決意
『番』から強い拒絶の言葉を聞いたミーニャは家に帰り、そのまま倒れてしまった。
娘の成人を祝うために準備をしていた両親は突然、倒れた娘の介抱に追われることになった。
数日間高熱にうなされたミーニャは体調が回復するまで一月以上かかってしまった。
健康が取り柄とまで言われるほど風邪一つ引いたことのない娘の異変に何も聞かずにいられるはずもなく、体調が回復した頃を見計らってミーニャに何があったのか尋ねた。
心配そうな両親に対して貼り付けたような笑みを浮かべて、大丈夫だと、心配をかけたことを詫びた。
その痛々しい笑みに両親はそれ以上、何も言っては来なかった。
体調が戻って三ヶ月後、ミーニャは突然両親に引っ越しをする旨を伝えた。
「前々から、モレアの町で働く話しがあるって言ってたでしょう?あれを受けることにしたの」
元々友人の一人の家が大きな服飾店を経営しており、ミレアの町に今年支店を出す予定だった。
その友人からミーニャも針子として働かないかと誘われていたのだ。
「ミレアは遠いわ。王都から馬車を乗り継いでも3日はかかるじゃない。針子なら王都でも就職先はいくらでもあるわ」
両親は最初、可愛い娘が遠くの町に一人で行くことに難色を示した。しかし、ミーニャの強い決心に結局は毎週手紙を書くことと半年に一度は帰省することを条件付きでミレアに行くことを許可した。
ミレアに旅立つ前日、ミーニャは『王立衛士士官学校』のほど近くである人物を待ち構えていた。
「あれ?この間の子じゃないか?まだ、ローウェルの追っかけしてるの?」
後ろから急に声をかけられて、ミーニャはビクリと身体を震わせた。
勢いよく振り返ると、そこには少し癖のある赤毛と彼と同じ黄金色の瞳を悪戯っぽく細めた目的の人物が立っていた。
「ち、違います。今日は貴方に会いに来ました」
ギュッとスカートを握りしめて、ミーニャは目の前にいる背の高い男をまっすぐ見つめた。
「え?俺?・・・ちょっと待って俺に鞍替えしたの?君って大人しそうな見た目なのに意外だなぁ」
何やら勘違いしてるようなので慌ててミーニャは訂正した。
「違います!こ、これを・・・あの人に渡してください」
ミーニャは懐からハンカチを取り出して、目の前の男に突き出した。
それを見た男はなにやら納得したように、なるほどと頷いた。
「ローウェルにプレゼント?そういうのは自分で直接渡さないとダメでしょ」
「プレゼントじゃないです。これは、そのあの人・・・ローウェルさんのものです。落とされたみたいだったので届けに来ました。でも、私のことローウェルさんは、き、嫌いでしょう。だから、貴方から渡して頂ければと思って。もし、ローウェルさんのもので無ければ捨てるなり燃やすなりして頂いていいですから」
ーー嫌い
それを自分から言った途端また涙が溢れそうになる。さすがに目の前の男には不審に映るだろと思い、必死で涙を堪えた。
「ふーん、まあいいけど」
目の前の男は怪訝な顔をしたが一応は受け取って貰えた。
それから、とミーニャは続けた。
「ローウェルさんにお伝えください。『番』だと思ったのは勘違いでした。もう二度とご迷惑はおかけしません。すみませんでした、と」
それだけ言うとミーニャは逃げるように走り出した。
もう涙を堪えるのは限界だった。
後ろから赤毛の男の声がしたがミーニャの耳には届くことはなかった。