70ライバルとの戦い
六月二十九日。この日は唯人にゲームセンターを紹介するシナリオだ。
シナリオの中でもかなり珍しい男同士のイベントで、駅前のゲームセンターに足を運ぶ。
「唯人は何か得意なゲームはあるのか?」
「クレーンゲームは得意だな。あとは対戦型のゲームもそれなりに出来る。あ、でも格闘ゲームは苦手だからそれ以外のな」
「そうなんだ、俺は心春とよくレースゲームはやるから、それだけは得意かな」
唯人にクレーンゲーム以外に得意なものがあったとは知らなかった。質問の形を変えるだけで未知の情報がいくつもなだれ込んでくる。
ゲームセンターに辿り着いてからは失敗のないよう安全に同じ道を辿ることにする。
「唯人、このお菓子取ってくれないか? 心春が俺のお菓子をよく食べるからさ、金は先に払うよ」
「任せろ。これなら二回もあればいけるな」
「これを二回とかすごいな……」
で、一回で取ってしまうのだったな。相変わらず唯人の腕は素晴らしい、他にもワンコインでいくつかお菓子を獲得している。
「俺にコツとか教えてくれよ。特に大型のやつとかどうやって取るんだ?」
唯人の実践を見ながら講習を受け、俺もチャレンジしてみるがなかなか上手くいかない。この後にライバルが待ち受けているのにこの程度で躓いていてはまた財布を軽くさせられてしまう。
「慌てるなよ、そんなところ引っかけたって得物は動いてくれやしないぜ」
そうだ、あいつは得物なんだ。俺に捕獲されるべき得物なんだ。だからこの程度で心を乱してはいけない。見極め、ここだというタイミングでボタンを離す!
「あぁ……惜しかったな。これは元から難しい設定だし、あっちの台なら多分取れていたよ。一颯は筋がいいから何度か繰り返せばすぐに取れるようになるよ」
「悔しいな、今度またチャレンジだな」
俺自身で取れたものはなく、物寂しい気持ちのまま階を上がるとここは子ども女性用のファンシーなエリアだ。
「ここに俺たちが欲しいものはないよな、……唯人、どうかしたか?」
「ちょっと知り合いを見つけてさ、話しかけてきていいか?」
「別にいいぞ。俺もこの階でちょっと遊んでいようかな、よく見れば心春が好きそうなのもあるし、終わったら声をかけてくれ」
唯人はこの先にいる小鳥遊先輩の方へ向かい、俺は自販機の前に立つ。
硬貨を入れ、今度こそあのお茶を選ばないよう隣の紅茶のボタンを押したところ、なぜかあの憎きお茶がガタンと音を立てて転がり落ちてきた。
「……は? なんで? ちゃんと隣のボタン押したよな?」
自販機と手元のお茶を見比べたりボタンを連打していると、業者が荷台を押して自販機にやってきた。どうやらボトルを補充をするみたいだから声をかける。
「すみません、こっちのボタンをしたらこのお茶が出てきたんですけど……」
そう言って自販機の中を確認してもらえば、俺が欲しかった紅茶の場所にこのお茶が数本紛れ込んでいたみたいだ。完全に業者のミスということで交換してもらった。
ということはどちらを押しても俺はお茶しか手に入らなかったわけだ。あのお茶、執念深いな。
喉を潤してから、そういえば小鳥遊先輩がどういう人物なのか立ち絵でしか見たことがないなと思って、こそこそ唯人の向かった先を追いかける。
筐体に身を隠しながら二人が白熱している筐体を覗き見ると、立ち絵では見られなかった予想外に可愛らしい人がいた。
小鳥遊先輩のその立ち絵では、くせ毛の強い肩に触れない程度の黒髪で前髪は左目だけをちらちら覗かせる片目キャラだ。不愛想で笑った姿を他人には見せないとまでプロフィールには書かれていたが、今の彼女はどうだろうか。
唯人に取ってもらった両手に収まる程度のリスのぬいぐるみで口元を隠して嬉しそうにほほ笑んでいるではないか。
容姿は整っているが一切笑わないし口も特定の友達にしか開かない。そんな彼女は三学年では不思議ちゃんのレッテルを貼られている。押し付けられているのか好きでやっているのか、図書室では毎日欠かさずカウンターに座っているし、どうして唯人と出会ったのかは現状では不明。でも唯人は小鳥遊先輩を笑わせられたことが嬉しかったみたいで一緒に遊んでいるのが幸せそうだ。
「……時間か」
ホントはもう少し観察しておきたかったが、俺の役割を放棄するわけにはいかない。携帯を取り出して文面を打ち込み、特定のポイントに辿り着いたのちにそれを送信した。
筐体から顔だけを覗かせて唯人を見ると、ちょうど本人と目が合って俺は逃げる。といっても一度この階から退避するだけで、五分後には唯人たちはこのゲームセンターをあとにする。
「さて、……今日の俺は一味違うぞ」
先ほどの階に戻ってきて一番奥の筐体と対面する。そこには両手で抱えるほどの大きな白いウサギのぬいぐるみが鎮座している。
「また会ったな、前回は三十という硬貨がお前に食われたが、今回の餌は十五枚だ。追加の餌はこの後に出会う主人にでもおねだりするんだな」
何を独り言で自分に酔っているんだか。周りに誰もいないことは分かっているからつい調子に乗ってしまった。
すでに両替済みの硬貨を筐体に入れ、俺はボタンに手を添える。いつかはこいつを五回以内に手に入れる目標と共に第二ラウンドに突入した。
――帰り道、俺の手元には永遠のライバル、白い大きなウサギのぬいぐるみが抱えられている。ただし、勝者は俺じゃない。俺はウサギごときに敗北したんだ。
「くそう……、このやろう、二十八枚も硬貨を食いやがった……」
前回より二回早く入手できたとは言え、完膚なきまでの敗北だ。ウサギのどや顔の幻覚が見えてウザイ。……こいつ、勝ち誇ってやがる。
「心春が喜んでくれるなら、これくらい安いものだな」
俺だけの力で手に入れた。これが何よりも大切なんだと自分に何度も言い聞かせた。




