58話:休日
遠征編に入ってから戦闘回が増えたので、今回は休日という日常回です!
ほのぼのとした雰囲気で纏めたかったのですが、少しだけ不祥事が起きます。
〜人間界〜
フィリアの試合が全て終了した後、いつの間にか睡眠をとっていたリミアを叩き起し、それからは騎士団長の命令で兵士達の訓練に付き合った。
一人一人の実力は高くないが、俺に敗北したことや、同期メンバーの試合を見たことによって気合いだけは充分だ。
俺がさり気なく指導した事も聞き逃すことなく、短時間の訓練にも関わらず弱点を克服した者も居る。
人数的に俺だけでは相手しきれないため、半分以上の兵士への指導はグリルやエドワードなど同期メンバーに任せてあるのだが、そちらの方も順調な様だ。
この調子なら、普段の訓練でも兵士達が成長する効率は格段に上がるだろう。
それからは騎士団長が納得するまで訓練を継続し、すっかり疲労した様子のフィリアと、特に出番の無かったリミアの二人を連れて自室へと帰ってきた。
「ふぅ……疲れた。実力は低いけれど、無駄にやる気と根性はあったわね」
愚痴にも聞こえる呟きを口にして、早速ベットの上で横になるフィリア。
だが、彼女が疲れるのも当然だろう。
激しい連戦を終えた後で、大人数の兵士達に次々と手合わせを頼まれるのだから。
最後の試合で敗れるまでは圧倒的な実力を見せつけていた事が、逆に面倒事を呼んでしまったようだ。
「お疲れ様です。良ければ私が法医魔術をお掛けしますよ!」
フィリアの様子を見て、即座にリミアが気を配って申し出る。
無属性の魔法は時空、重力、念力などを操る魔法など非常に多種類だが、彼女はそれら全ての知識を網羅しているのだ。
「そう? じゃあお願いしようかしら」
「お任せ下さい!」
フィリアの承諾を聞き、リミアは嬉々として得意顔になりつつ詠唱を始める。
「《聖母の御手よ――慈愛と癒しの恩寵を》」
発動した魔法は、肉体や精神の疲労を大幅に軽減する上級魔法の"奮昂癒"のようだった。
彼女にとっては詠唱が無くても充分に効果を発揮するが、フィリアの為にも敢えて手間を掛けているのだろう。
「わぁ……凄いわ。まるで一日の疲れが全部吹き飛ぶ……みた……い……」
段々とリラックスした様子を見せるフィリアだが、あまりにも効果が高過ぎたのか、そのまま眠ってしまった。
既に寝息を立てているあたり、完全に熟睡しているのだろう。
「あれぇ? ちょっと強すぎましたかね?」
「……まあ問題ないだろ。特に今日は彼女が一番疲れている筈だから、ゆっくり眠ってもらった方がいい」
俺の方も兵士百人を相手に試合を行ったり訓練に付き合ったりと大変ではあったが、彼女に比べれば疲労は軽い方だ。
「でも、クロト様もお疲れでは?」
「そうだな。明日はやりたい事もあるし、早めに休むに越したことはないだろう」
そう、ついに明日は待ちに待った休日。
俺とフィリアにとって、自由に羽を伸ばせる貴重な一日なのだ。
本来は魔法学校と騎士団とで、それぞれ三日過ごした翌日が休日になるのだが、明日は祝日となるので今週に限っては騎士団の方で四連勤となっていた。
「たしか明日は、リミアも休みだったよな?」
「はい! というより、同じ部屋のお二人と休日が重なるように調整されてるみたいです!」
よほど休みが嬉しいのか、満面の笑みで語るリミア。
誰が決めたのかは知らないが、わざわざ個人に合わせて仕事を調整するなど、彼女に対してかなり気を利かせてくれているみたいだな。
「なら明日は三人で街を巡るとしよう。丁度いい息抜きになるかもしれないからな」
「良いですね! 是非行きましょう!」
適当に決めた予定だが、リミアは気に入ったらしく更に上機嫌になる。
「よし、なら今日はもう休むとしよう。俺も少し疲れたからな」
「了解しました!」
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翌朝。昨夜リミアに話したことをフィリアにも伝えて、俺は二人を連れて街の中東に広がる商店街へと足を運んだ。
広い通りの左右に煉瓦造りの建物が並んだこの街は、王城から一番近い商業地域となっている。
雑談や世間話を交わし合う人々の間を通り抜け、まず最初に足を運んだのは、とある服屋だ。
なせならリミアの服についてだが、ギルドから突然連れてきたばかりなので、実は着替え用の服が無いのである。
彼女には身体や衣類の汚れを浄化する魔法も使えるため、同じ服を毎日着たところで衛生面の問題は無い。
しかし、ある程度の種類の服は揃えておきたいという要望がリミアにはあるようだった。
「へぇ、なかなか綺麗な内装じゃない。気に入ったわ」
