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いつか選択肢に辿り着くために  作者: 七香まど
三章 聖羅ルート攻略シナリオ
66/226

66姉弟

 俺の部屋にやってきた心春は手足の露出が大盤振る舞いの私服だ。ショートパンツから伸びる脚線美の白い脚が眩しい。昔ならば意識すらしなかったのに、ぶかぶかのシャツのせいで見下ろすと意外と大きな谷間やら下着やらが見えそうで目のやり場に困る。


「話って何かな? 改まって話すような大事なこと?」


 座布団だけ床に敷いた部屋に俺と心春は対面して座る。これから現実ではありえないことを話そうとしているのに、俺はそこまで緊張はしていなかった。一度似たような経験をしているのもあるが、何より相手が心春だという安心感が俺の緊張をほぐしていた。


「ああ、そうなんだ」


 唾を一度飲み込み、心春の真ん丸な瞳を見て真剣に言葉を口にした。


「実は、俺はこの学生生活をループしているんだ。この世界はゲームでできていて、俺はそれをクリアしないといけない使命を帯びているんだ」

 自分でも何が言いたいのかが分からない。適当な言葉も思い浮かばず、心春の目は点となってぽかーんと口が開いていた。それもそうだ、俺が突然真剣な表情で馬鹿なことを口にしたんだから。


「前の世界では心春に手伝ってもらってなんとかクリアしたんだけど、先はまだ長くてね、だからまた心春に手伝ってもらいたいんだ」

「ちょっと待って! ……どういうこと? この世界がゲーム? 一颯くんがループしている?」


 まあこうなるだろうとは予想していた。だからあらかじめ用意していた資料を心春に見せることにする。といってもPCでギャルゲーについての画像を検索してそれらを見せるだけなのだが、前みたいに同じ轍は踏まない。


 まずは心春にノベルゲームとはなんなのか、さらにギャルゲーについても理解を深めてもらう。


「ええと、一人の男の子に対して複数の女の子が好意を寄せることなのかな?」

「たしかに同時に好意を寄せられるのも珍しくはないんだけど、俺たちのいるこの世界では男一人に対して女一人だ。ヒロインは四人いるけどね」

「ヒロインって私の知っている人?」

「心春の友達の月宮さんがそうだよ、あとは聖羅とかも」

「そ、そうなんだ……、あまり実感が湧かないけど、陽菜ちゃんも聖羅ちゃんも恋愛をするんだね」


 あまりピンとこない心春は驚いた様子よりも困惑してように思える。今回は神の援護がない分信じてもらうまでの道のりが存外厳しいようだ。


「ちなみに前は月宮さんが主人公と恋人同士になって終わったよ。今回は聖羅にする予定」

「えっと……、つまり一颯くんが恋のキューピッドをやるってこと?」

「まあそういうことだね、俺の脳内には二人を近づけるためのシナリオが存在していて、最後は幸せな終わり方をさせるまでが俺の仕事。それには俺一人の力じゃどうしようもないことが多すぎるから心春に手伝ってもらいたいんだ」


 それでもうんうんと声を捻らせる心春、やっぱりすべてをそのまま信じてもらうなんて虫が良すぎたか。たしかに俺だってこんなこと言われても受け入れきれるなんて到底思えない。


 何か決定的な証拠を示せればよかったのだが、記憶しか持ちこせない俺では所詮口だけになってしまう。


「……ふあーあ」


 思考を働かせればその分眠気が襲ってきた。そういえば今日は一日が長く感じられる。夕方から昼過ぎに戻されたのだから当然か、脳が疲れて休息を求めている。説明途中だから頑張って起きていようと思ったが瞼が重しをぶら下げているみたいに重い。


「一颯くん、眠いの?」

「そうみたいだ、俺にとってはついさっきまで夕方だったし、エンディングの為に動き続けていたようなものだからな、さすがに疲れた」

「布団敷いてあげるから一緒に寝よ」

「うん、一緒に……、どうして?」


 部屋の隅から布団を持ってきて敷いた上に心春が横たわる。俺が寝るわけだから俺も布団に横になるが、目の前には心春がいる。


「今の一颯くんを一人にするのはなんか心配だもん、こうした方が安心できるでしょ?」


 同じ横になった心春が俺のことを胸に抱きしめて頭を抱えてくれた。何度も聞いた心春の心音が心地よくて、俺の意識は枕にどんどん沈んでいく。


 ……ついさっきのことなのに酷く懐かしい。まったくの別人だと思っていたのに、この温もりは紛れもなく俺の好きな心春そのものだ。この柔らかさも微熱のような体温もすべてがあの心春にそっくりなんだ。


