33〈心春〉宣戦布告
「あれ? 私にも電話だ」
聖羅ちゃんに教えてもらった着メロの変え方で可愛らしい音楽になった私の携帯は、誰だろうと思って画面を見れば部長の名前が表示されていた。
コップに注がれた水を勢いよく口に含んで嚥下し、シンクにコップを置いて通話ボタンをタップした。
「もしもし、こんばんは、部長、何かありましたか?」
『ごきげんよう、夜分遅くに申し訳ないわね、一颯に電話したら通話中だったの』
「あ、一颯くんは友達から電話がきたのでしばらくかかると思います」
『そう……、心春にも話したいことがあったから丁度いいわ。今、時間はあるかしら?』
「はい、大丈夫です」
私に話って何だろうか、一颯くんはしばらく時間が掛かるだろうし、寝るまで時間も少しあるから快く頷く。
私室に戻るまで少しだけ待ってもらい、私室に入ってからは電気を点けて少し迷って椅子に腰かけた。
「もう大丈夫です。それで、話って何ですか?」
『今日の帰りに、一颯にわたくしの気持ちを伝えたわ。好きだと、お慕いしていると』
部長の突然の告白に頭がパニック状態になった。同時に背中の毛穴からはぶわっと汗が湧き出てきた。
「な、ななな、なにをいって……!」
『落ち着きなさい、驚きすぎよ。それと安心なさい、一颯には断られたわ、心春のことが好きだからと、……まったく、羨ましい限りだわ』
部長が? 一颯くんのことが好き? じゃあ、やっぱり部長が一颯くんに責任を取らせようとしていたのは本気だった?
演劇部での部長が一颯くんにスリーサイズを暴露されて、それで責任を取ってもらおうとしたとき、私には部長が冗談を含んで話しているようには思えなかった。一颯くんが後に冗談だったと誤解を解きにきたが、あれは演技ではないと直感が働いたのだ。一颯くんは本当に冗談だと思っているけど、こうして本人の口から聞いてしまえば、胸がきゅうっと狭まるのを感じた。
『あなたは一颯に気持ちは伝えないのかしら?』
「私が、告白しても、……私を受け入れてはくれませんから」
『そうね、この状況下で一颯はあなたを受け入れることはないわね。だから、わたくしはその隙に付け入ることにしたのよ』
どうして? と聞こうとして、口を閉ざす。そんなの分かりきっていたから、私が何もできないから。
一颯くんの気持ちを掴んでいるようで空を切る私の手は、いつかは実体のない愛すらもすり抜けてしまう。部長に対抗する術はないんだって、気付いてしまった。
『でもね、心春? 一颯は必ず心春を選ぶわ。最後は絶対に、わたくしがあの手この手で一颯を篭絡しようとしても、一颯がわたくしの唇を奪いに来る日は来ないわね』
「え? ……なんで、ですか?」
私と一颯くんとの間にはいくらでも付け入る隙はある。そこを狙うと宣言までして先に敗北することを伝えてくるなんて、どういうこと?
『一颯はわたくしと心春にとっての王子様よ。いつか姫を囚われの城から連れ出してくれる王子様。姫はわたくし……、だったらよかったのだけど、一颯にとっての姫は心春、あなたなのよ』
「私が……、お姫様?」
『そうよ、あなたがお姫様なの。わたくしは姫と王子を邪魔する悪役令嬢あたりかしら? でも、王子様が悪役令嬢に靡かない可能性はゼロじゃないわ』
一颯くんはいつも私の傍にいてくれるから、そんな一颯くんのことを私に正面から挑戦状を叩きつけるように思いを伝える人なんているはずがなかった。
一颯くんは昔からそれなりにモテていた。一颯くんと同じクラスの女の子が、一颯くんに告白しているのを目撃したことなんて一度や二度ではない。乱入して台無しにするなんて無粋なことはしなかったけど、本当はそれくらいしてやりたいほど胸の奥がもやもやしていた。
一颯くんに嘘を吐かれたら不貞腐れて一日寝込んだ時もあれば、トイレと食事以外ずっと引っ付いてお風呂まで一緒に過ごした日も昔はあった。もちろん今は一緒に入ったりはしないが、一緒の布団で一颯くんの温もりに包まれながら眠りに就きたい日は今でもたまにある。
『――だから、わたくしに出来ることは限られてるわ、……それは王子様にお姫様の魅力をこれ以上に伝わらせないようにすることよ。“時間はあるわ”、わたくしは最後まで諦めるつもりはなくってよ』
時間はある……、そうか、部長は知るはずのない別の自分を信じているからこんなことが言えるのか。生まれた時から同じ時間を共に過ごしてきた私に、時間で勝負を挑んできた部長にふつふつと闘志が湧いてきた。これからの時間で勝負する部長と、これまでの時間で燻ってきた私、どちらが先を見据えているかは比べるまでもなく明白。
私は私なりにノベルゲームや恋愛小説のことを調べてみたが、幼馴染は恋愛で恋のライバルには勝てないなんて決まりか何かがあるらしい。
――それがどうした!
「……部長、いえ、花恋さん! 今からあなたは私のライバルです! 一颯くんが私のことを思ってくれているのなら、その気持ちを奪わせたりはしません! 花恋さんが私たちの隙間に割り込んで来ようとするのなら、私は花恋さんを押しつぶす勢いでその隙間を埋めてみせます」
『急に強気になったわね。……いいわ、恋は障害が多いほど燃えるというもの。それと先の言葉は撤回するわ、絶対に心春を選ぶなんて嘘、そう言えば少しは油断してくれると思ったからよ。……ふふ、どう? わたくしがどういう女なのか、とっくに気付いているのでしょう?』
「はい、でも、恐ろしいほど自然体の演技で一颯くんを騙せたとしても、私の目は誤魔化せません。元から自然な言動しかしていない私の方が絶対ふり向いてくれる自信があります。一颯くんはそういう女の子が好きなんです」
『ふふ、うふふ、……ええ、それでこそわたくしが選んだ子よ、演劇部にはこれくらい威勢のいい子が主役を務めるもの。……ああ、心春には伝えていなかったかしら? 秋の文化祭、わたくしたち三年が引退する最後の舞台には心春と一颯が主役で舞台に立つことが確定しているの』
「え? なんで私たちが……?」
『詳しくは一颯に聞きなさい。……あら? ちょうどその一颯からメールが来たわ、……そういうわけで通話はこれくらいにいたしましょう。……おやすみなさい、心春』
「はい、いろいろ気になりますが、おやすみなさい。演劇部にはちゃんと裏方の手伝いで顔を出します」
恋のライバルとはいえ、演劇部としては尊敬する部長であり、私はその後輩。だから尊敬する先輩にはちゃんとした挨拶を、それが後輩としての礼儀。
通話が切れて、充電器を携帯に差し込めば時計の針はとっくにいつもの就寝時間を過ぎていた。慌てて日記帳を開く。今日もかなり濃い一日となった。
私は所詮、“このルート”の心春でしかない。一颯くんが求めるのはこの私じゃないかもしれない。もしかしたら私ですらないかもしれない。
……だからこそ負けられない。今日の日記には燃えている闘志で殴るようにペンを走らせた。
この闘志が邪魔をして、布団に入ってもしばらく寝付けず、翌日に寝不足だったのは言うまでもない。




