拒絶
一人残されたミーニャに成り行きを見守っていた人々はコソコソと何事かを囁き合っていた。
しかし、『番』に拒絶されるという前代未聞の事態にミーニャは呆然とするばかりで、周囲の囁きさえも耳に入らない。
どうして、その言葉ばかりが脳内を反芻する。
相手は十八前だから『番』がわからなかったのは理解出来る。
しかし、普通このような場合は『番』だと告げられると、連絡先を交換した上で、最低限の交流をはかりながら相手が十八になるのを待つものだ。
そして双方が『番』だと認識したら、婚姻に至る。
ミーニャはそう親に言い聞かされて育ってきた。
『番』に拒絶された場合にどうしたらいいのか、など聞いたことがない。
だから、ミーニャはその場で立ち尽くすしかなかった。
野次馬達も去った頃、ミーニャは地面に落ちたハンカチに目を止めた。
彼が身につけていたおかげか、匂いで『番』のハンカチだとわかる。
気づくとハンカチを握りしめて駆け出していた。
獣人は『番』をとても大切にする。時には命をかけて守る。
『番』が困っているかもしれない、その思いがミーニャを支配し、今しがた拒絶された痛みなど忘れて彼の元へ走らせる。
犬獣人や狼獣人などの特に鼻の効く獣人でもない限り、離れた場所にいる人物の匂いを辿ることなど出来ない。
しかし、『番』の匂いなら多少離れていても辿ることが可能だ。
それは鼠獣人であるミーニャも同様だった。
しばらく走ると彼らの姿を見つけることが出来た。
ミーニャの『番』はその容貌の秀麗さで一際目立つ。
すでに匂いを辿らなくても、遠目から彼を確認出来るところまで近づいた。
そこで、ミーニャはハッと我に返った。ハンカチを渡さなくては行けないが、きっと彼はミーニャを見てまた嫌な顔をするだろう。
それに気づいた時、胸は幾重にも刃物に刺し貫かれた様に痛み、思わず涙が溢れてくる。
手の甲でゴシゴシと擦るが、後から後から涙は溢れ出してくる。
(落ち着くのよミーニャ。今は彼にハンカチを渡さないと)
そう思い直して、ミーニャは真っ直ぐ前を見据えた。
もう涙は止まっている。行かなくては、とミーニャは歩をすすめた。
『番』の彼はある建物に吸い込まれるように入って行った。
遅れてミーニャも建物の前に辿り着いた。
『国立衛士士官学校』
看板にはデカデカとその名前が刻まれている。
国立衛士士官学校と言えば国中の選ばれた成人前の肉食獣人と一部の草食獣人しか入れないという名門中名門校だ。
当然、ただの鼠獣人に過ぎないミーニャには入ることは出来ない。
少し迷ってミーニャは壁沿いを目を凝らしてしばらく眺めた。
(あった!)
人はとても通ることが出来ないような小さな穴が空いている。いくら小柄なミーニャでもさすがに通ることは出来ない。
しかし、ミーニャは鼠獣人だ。小さな鼠にならば余裕で通ることが可能な大きさだ。
周囲を見回して誰もいないことを確認するとミーニャは鼠の姿に変化した。
そして、素早く穴を通過する。
穴を通ってすぐに強烈な『番』の匂いがする。それもそのはずだ。彼はすぐ目の前の椅子で先程隣にいた男と一緒に寛いでいるのだから。
慌てて、ミーニャは茂みに隠れた。
するとすぐに二人の話し声が聞こえてきた。
「さっきの子、地味で小さかったけどよくよく見ると結構可愛かったよな。勿体なかったんじゃないか?」
自分の話だとすぐにミーニャにはわかった。
鼠の姿のまま全身をブルっと震えさせた。
「またその話か」
面倒そうに『番』がため息をついた。
「いつも言っているだろう。僕はああいう女は大嫌いだ。『番』だなんて虫唾が走る」
続けられた言葉にミーニャは大きく目を見開いた。
信じられない。
信じたくない。
『番』がミーニャを大嫌いだと言った?まさかそんなはずはない。
ミーニャは自分の耳を疑った。
しかし、彼は確かに言ったのだ。
ーー大嫌い、だと。
先程引き止めた時とは明らかに違う激しい拒絶に、気づけばミーニャは鼠の姿のまま通ってきた穴をくぐり抜け、逃げるようにその場を後にしていた。