「おぉ……こうして店の前に来ると、なんだかワクワクしてきますね! さっそく入店しましょう!」
ガラス張りの壁から見える店内には幾つもの服が陳列されており、その光景を見てリミアは子供のように目を輝かせる。
先陣を切って入店したリミアに続き、俺とフィリアも同様に店内へと足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ! どのような服をお求めでしょうか?」
来客である俺達に気づき、店員の女性が礼儀正しく接客する。
以前ハイネと訪れた時の店員とは違い、肩まで真っ直ぐに伸びた水色の髪や適切に着こなされた服などの身だしなみは、清楚な人格を感じさせるものだった。
「そうだな……彼女に似合う普段着を探しに来たんだ」
リミアの方に顔を向けながら、俺は店員の質問に答える。
「なるほど、とても綺麗な方ですね! では試着室の方で服のサイズを測らせて頂きます。細かい要望などもそちらで伺いますので!」
「はーい! 了解です!」
店員が指差す店内の隅には、カーテンで簡易的に区切られた小さい個室のようなものが存在していた。
リミアは店員と共にその試着室へと入り、俺とフィリアの前から姿を隠す。
しかし、二人の会話だけは何の遮蔽もなく筒抜けに聞こえてくる。
「いやぁ、抜群のスタイルですねぇ……貴方のようなお客さんのコーディネートが出来るなんて光栄です!」
「えへへ、そう言われると照れますね」
「事実ですよ。では、さっそく測っていきますね!」
何気ない会話から仕事の話に入っていくあたり、こういった接客業には慣れているようだな。
因みにフィリアは暇なのか、今は店内の服を見物している。
「さてさて、外見だけでも豊満なそのバストは、測ってみると一体どの様な数値が……わぉ! 凄い! こんな値初めて見ました!」
「あぅ……あまり大声で言わないで下さい……」
近くに俺が居ることを気にしているのか、興奮する店員とは真逆に、リミアの恥ずかしそうな声が聞こえた。
……というか、俺は店の外に出ていた方が良いのでは?
さり気なく踵を返して、出入口の扉を開けようとした瞬間、フィリアが声をかける。
「ねぇクロト。アンタも少しは服に拘ったらどう? そんなラフな格好ばかりじゃあ、だらしなく見えるわよ。せめて上着だけでも工夫すれば?」
彼女が指差して非難する俺の服装は、黒を基調とした無地の半袖と長ズボン。
騎士団に入団した後、休日を利用して日用品などの買い出しに行った時、ついでに購入したものだ。
「そう言われても、この格好が動きやすくて楽だからなぁ……。それに俺は、服のセンスに自信がないんだ」
「じゃあ私が選んであげるから、アンタも気に入ったら購入するっていうのはどう?」
否定的な俺の言葉を聞いて、フィリアが更に提案を加えた。
別に俺はラフな服装のままでも構わないが、折角このような店に来て、フィリアが服選びを手伝ってくれるというのに断るのも勿体無いかもしれない。
「そうだな。じゃあお願いするよ」
俺が承諾すると、フィリアは満足げに笑って頷き、さっそく店内に陳列されている衣服の中から一枚の上着を持ってきた。
これから暑い季節となる事を見越してか、白を基調とした半袖で薄手のパーカーだ。
首元から下腹部までジッパーが付いており、容易に着脱できるようになっている。
「どうかしら? これを上に着るだけで少しは違ってくる筈よ」
「そうだな。取り敢えず着てみよう」
フィリアの手から服を受け取り、元々着ていた黒の半袖の上から着衣する。
その様子を、品物を見定めるような目でフィリアが審査していた。
「……うん、良いじゃない! それなら他の服とも合わせやすいし、手軽にお洒落できるわ!」
「そうか? なら買うとしよう。俺も中々に気に入ったからな」
正直に言えば、お洒落ではなく機能性の面から気に入った訳だが、彼女に伝えるべきではないだろう。
しかし、これでフィリアの気も晴れただろうと思った瞬間、彼女は満面の笑みで予想外の言葉を口にする。
「ええ! じゃあ他にも色々と候補があるから、全部持ってくるわね!」
「……え?」
気に入ったものを一つ買えば充分だと考えていたので、その一言は俺にとって意外なものだった。
所持金にはかなり余裕はあるが、これは案外と出費が嵩むかもしれないな……。
そしてフィリアが衣服の列に向かってゆくと、再び試着室での会話へと俺の意識が移る。
「さてさて、お次はヒップを……うぐっ!?」
「あっ! す、すみません! とある事情で、お尻触られるとつい手が出ちゃうんです!」
……何やら物騒な状況になっているようだが、店員は大丈夫だろうか?
