時代を動かす波
クロムベルト、最南端に進軍された兵士たち。
自国は戦時中、
そして攻めてきたと聞かされての進軍、
つまりは戦闘しに向かっているのだ。
その認識は全員持っており、
楽観的な気持ちな者は1人もおらず、
真剣であり、かつ悲壮的な表情である。
誰だって戦うのは嫌だ、
痛いのも嫌だし、死ぬのも嫌である。
それでも戦うのは自分が兵士であり、
それが役目だからだ。
誰かがやらなければならないことを、
彼らはやっている。
いわば、盤上の駒。
それも真っ先に死ぬような、雑兵。
この大部隊の隊長とて、
いいところ、使い捨てが効きにくい駒。
その程度の認識であろう。
盤上のキングなどには、到底は及ばないものだ。
「……おかしいな、そろそろ国境間際だぞ」
だが、それでも有能なのには変わりはない。
国境間際、戦闘や進軍する敵の軍は見えはしない。
情報では、すでに進軍を行っており、付近の村が襲われている。
そのはずなのに、狼煙といった煙も立っていない。
それの不自然さに兵士たちも気づいていき、
部隊は浮足立ってしまう。
「隊長、報告です、先導した情報の隊より、敵はこの先の山で待ち構えていると!」
隊長に一報が入る。
どうやら、国防のために待ち構えている。
それはおかしいことだ。
こちらは守るため、向こうも守るために軍を派遣した。
それはおかしい。
どちらかは攻めていなければならない。
それほどの大軍をお互いに動かしているのだ。
ならば、この状況はどういうことなのか。
「はっ、そうか、今すぐに都に引き返すぞ!」
その理由に隊長はすぐに目の辺りをつける。
「な、なぜですか! ここまで、進軍してきたのに!」
「馬鹿もの! 王が……国が危ないのだ!」
陽動。
この情報を流したものはクロムベルトを後ろから襲うつもりだ。
それが、4大国の内の誰か、もしくはソーマかは分からない。
ただ、分かるのは今、都は最低限の守りだけ、
そうして、誰かがそうしたい意図があった。
ならば、狙われるのは都だと、
整理してしまえば、簡単な事であった。
一方、クロムベルトでは静かな夜を迎えている。
都はすでに戦争ムードで、
魔王を倒した時ほどに、楽しい雰囲気ではない。
といっても、荒れているわけはなく、静かなだけだ。
夜な夜な、不安になって飲み明かしている者もいる。
ただ、陽気なムードはなくなったというだけだ。
そして、民だけではなく王も不安げになっていたのだ。
急遽建設された、空間。
真四角だけの大きい仮設の家。
王はそこで2人の兵士と共に過ごしていた。
すでに豪華な家具などは運ばれており、
内装は王が住むに相応しいものとなっている。
中央には祈りの祭壇が設けられており、
それを中心に神官たちが、外で結界をつくっていた。
誰も中に入ることは出来ない、
まさにここは陸の孤島。
飛んでも、掘っても、入ることが出来ない空間だ。
いくらソーマでもここまでは来れない。
そう思いながらも、不安を抱いていた。
「……考えすぎか」
だがいくら何でも考えすぎ、
そう結論付ける。
だが、それは間違いだったということを理解することになる。
王の思う通り、不安は的中した。
祈りの祭壇から発せられる光、
それは突然と発光した。
発光と同時に兵士たちは剣を構えて、
王の目の前に立つ。
突然の出来事、
勿論、なにがあってもいいように盾となったのだ。
しばらく、輝いてその中から出てくるのは、
白い髪と赤い目、
そして、剣を持った、青年。
忘れるはずもない、
彼がここでおこなった狂乱、
世界にもたらした狂気、
王はそれらを思い出す。
その正体は裏切りの勇者であると。
「焼け跡に出るかと思ったら、いつのまにここは王の部屋に変わったんだ?」
ソーマの第一声はそれだ。
いつのまにか贅沢品が備えられている、王の私室。
神殿の焼け跡かと思ったら、そんな所に出てきたから、少し驚いてもいた。
だが、都合がいいとも思う。
とりあえずの狙いは王の首、
それから国に攻撃をかけようと思っていたからだ。
「ええい、あれを殺せ!」
王も何が起こっているのかは分かっていない、
だが、目の前に宿敵が存在して、
2人の兵士を抱えている。
ならば、命令する。
眼の前の男を排除しろと、無茶な命令をするのだ。
だが、彼らも逆らうわけにはいかない。
それが、無理でも、無茶でも、
やらなければ罰せられるのは自分たちである。
たとえ、命を捨ててでも逆らってはいけない。
彼らの体にはそう教え込まれていた。
そしてソーマにとっては、彼らは障害にもなりはしない。
突進してくる彼らに、剣を2振り、
1振り1殺、すれ違いざまに容易く命を奪う。
兵士の死体に一瞥もせずに、王に向き直る。
だが、それより気になるのは周りの様子であった。
「結界が張られている、罠というのはあながち間違いではないかもな」
その強固な結界、
破るのは今のソーマには出来ないレベルの硬さである。
リリーは本気で時間をかければ、ソーマの一撃も防げるといった。
あながちそれは間違いではないと、
神殿の跡地のこの結界を見て、ソーマは思った。
「くっ、なぜ貴様がここに……」
「それはこっちのセリフだ、王城にいれば寿命は伸びただろうに」
ソーマは使えなくなった羽毛を見せて、地面に捨てる。
ひらひらと地面に落ちていく羽毛。
それこそが奇襲するために重要なものであった。
だが、王はそれが何か分からず、
首をかしげたままだ。
「どちらにせよ貴様が死ぬには、変わりがない」
ここまで生かしてきた、王も用済みだ。
世界は再び戦いの渦に巻き込まれて、
混沌の時代を突き進んでいる。
破壊の先に残っているのは、
再生かそれとも無か、
それは誰にも分からない。
だが、今を生きるこの時代の盤上、
それにオーランドはもはや不要になったのだ。