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後日談 ~ ユグドリア ~

ふと目が覚めた。

ルベルの目に入るものは闇ばかりで、まだ真夜中なのだと気がつく。

窓の外から聞こえるかすかな虫の声と、小さな寝息だけが、部屋の空気を揺らしている。

しばらくすると暗さに慣れた目に、穏やかな寝顔が映った。

一緒に暮らし始めたばかりのマツリカの顔が。




※※※




ユグドリアに戻ったルベルとマツリカは王宮の特別室に案内された。

マツリカの自室と続き部屋のその部屋で、魔法の練習に明け暮れたことが少し懐かしい。

しばらくするとアウルムとプラータがやってきた。

喜んで駆け寄ろうとするマツリカを手で制したアウルムは、プラータとともにマツリカに向けて最上級の礼を取った。


「ユグドリア王国を代表して、厚く御礼申し上げます」


「誠にありがとうございました」


「や、やだ、ふたりとも」


「これはこの国の人間としてのけじめだ。君は嫌がるだろうが受けてくれ」


 慌てるマツリカに顔をあげたアウルムは意地の悪い笑顔を向けた。


「殿下、そのくらいで…」


 困り果てるマツリカに助け舟を出すルベルに向けてもっと意地の悪い顔をした。


「ルベル、私が出した命令の完了報告には一生かけろよ」


 その言葉がどういう意味かわからないほどルベルは愚かではなかった。むしろ当然という顔をしてアウルムに相対し、胸を張って宣言した。


「はい。この生をかけて殿下の命を果たしていくことを誓います」




※※※




 もう聖女ではないからと、王宮にとどまることを固辞するマツリカを連れてルベルは自宅へ戻った。

 旅の間と同じように長椅子にふたり並んで座る。

 ようやくふたりだけになり、ルベルはずっと言えなかったことを口にした。


「お前が『帰らない』って言ってくれたらいいとずっと思っていた。思ってただけで何も言えなかった臆病者で、知らなかったなんてただの言い訳だ」


「そうじゃない、あのときはわたしが聞きたくなかったからわざと『帰りたい』って言ったの」


「わかってる。だからもういいんだ。ただ俺がお前に伝えたいんだ」


「ルベル…」


「そばにいてほしい。それだけで俺は倖せなんだよ」


 緑色の瞳に浮かぶ光には少しの嘘も感じられなくて、マツリカは零れ落ちそうな涙をこらえるように何度も瞬いた。


「うん、わたしも今は何の力もないけどルベルのそばにいたい」


 抑えきれない想いのまま彼女の頭を引き寄せ、唇を重ねる。


「んっ、ルベ…ル…」


「愛してる。どこの世界の、誰よりも、お前を愛している」


 唇が触れるほどの距離でささやくと、マツリカはきつくルベルを抱きしめて応えた。


「わたしもルベルのことが誰よりも何よりも好き。だから…」




『いちばんさいしょにいちばんちかくにきて』




 翌朝、『体がいろいろ痛い』と泣き笑いの顔をするマツリカを一生守りたいと願った。




※※※




 そうしてルベルはマツリカの『家族』になった。親の代わりではない新しい家族に。

 目の前のマツリカは、穏やかで安らかな寝顔をしていた。そのことに少しホッとする。




 以前、同じように真夜中に目が覚めたことがあり、そのときは寝言のせいだった。


「かあさん……」


 大きい声ではないが、気がついて良かったと思った。

 マツリカがとても寂しそうな顔をしていたから。


 求めるものをマツリカから奪ったのは自分で、それは一生背負っていかねばならないことだ。

 だから奪ってしまった分もそれ以上のものもを彼女に与えたかった。


 腕を伸ばして彼女をそっと胸に抱きしめる。

 眠りの深い彼女は目覚めないけれど、それでも耳元に口を寄せる。


「そばにいるよ。俺がここにいる。ひとりじゃない」


 繰り返し小さくささやいた。夢の中ででも寂しさや悲しさに捕らわれないように。

 ひとりじゃないのだと、そばにいるのだと、安心してほしくて。

 触れ合った体から、少しでも伝わるように、いつまでも抱きしめていた。


 旅をしているとき、「怖い夢を見た」と起き出したときがあった。

 そのときと違いマツリカをひとりにしないでいられるようになって、それだけでも確かに嬉しかった。





 少し身を起こして、すやすやと眠るマツリカの頭に手を伸ばす。細い首に腕を通して、彼女を抱えるように腕枕をした。その間も途切れない穏やかな寝息が、胸に倖せを運ぶ。

 ルベルの腕に触れるマツリカの耳には赤いピアスの代わりの緑色のピアスがついていた。



 前髪をさらりとかきあげて、額に軽く唇を落す。


「おやすみ。いい夢を」


 ささやいた言葉。

 まるで聞こえていたように、マツリカの寝顔は微笑んでいた。









 楽しい夜も、倖せな夜も


 寂しい夜も、悲しい夜も


 どんな夜が訪れても、ふたりでいれば大丈夫だから


 彼女の眠りを守るのが、いつまでも自分であるように――


最後までお読みいただきありがとうございました。


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