まあ、流石に死んではいないだろうし、怪我でもしていればリミアが治癒できるだろうけれど。
それから俺はフィリアが持ってきた十数枚の服を試着し、その中から気に入ったものを絞って買うことにした。
リミアの方は、店員によって厳選された白の半袖と青のスカートを購入して着用している。
一応、街巡りに誘ったのは俺なので、彼女の服の代金も俺が支払っておいた。
本来であれば、夏の季節に合った清涼感のある清楚な服装のはずだが……そのスタイルのせいで、むしろ豊満な胸や細い腰などが強調されている様にも見えてしまう。
会計を済ませようとする俺達に、店員の女性は見事なまでに身についた営業スマイルで受け答えする。
「お買い上げありがとうごさいます! またのお越しをお待ちしております!」
丁寧に頭を下げる店員に、こちらも軽く会釈しながら店を出ていくのであった。
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次に足を運んだのは、魔法学校に入団する前にも訪れたセインガルド国立図書館だ。
特に服以外に購入が必要なものも無かったので、俺が気に入った場所を紹介するつもりで二人を連れてきたのである。
まあ、フィリアの方は長いこと近くの地域に住んでいるので、この国の施設については彼女の方が詳しいのだが。
「ここが図書館ですか……大きいですねぇ」
一般住宅が十軒は入るであろう広大な面積と、見上げるほどに高く聳える建造物の外観に、リミアは思わず感想を漏らす。
「当然よ。『この図書館に無い書物は、他の図書館でも絶対に見つからない』なんて言われるほどの書籍数を誇っているんだから」
何故か少しだけ得意げに、フィリアが説明を加える。
確かにあの内部には無数の本が存在しており、俺にとってはまさに知識の宝庫とも形容できる建物なのだ。
「百聞は一見に然ず、という訳だ。さっそく入るぞ」
今度は俺が最初に足を踏み入れ、二人を先導して中へと入っていく。
出入口付近は広いホールのような空間となっているが、その先からは無数に並べられた本棚が迷路を作っていた。
一応は本の種類ごとに纏まっている様だが、目的の一冊を探すのはかなり骨が折れるだろう。
「こんなに本が沢山……。管理する方も大変でしょうね」
半ば呆然とした表情で、あまりの書籍数に圧巻するリミア。
従業員の仕事を想像して心配するあたり、俺の側近として長年務めてきた彼女らしい台詞だ。
そう考えながら知識の宝庫へと足を踏み入れようとした時、本棚同士の間によって作られた隙間から、見知った一人の少女が姿を現す。
「……えっ? クロトさん!? フィリアちゃんも!?」
彼女はこちらの存在に気づくや否や、驚愕した表情となって戸惑った様子を見せる。
そう、分厚い書籍を重ねて両手に抱えている目の前の人物は黒髪紫眼の少女、ミキであった。
普段の休日は魔法学校の図書室で過ごすらしいが、今回は気分を変えてこちらの図書館に来たのだろうか。
「えっと……そちらのお姉さんは?」
そんな彼女はリミアの姿を見て、恐る恐るといった口調で誰何する。
魔法学校の生徒とは誰一人リミアを紹介していないので、知らないのも当然だろう。
「どうも初めまして! リミアと申します!」
少女の問いかけに、リミアが恭しく頭を下げながら答えた。
手馴れている丁寧な挨拶ぶりに、ミキは少々驚いた顔をしながらも言葉を返す。
「こ、こちらこそ初めまして! 魔法学校の生徒のミキといいますぅ!」
緊張からか少し上擦った声になりつつも、それなりに丁寧な挨拶だった。
声が裏返った恥ずかしさで紅くなった顔を、頭を下げて隠している。
「そ、その……いきなり聞くのも不躾かもしれませんが、クロトさんとの関係は?」
「秘密です!」
紅潮したままの顔で申し訳なさそうに訊ねるミキに対して、リミアは迷いのない即答だった。
