って着替える。ここで女装男装でもすれば確実にばれないのだろうが時間が足りない。聖羅には見せたことのない私服と帽子で顔をある程度隠せば万が一にも誤魔化しが利く。
そろそろ家庭科部のメンバーが唯人を連れて隣町の広場に向っているはず。どのタイミングなのかは不明の為、早めの現地入りを済ませておきたい。
心春はデニムのパンツに白のシャツでカジュアルな格好に着替えていた。よく見ると俺も同じような格好をしてまさかのペアルックもどきだった。仲良しの双子みたいな服装だが色は違うし帽子も被っているから大丈夫だろう。似たような格好の人は何も俺たちだけじゃない。……だけどさすがに恥ずかしくて心春には上に薄手のカーディガンを羽織ってもらった。
――聖羅たちに見つからないようコソコソと周囲を警戒しながら目的の広場まで辿り着く。子どもたちの声が遠くまでがやがやと聞こえてきた。
広場となっている場所は余計な遊具は何もないが、どこか高級な雰囲気を醸し出す掃除の行き届いた広々とした所だ。隣接して人口の雑木林があり、その中をウォーキングしたりサイクリングすることも可能だ。
広場にはすでに小学生が到着しているみたいで、騒がしいながらも先生の指示に従って列になって並んでいた。
給食の後の調理実習のようで、小学生には少しもやる気が窺えない。給食を減らしてもらっているだろうけども、午後の家庭科の調理実習はたしかにやる気が出ない。
俺たちはここに来るまでにコンビニでパンと牛乳を購入して、刑事よろしく木陰で張り込みをしていた。
「何を待っていればいいんだっけ?」
「そこの分かれ道を自転車が通るから、俺たちは自転車が見えたら分かれ道の左側に立てばいい。それだけでいいんだけど、いつ来るかが分からないんだよね」
一番有力な候補は唯人と聖羅が後片付けをしている時、この時は二人になることが多かったはずだからどこかでその分かれ道まで来ている可能性は高い。しかし二人がここにくる可能性であればいつでもありえる、なんなら今すぐでもおかしくはない。
俺たちとは別方向からやってきた聖羅たちは早速調理実習の準備に取り掛かる。心春と二人で様子を窺いながら自転車がやって来るのを待つ。最後まで来ないとなると50分×2の時間をここでしのがなくてはならない。虫よけや熱中症対策はしてきたものの、長時間となればさすがに体力が持たないかもしれない。
「一颯くんって、前もこんなことやっていたの? 張り込みしたり大変だったでしょ?」
「まあな、でも楽しいことも多かったんだ。唯人が月宮さんに告白するようダブルデートしかけたり、女装して唯人を騙したりね」
「ダブルデートって、一颯くんのお相手は……誰だったのかな?」
「心春だよ。このことを花恋さんに話したら悔しがっていたな」
「部長ってそんなに一颯くんのことが好きなんだ。……ふーん」
「そのことについても日曜に話すから機嫌を損ねないでくれ、お願いだ」
「じゃあ、前の私と一颯くんがしたことを私にもしてもらおうかな」
「……できる範囲でなら」
こんなことを話しているうちに小学生たちはいっせいに調理を開始する。この広場はキャンプ場としても利用できるため炊飯の為の施設も揃っている。役割分担して各々の仕事をこなせば一時間で完成するだろう。作っているのは、たしかシチューだったか?
事前に学習をしていたと教えてもらった気がするな、たしかに小学生たちの手際がいい。そんな小学生たちに聖羅が手取り足取り懇切丁寧に教えているわけだが、聖羅の距離感がすごい。後ろから手を握って一緒に包丁を扱っているから男の子が緊張して鼻血を垂らしている。
……聖羅はやっぱり先生に怒られた。男の子は顔を真っ赤にして友達にからかわれている、可哀そうに、多分一生忘れられない恥ずかしい思い出だ。
「心春、二人が動いたぞ!」
「ホントだ、何か持って雑木林に入るね、……あれは鍋かな? ということは洗い場に向っている?」
聖羅一人では持つのが困難な大きな鍋、それを唯人と二人でえっちらほっちら洗い場に運ぼうとしている。
自転車の姿は見えないがどこから来るかも分からない以上俺たちも動き出す。
雑木林の分かれ道となっている左側に立ち、周りを見回す。雑木林に人はいないが自転車もいない。探しているうちに唯人たちは洗い場から持ち場の方へ戻って行ってしまった。
「今じゃなかったのかな? 一颯くん、ここ暑いよ、戻る?」
「ちょっと待ってくれ、聖羅たち、もう一度洗い場に向おうとしてないか?」
心春と目を凝らして遠くにいる唯人たちを凝視すれば、二つ目の鍋を持って洗い場へと運ぼうとしていた。もしイベントが今なのであればもうすぐ自転車がこの近くにやってくるはず。
「……来た!」
タイミング的に唯人たちが洗い場から戻ってくる瞬間にぶつかるだろう。遠くからペダルを漕いで走ってくる自転車は格好いい青のロードバイクだ。
俺たちはいかにも雑木林を楽しんでいる風を装って左の道の真ん中を陣取る。自転車乗りのお兄さんは俺のことを一瞥して何も言わず進路を変更した。
俺たちがここに立っていなければあの人は左側の道に侵入していたわけだ。すごく面倒くさいイベントだな。
「――キャッ!」
しばらくして遠くから聖羅の鋭くも可愛らしい高い声が雑木林に木霊する。残念ながらここからでは聖羅たちに何が起こったのか確認ができない。でもシナリオが無事に進行したのであれば、今頃唯人が聖羅のことを抱き寄せていることだろう。
とっさに人に触れることができないトラウマを抱えている唯人が、トラウマを思い起こしながらも聖羅を抱き寄せることができたことで、聖羅ルートに突入してからシナリオにどのような影響を与えるのか俺でも分からない。
木々が視界を遮って自転車と聖羅がぶつかりそうになる。そこでとっさに唯人が聖羅を抱き寄せるイベントだったわけだが、こんなの俺たちが何もしなくてもいいイベントに書き換えて欲しかった。
このイベントが始まる前に唯人には選択肢が生まれていて、そもそもここで聖羅を手伝う選択肢を選んでくれなかったら俺たちがここに来た意味なんて無くなってしまっていた。まあそこはご都合ということで進行させてくれたのだろう。
「心春」
「なあに?」
「なんか疲れた。ここまで面倒くさいイベントは今までなかったよ」
「この炎天下だもん、疲れるよ。これ以上蚊に刺される前に帰ろうよ。多分荷物も届いていると思うし」
そうだ、今日はこのイベントがあったから愛陽のための服が買えなかったんだ。だからネット通販で全く同じ物を購入して、今日に届く予定だ。花恋さんにもローブや水晶とかお願いしているし、何か新しい衣装があれば愛陽の格好でいろいろ着てみたい。
ただ、やっぱりゲーム開始時に愛陽の衣装が揃ってないというのは少々手間だな。これもご都合という便利な言葉で全て揃えてくれたらいいのに。




