32唯人の部屋事情
この日の夜、花恋さんに負けた悔しさに心春とゲームの特訓していると、なんとなくで携帯と呼んでいる俺のスマートフォンが着信を音で知らせた。
ゲームを中断し携帯に手を伸ばして画面をのぞき込むと、そこには唯人の名前が表示されている。
転校してきた日にはすでに番号交換していたが、向こうには話せる相手はいくらでもいるし、なんなら聖羅と通話することも多いと聞いた。だから電話をしてまで俺に何か話があることが珍しかった。
「心春、唯人からだ、悪いがしばらく待っていてくれ」
「うん、分かった。ちょっとリビングでお水飲んでくるからゆっくり話してていいよ」
気を利かせて席を外してくれた心春にお礼を言って通話ボタンを押す。
「もしもし、唯人が電話をかけてくるなんて珍しいな」
『はろーぐっない! みんなのギャルアイドル聖羅ちゃんだよー』
唯人の携帯から聖羅の声がしてきた。というより聖羅と名乗った。後ろから唯人の声は聞こえないからどこか出かけているのか?
『唯人はただいまトイレに籠って格闘中だからしばらく暇なのさあ、あたしの携帯からじゃ通話料かかっちゃうから唯人の借りた』
「おい、それちゃんと唯人に許可取ったか? 金かかるんだったらちょっとした問題だぞ」
『唯人のは通話料無料だから、これから一颯にかけるときはこっちからかけるかもだからよろしく』
聖羅の声が聞こえていたのか後ろの方から唯人が弱々しい声で聖羅に文句を言っていた。内容までは聞き取れないが雰囲気からしてやっぱり聖羅の勝手な行動らしい。
それにしても聖羅はまた男子寮にいびりたっているようで、唯人もそれを普通に受け入れているみたいだ。
『そうだ、一颯さ、藍色のローブを羽織った怪しげな女の子を寮の敷地内で見かけたんだけどさ、演劇部か何かでイベントやってたりする? 顔は見えなかったけど寮にいたってことはうちの生徒だと思うんだけど』
「いや、演劇部でそんなイベントとかはやってないよ。他に特徴はあったか?」
『ええと、特徴って程じゃないけど、たしか、上は白のブラウスだったと思う、ミニスカートに革のブーツだったかな? ローブが目立ちすぎてそれくらいしか覚えてないや。あ、それとちんまいかった』
「……やっぱり覚えがないな、俺には誰か分からない、悪いな」
花恋さんはさっそく仕掛けてくれたみたいだ。聖羅は男子寮の玄関前で唯人と合流し、そのまま唯人の部屋に行こうとしたときに変装した花恋さんを見かけた流れだろう、花恋さんには後でお礼を伝えておかないと。
『明日の放課後って時間ある? 唯人の部屋を片付けてあげたいんだけどさ、こいつ物が多くて全然進まないのよ。今日誘えばよかったんだけど、あたしが遊びに行っていたからね』
「明日なら問題ないよ、唯人の部屋には一度行ってみたかったからな、楽しみにしてるぜ」
心春は来たいようなら連れて行けばいいか。前も俺と聖羅が唯人の部屋の段ボールを片付けた覚えがあるのだが、転校してからしばらく経つというのに片付けが苦手な唯人の部屋は段ボールがほとんど未開封のままだ。あのときはどうやって掃除したっけか? 聖羅は料理は得意だけど片付けの面では唯人とそんなに変わらなかったはず。俺が徹底して掃除と片付けをした覚えがないということは、やっぱり心春がやったっけ?
「なあ、聖羅、唯人の部屋って聖羅以外に立ち入っている奴っているのか?」
『ん? おお! そういえば昨日、噂の一年生のハーフの女の子が部屋にいたよ。唯人にどういう関係なのか教えて貰おうと思ったら恥ずかしがって何も教えてくれないの、つまんないよね?』
なるほど、唯人の部屋の状態は三好さんが把握しているわけか。俺の気付かないところで唯人の世話をしていたのかもしれないな。
それにしても三好さんは行動力があるな、恋愛が不利なことを嘆かずに積極的に攻めている。他ヒロインと違って好感度が高いからサラルートでは比較的楽が出来そうだ。
聖羅も唯人の近くにいるからきっかけさえあればルートに入りやすい部類だ。問題は小鳥遊先輩と月宮さんの二人。
小鳥遊さんは俺の手が届かない立ち位置で唯人のサポートしかできない。月宮さんは心春が援護してくれるがグランドルートのヒロインにしたせいで少しばかりシナリオの変更があった。誰にせよ柔軟な対応力が求められる。この長い戦いに根気よく付き合っていかなければ、ある程度は修正が働くとはいえ、いつぼろが出てもおかしくない。
『――おーい、一颯、話聞いてる?』
「あ、ごめん、ちょっと聞いてなかった。なんだっけ?」
『いやね、今日の唯人ったら面白いのなんの、夕食でさ、超大盛定食にチャレンジして成功したはいいもののそれから動けなくてずっとトイレに籠りっぱなしなのよ、かれこれ一時間は垂れ流してる』
唯人は体格がいいし柔道をやっていただけあって食事はいつも大盛り、ただしお腹が弱くて食べ過ぎると動けなくなるから胃腸薬は常備していたはず。そもそも寮の食堂にある超大盛定食って、昔、大食い芸能人が何かの番組で時間制限チャレンジに挑戦してギリギリ成功したやばいやつじゃなかったっけ?
唯人が前にこんなことにチャレンジしたなんて聞かなかったから、俺のいない所で選択肢が発生していたのかもしれない。その選択肢によって大食いにチャレンジしたのかな。
「あいかわらずそっちは楽しそうだな、俺もそっちでバカ騒ぎの一つでもしてみたいものだ」
『あんたには心春がいるからいいでしょ、それにあたしらのことを馬鹿みたいにいうな』
「一応、学生証があれば出入りは出来たよな? 食堂も利用できたし、今度泊りで遊びに行こうかな」
『そういうことならいつでもウェルカムよ、まあ、……寝る場所は頑張って確保してね』
床は見えないほどに散らかってなければ何とでもなるだろう。夏だし、タオルケットが一枚あれば一日泊まるくらいどうってことない。
『そろそろ消灯だからあたしは帰ろっかな、話し相手になってくれてありがとね』
「そっちのことが知れて楽しかったよ。また暇なときにでも電話してこい。あ、唯人の携帯を借りる時はちゃんと許可取れよ」
『あいあい、分かってますって、じゃあね、おやすみ』
ぷつっと切れた通話画面をしばらく眺め、明日は唯人の大食い話を聞かされるんだろうなと思いつつ電源をスリープモードにした。
時計を見ればそれなりにいい時間で、もう一度心春とゲームをするにはちょっと物足りない。
遅かったせいで部屋に戻っていた心春の部屋からは話し声が聞こえ、誰かと通話しているのだろうと、俺は水を飲みに階段を下りる。
「あ、忘れないうちに花恋さんにお礼のメールをしておこう。まだ起きてるだろ」
部屋に戻ってメールを送り、携帯を部屋の布団に放り投げてからリビングに向かった。