「秘密……ですか。もしかして相当深い仲だったり……?」
ミキは少し苦い顔をしながら、誰にも聞こえないような小声で呟く。
俺は"聴覚強化"で聞き取っていたが。
「それで、今日は三人揃って読書ですか? やっぱり勤勉なんですねぇ」
「いや、今日は休日だから暇潰しに街を適当に巡っているんだ。特にリミアは俺と同様に入国したばかりだから、お勧めの場所としてこの図書館を紹介しようと思ってな」
どうやら俺達が図書館に来た目的を勉強の為だと思っている様なので、俺は誤解を解きながらこちらの事情を説明しておく。
「そうなんですか? 楽しそうですね! 私もご一緒して良いですか!?」
俺の言葉にミキは目を輝かせ、顔を近づけながら興味津々に訊ねる。
「ああ、構わないが……二人は?」
別に断る理由は俺には無いのだが、念のため二人の意見を聞いておく。
「大丈夫ですよ!」
「えぇ、三人より四人の方が良いわ」
やはり断る筈もなく、二人は快く賛成した。
「やったあ! では、先に本を返却してきますね!」
その返答を聞いたミキは嬉しそうに笑みを浮かべながら、早足に本棚の迷路へと駆けていった。
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メンバーにミキを加えた俺達はその後、当初の予定通り、街を適当に歩きながら洒落た飲食店や雑貨屋など様々な場所に足を運び、短い間だったが充実した一日を過ごした。
特に俺とフィリアの最近は戦闘ばかりなので、今日は貴重な羽休めだったと言えるだろう。
リミアやミキの方も終始楽しそうにしていたので、街巡りに誘った甲斐があるというものだ。
もう日も沈む頃なので、最後にミキを家の近くまで見送ってから解散にしようと考え、俺達はすっかり人通りも少なくなった夕暮れの街を歩いている。
「今日はとっても楽しかったです! また機会があれば誘って頂いても良いですか?」
「勿論だ。今度はもっと広い範囲を歩くとしよう」
「はい!」
表情を見る限り、ミキの感想はお世辞ではなく、本音で言っていると分かる。
唐突な誘いだったが、満足してくれたようで何よりだ。
他愛もない会話を交わしながら、すっかり人通りの少なくなった商店街を歩いていると、違和感のある光景が目に写る。
既に半分以上の店舗が営業時間外となったこの時間に、たった一人の少女が街を彷徨いているのだ。
「あら? あそこに居るのって……」
フィリアも気づいたらしく、目を凝らして見つめた後、その人物の正体を口にする。
「……マーリン先生?」
「えっ!?」
彼女の一言により、あまり注意を払っていなかったミキが驚愕した。
そう、夕焼けに染まった人気のない街を彷徨く少女とは、十四歳の小さな子供でありながら、魔法学校の教師を務める少女――マーリンであった。
そんな幼子が不用心に街をふらついているものだから、驚くのも無理はないだろう。
「あっ! 今、お店の中に入って行きましたよ?」
マーリンの行方をリミアが報告するが、それは俺もこの目でしっかりと見ていた。
彼女が入店したのは、未だ開店している数少ない建物の一つ。
それも、敢えて人目につかないように建てられているとしか思えない、小ぢんまりとした薬屋であった。
「薬屋? 具合でも悪いのかしら? それにしたって、何でわざわざ遅い時間に……」
フィリアの言葉は、俺達が胸に抱える疑問と全く同じものだろう。
しかし、もしかしたら急な風邪などで用事が出来たのかもしれないし、推測だけで理由を決定するには情報が少なすぎる。
「あまり気は進まないが、俺が様子を見てくるよ。こういう時に便利なスキルもあるからな」
「……そうですね。杞憂で済めばいいのですが……」
俺の提案を、ミキは弱々しく顔を俯かせながら肯定した。
