番
彼は私の『番』だ!
すれ違った瞬間、ミーニャにははっきりとわかった。
鼠獣人のミーニャは今日で十八になった。獣人は十八になると自分の『番』を識別できるようになる。
今日の夜親族で行う成人式の後、『番探し』という名の婚活を行う予定であったがその前に出会えるとは思ってもみなかった。
通常数年はかかると言われる『番探し』を行わなくていいのは非常に幸運なことだ。
思わず、「あの・・・」と服の裾を掴んで呼び止めていた。
振り返った『番』を見てミーニャはその容貌の美しさにハッと息を呑んだ。
闇よりも深い漆黒の髪は短く切りそろえられ、黄金色の瞳は麦の稲穂を思わせる。背はかなり高く、程よく筋肉のついた体つきは均整がとれている。
こんな素敵な人が私の『番』。その事実にミーニャの胸の鼓動は早くなった。
「何?」
『番』は怪訝な様子でミーニャに問いかけた。
惚けていたミーニャも『番』の問いかけで我に返った。
「私、あの、つ、番です!貴方の番なんです」
少し吃ってしまったが、ミーニャは『番』であることを告げる事が出来た。
相手も十八を越えていればミーニャが『番』であると即座に認識出来るが、ミーニャに対する態度からまだ十八前なのだろうことがわかる。
最初はポカンとした様子だった『番』は周囲を見回すとため息を吐いた。
「またか」
またか、彼は今そう言った?
ミーニャは想像していた反応と違うことに戸惑った。
普通、獣人というのは『番』が見つかると歓喜するものだ。何しろ、異性として愛する事が出来る生涯唯一の相手だからだ。子どもも『番』でないと産まれることはない。
それなのに彼の反応はまるで違っている。
「『番』だって言ってくるのは今月三人目だったよな?モテる男も苦労するな」
彼の隣にいた男性が彼の肩に手を置いて、やれやれと言った雰囲気で言った。
「こんな人通りの多い場所で言われたのは初めてだけどな」
迷惑そうに彼がブツブツと呟いた。
彼の言う通り、ここは王都の大通りで人の行き来も激しい。
いつの間にか彼らとミーニャを周囲の人々が足を止めて成り行きを見守っていた。
それに気づいてしまうと急に気恥ずかしくなって、ミーニャの頬には朱がさした。
それにしても、気になるのは彼の隣にいる男性の言葉だ。
『三人目』と彼は言った。
そんなはずはない。『番』とは必ず一対一で、一人に対し複数の『番』がいることはない。
いったいどう言うことだろうか。
考えを巡らせると、頬にさした朱が一気にひいていった。
「君の遊びに付き合う気はない。だから、こんなことはもうやめて欲しい」
遊び、と彼は言った。そんなこと断じてない。遊びで『番』などと告げるわけがない。
ミーニャは慌てて首を振る。
「違います。本当に『番』なんです」
その言葉に彼は益々迷惑そうに顔を歪めた。
「いい加減にしてくれ。本当に迷惑なんだ」
彼は服の裾を掴んでいたミーニャの手を振り払うと隣の男性に目配せをして、去っていった。
一人残されたミーニャを振り返ることもなく。