69ペンケースの仕舞い忘れ 選択肢……1
六月二十七日。この日に変わったイベントはない。
唯人を心春と聖羅を合わせた俺たち三人で案内し、校舎の四階で唯人がはぐれる。そんな唯人は図書館にいるから俺たちは唯人を探すふりをして解散すれば、今日のイベントはつつがなく乗り越えられた。
余裕のあるうちに心春と花恋さんにはこの世界の仕組みについて詳しく知ってもらい、翌日、二十八日のイベントでは心春に手伝ってもらう予定だ。
六限の授業が終わり、帰りのホームルームが始まるまでの間に唯人が顎に指を添える。
「…………」
俺はそれをよく観察し、唯人が『気にせずファスナーを締める』または『もう一度よく確認する』のどちらを選択するか確認する。
前回は後者を選んだ唯人だが、今回も後者を選んでくれると手間が省けるからありがたい。
「まあいっか、あるだろ」
クソゲーかこれ? どうして俺にこうも試練を与えるんだよ。普通に気になったのならペンケースが鞄に入っているかくらい確認すればいいのに。
……いけない、イラついてはあの神の思うままだ。……たぶん違うと思うけどそうなんだ、唯人が悪いわけでもない。
このままでは忘れ物に気付いた唯人が教室に戻ってきて月宮さんと二人きりになってしまう。陽菜ルートであればこれが正解なのだが、今回は聖羅ルートだ。唯人を家庭科室に留まらせるために懸念は排除しなくてはならない。
どうやって唯人のペンケースを鞄に入れようかと考えたらやっぱり前回と同じことをすればいい。心春にはこの後の動きを説明してあるし、唯人をトイレに連れて行っている間にペンケースを鞄に入れてくれる。
――そして放課後、俺は唯人と共にトイレに繰り出す。心春とは事前に決めた合図で唯人のとった選択肢を伝えると、任せてと笑って頷いた。こういう時の心春は安心できる。
「唯人先輩! こんにちは」
「あ、サラちゃんじゃないか、どうかしたの?」
ここで三好さんが現われて時間を稼いでくれるのも織り込み済み。自販機で当たったという利尿作用の強いお茶を唯人に渡し、スキップをしながら階段を下りていく。帰ったふりをして唯人が口を付けたペットボトルを回収するタイミングを見測っているはずだ。俺は今回どう立ち回ろうか。
心春と二人で唯人をいろんな部室に案内し、時間通り家庭科室に唯人を放り込む。そこでは聖羅率いる料理部のギャル軍団が待ち受けていて、親子丼の餌食となるはずだ。
前回は唯人の限界に心春が助けに入って親子丼を完食したが、今回は唯人一人で完食してもらう。そういうルートだからだ。
「心春、うまくできたか?」
「ばっちり! 誰にも怪しまれずに机の中にあったペンケースを鞄に入れておいたよ。教科書が入りっぱなしで取り出すのに少し苦労したけど……」
「はは、唯人らしい。あいつは片づけが苦手だからな、この後に現れる一年生の子が片づけをしてくれない限りはあいつの部屋は足の踏み場も無いはずだ」
噂をすればちょうどその一年生の女の子を見つけた。北国とのハーフの女の子である三好サラさんが目立つ銀髪を小さく揺らしながら、柱の陰に身を潜めて家庭科室を窺っている。
俺は声をかけようかどうか迷ったが、この時くらいしか三好さんの情報は集められないため近づくことにした。
「こんにちは、三好さん、家庭科室に何か用があるのかな?」
俺が声をかければ驚いた様子でこちらに振り向き、一気に距離を詰めてきたかと思うと小さな手で俺の口を塞いだ。
「し、静かにしてください! 唯人先輩に気付かれたらダメなんです!」
「もご、もが……」
「あ、……ごめんなさい」
手を離してもらい、大きく息を吸って肺に酸素を取り入れる。家庭科室からは見えない柱の陰に移動し、改めて話を聞くことにした。
「俺は霜月一颯だ、こっちは妹の心春。どっちも霜月だから名前でいいよ」
「はい、ありがとうございます。三好サラです。私もサラで構いません」
ハーフの女の子ということもあって可愛いもの好きの心春が握手を求めていた。俺からではなく心春からの方が話しやすいだろうと思って、ここはある程度心春に任せている。
「サラちゃんは唯人くんのことを見ていたのかな?」
「あ、……えっと、はい。ちょっと用事がありまして」
「そうなんだ、呼んでこようか?」
「いえいえ! そこまでには及びませんよ、私は陰から観察しているくらいで十分ですから」
それはストーカーではないかという言葉は口に出さず、今度は俺がサラさんに尋ねる。
「もしかして、唯人のことが好きなのか?」
「そ、そこまでではないですよ。ただ、私には高嶺の花ですから、……いつかは、とは思いますけど」
そうか……、そのいつかというのが俺の誘導によるものなのか。申し訳ないな。
順番的にサラさんは最後にしようと思っているからちょっと罪悪感がある。今の時点では最も唯人のことを慕っているのに結ばれないのだから、俺がサラさんの障害として立ちはだかっているように感じた。
俺たちにばれても唯人の観察をやめる気のないサラさんは最後までペットボトル回収のタイミングを計っているのだろう、すでに俺たちのことは眼中にない。
心春を連れて柱から離れて家庭科室を見てみれば、唯人が端を持ったまま机に突っ伏していた。俺か心春があそこに割り込めば唯人が逆に出てくる。お茶を飲んでトイレに入っている間にサラさんが回収するから、こっちのシナリオの方が個人的にはいい。
でもしばらくすると、何があったのか唯人はカバンからお茶を取り出して一気に飲み干し、親子丼に手を付け始めた。机に突っ伏しているだけであそこでは何が起こったんだろうか?
「聖羅ちゃん、なんだかうれしそうだね」
「だな、最後の一杯は聖羅が作った親子丼だったのかもしれないな」
唯人がたべきれないのは仕方ないような顔をしていた聖羅だが、残りの一杯に手を付けた唯人を見て破顔した。完食した時なんて小さくガッツポーズなんかしていた。班長として食べてもらえないのが悔しかったのかもしれない。
「無事聖羅ルートのフラグを一つ立てられたし、見つかる前に帰るか」
「うん、でも聖羅ちゃんの料理、食べたかったな」
「今度美味しいうどんが食べられるから我慢してくれ」
「うどん? 一颯くんが作ってくれるの?」
「俺じゃないよ、でもこの世で一番美味しいうどんだから楽しみにしてな、思わず汁まで飲み干すうまさだ」
この場を去る前に柱の方を見たが、そこにはもうサラさんの姿はなかった。別のポイントに移っているのかもしれない。
そうであれば勝手ながら検討を祈っている。俺とあの神のせいだから、せめてもの応援だった。
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