マーリンの私生活を覗き見るような後ろめたさもあるが、それよりも彼女を心配する気持ちが勝ったのだろう。
フィリアとリミアの顔を見ても、反対する様子は無いようであった。
「ああ、何か情報を得られたらすぐに戻ってくるよ」
そう言い残して俺は"隠密"を発動させ、マーリンが入店している薬屋の方へと歩いていった。
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建物の前まで移動した俺は、出入口の扉近くで"聴力強化"を発動させながらマーリンの動向を窺う。
中の様子を見ると、マーリンは並ばれた商品に目を通すこともなく、店の薬剤師と思われる白髪の老婆の元へと迷いなく近づいた。
「いつもこんな時間に申し訳ないのです。今日もお薬を貰いにきたのです!」
マーリンの台詞から察するに、どうやら急な風邪かもしれないという俺の推測は間違いで、彼女はここの常連のようだ。
「こちらこそ、こんな時間にいつも来てもらって悪いねぇ。はい、お薬だよ」
老婆はあらかじめマーリンが来るのを予想して用意してあったかのように、即座にカウンターの下から薬の入った紙袋を手渡した。
まだ詳しい注文すらしていないのに求めている薬が分かるということは、マーリンは同じ薬をここで何度か注文したことがあるのだろう。
「知人に目撃されたら大変ですから。あ、これはお代なのです!」
手馴れた転移魔法で、どこからともなく小さな小袋を取り出し、薬と引き換えに老婆へと手渡すマーリン。
しかし俺はその様子よりも、『知人に目撃されたら大変』という発言の方が気になった。
ただ薬を買うだけなのに、見られたら不味い理由があるのだろうか?
まさか怪しい薬だということは無いだろうし、何かしらの病気だと心配されたくないのかもしれないな。
いや、下手な推測は避けるべきだろう。
情報も集まったし、代金を払ったということは、彼女はすぐに店を出ていくに違いない。
自分の存在を悟られない内に、退散するとしよう。
そう考え、俺は"隠密"を持続させたまま再びフィリア達の元へと早足に向かってゆく。
三人の元へ戻ってきた俺は、さっそく彼女達に収集した情報を伝えた。
会話の端々から窺える、マーリンが俺達に隠している秘密に、ミキとフィリアは不安げな表情をしている。
「私たちに隠している病気……そんなに深刻なのでしょうか?」
「本人は隠しておきたいのかもしれないけれど、なおさら放っておけないわね」
どうやら彼女達は、この事態を見過ごせないものだと捉えているようだ。
「リミアの法医魔術で治せないか?」
「うーん……もちろん容態にもよりますが、大抵は治せると思いますよ!」
「なら話は早いな。さっそく行動に移すとしよう」
一刻も早くマーリンを苦悩から救いたいという想いで、俺達は動き出すのであった。
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「マーリン先生!」
老婆と会話をしていたのだろう、予想以上に時間を掛けて薬屋から出てきたマーリンを、フィリアが呼び止めた。
「えっ、フィリアちゃん!? クロト君とミキちゃんも……。それで、そちらの方は……?」
唐突に現れた俺達の姿を見て、マーリンは明らかな動揺を示す。
「彼女はリミアといって、魔導師として騎士団で研究員を務めています。ですが今は細かい説明は省かせてもらいますよ」
「ま……魔導師なのですか? クロト君の人脈は凄いのですね……」
自分の知らない魔導師が目の前に居るという事実にマーリンは呆然としているが、それに構わずミキが心配そうに声を掛ける。
「先生! こんな時間に私達に隠れて薬屋に来るなんて、何か病気を患っているんですよね!?」
「えっと……大丈夫なのですよ。先生はちょっとしたアレルギー持ちなので、それを抑えるための薬を定期的に貰っているだけなのです」