 こうしてみると気付くものだ、感情が不安定に揺れている。多分俺は涙を流しているんだ。心春の胸元を濡らして嗚咽を漏らしているんだ。


「……頑張ったんだね」

「……うん」


 心春には何一つ伝わっていないはずなのに、俺の努力を認めてもらえてそれだけで俺は満足できて、そのまま夢の中へと落ちていった。


 ――夢は見なかった。たぶん、俺は過去と決別したんだ。だから目を覚ました時に涙は乾いていた。


 だが俺は心春の胸の間に挟まれていた。俺の後頭部を撫でてあやしている心春が気にしている様子はないが、俺はもしかして自ら谷間に挟まりにいったのかもしれない。だって、俺の腕は心春の背中に回して抱きしめているのだから。


 抱き着いたまま寝るって難しいと思っていた時があったが、案外出来るものなんだな。


  そんなことを冷静に考えていると、心春が俺の起床に気付いて俺を見下ろす。


「起きた? 一颯くん。……ふふ、今日は私の方がお姉さんだね」

「昔は俺の手を引いてくれたじゃないか、出生日時がちょっと早いだけで、もしかしたら俺が弟だった可能性もあったよ」

「それだったら普段からこうして甘えてくれるのかな?」

「……恥ずかしくてできなさそう」


 二つの柔らかいものに包まれて、だけどそろそろ離れてもいいと思うのだが、俺が起きていると分かっていて離してくれない心春は自身の胸に俺のことを強く抱き寄せた。


 母性とかそういうものではないが、俺もなんだか恋しくなって少しだけ強く抱きしめる。今だけは心春が姉だから、弟の俺はされるがままでいいのだ。


「一颯くんが寝ている間にね、頑張って頭を整理して理解したの。一颯くんが嘘をついているなんてありえないから、どういうことなのか懸命に推察して理解したの。たぶんだけど、明日、一颯くんのクラスにやってくる転校生、その人が主人公なんでしょ?」

「そうだ、名前は椎崎唯人、俺と心春と聖羅の親友だ。卒業しても友達であることを誓った仲間だ」

「仲間……、だから一颯くんは辛い顔をしていたんだね」


 そんなに俺はひどい顔をしていたのか。あれだけ気合を入れて、最後にはしっかり送り出してくれたのにこの体たらくでは花恋さんに頭を叩かれてしまうな。


 なんとしてでも明日の朝までには振り切らなくてはなるまい。過去と決別したなんて嘘っぱちだ、今の俺は未練がましく過去に縋っている。


 初めからこんなに辛くなることくらい分かっていたはずだ、絶望して塞ぎこまなかっただけよかったと思え。


「……ありがとう、心春、もう大丈夫だ」

「うん、……元気になったみたいだね。それで、もっと詳しい話は聞かせてくれるの? 辛かったら後日、日を改めてからでもいいし、話さなくてもいいけど……」

「いや、ちゃんと全部話すよ。そういう約束だし、だけどそれは明日でいいか? もう一人協力してくれる人がいるから」


 体を起こして伸びをする。短時間して寝ていないのに、身体は熟睡した時のように疲れが取れていた。


 心春と抱きあって寝ていたけども、よくよく考えるととんでもないことではなかろうか? だって前の心春は俺が抱き着けばもう顔を真っ赤にするほど恥ずかしがっていたのに、なにか決定的な違いがあるのだろうか? もしかして神に余計なことでも吹き込まれていたのか?


「ねえ、もう一人の協力者って誰なの?」

「花恋さんだよ。演劇部の部長、二階堂花恋さんだ。……あ、名前で呼んでいるのはそういう条件を付けられたせいだからな」

「むー、……そこらへんを詳しく聞きたいけど、明日には全部話してくれるの?」

「約束する。それが前の心春と花恋さんとの約束だからな」


 リビングの方から母さんが俺たちを呼ぶ声がする。時間的にも夕食だ。今日は何だったかな? どうしてか雑炊のイメージが湧くがそれは違う。


「……そうだ! 今日の晩飯はカレーだ」

「そうなんだ、じゃあ違ったらどうする?」

「心春のいうことを何でも一つ聞いてあげるよ」


 心春も俺と同じ条件で乗ってきた。結果は二度同じ体験をしている俺が勝利、俺は心春になんでも言うことを聞いてもらえる権利を手に入れたのだった。







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