ミキの表情を見て心配を掛けたくないと思ったのか、マーリンは柔和な笑みで答える。
だが、その笑顔は自然なものではなく、嘘をつくために作られた表情だと俺は見抜いていた。
「それは違いますね。それだけの理由なら生徒達に隠しておく意味も薄いですし、何より必要だと分かっていて昼間に買わないのも不思議な話です」
「うっ……隠していたのもバレていましたか……」
しまったと言わんばかりに目を逸らし、本音を口にするマーリン。
しかし、易々と事実を言う気も無いらしい。
「本当はどんな病気なんですか? 教えてください、先生!」
若干脅すような言い方で顔を近づけるフィリアだが、これでも彼女は心からマーリンを心配して言っているのだ。
流石に俺達が本気だと理解したのか、マーリンは観念した様子で口を開く。
「……実は、先生は偶に心臓発作を起こしてしまう病気にかかっているのです。定期的に薬を摂取していれば、発作が起こることは無いのですが……」
「嘘……そんな重篤な症状、どうして黙っていたんですか!」
予想以上に重大な言葉に、ついフィリアが責め立てるような口調で問い詰めてしまう。
「先生の性格から考えて、皆に心配を掛けたくないと思う筈だ。それに、生徒達に伝えたところで子供たちに出来ることは少ない。……教師として、生徒達に無力感を与えたくなかったんだろう」
「……流石はクロト君、正解なのですよ」
もちろん、マーリンの優しさを知っているフィリアやミキだって、そこまでの推測は出来るだろう。
しかし、だからこそ自分に何も出来ないと思われている事実が悔しいと感じるのだ。
「ミキちゃんとフィリアちゃんも、心配しなくて良いのです。お薬さえちゃんと飲めば、生活に支障は――っ!?」
二人を宥めるように語るマーリンだが、言葉の途中で突然、苦しそうな表情を浮かべる。
「うっ……! カハッ!」
そしてマーリンが行ったのは、咳……いや、それよりも痰を吐くような声だ。
それを聞いた俺達の不吉な予感は的中し、自らの口元を抑えていたマーリンの掌は、べっとりとした真っ赤な血で染まっていた。
「ひっ……!」
生々しい血を見るのに慣れていないミキは、青ざめた顔を引き攣らせて声を漏らす。
「ぜ、全然大丈夫じゃないでしょ! リミアさん、早く治療を……!」
「は、はい……! 少し失礼しますね!」
フィリアの一声でリミアは動き出し、マーリンの身体に触れて法医魔術に取り掛かる。
「……っ!? これは……物凄い高度な法医魔術なのです!」
自身の身体を包み込むリミアの膨大な魔力と質を感じて、マーリンは感心した様子を見せる。
だが驚いている間もなく治療は完了したようで、魔力は微細な粒子となって霧散してゆく。
「ふぅ、終わりましたよ。これで病気とはオサラバです!」
短時間に凄まじい集中力を発揮した彼女は、精神的な疲れを見せながらも、物事を成し遂げた清々しい笑顔で親指を立てる。
「おぉ!? 凄いのです! 一気に身体が楽になりました!」
今まで辛そうにしていたマーリンの表情も一変して、身体の快調を喜んでいた。
「よ……良かったです。凄いですね、リミアさんは」
「さすが、規格外の存在だものね」
あっけない解決だったが、無事にマーリンの病気が完治したと分かってミキとフィリアは安堵の表情を浮かべる。
「ほ……本当に、本当に治ったのですか!?」
「ええ。先程までの異常は取り払いましたよ!」
未だに治ったのが信じられない、という様子でマーリンはリミアを問い詰める。
しかし、リミアの返答を聞いた瞬間、その表情は明るいものへと変わった。
「良かった……本当に良かったのです。皆さん、本当にありがとうなのです」
本当は泣き出したいぐらいの感動を覚えているはずだが、生徒の前だから堪えているのだろう。
涙を堪えている引き攣った笑みから、そんな感情が読み取れる。
「……さて、ご迷惑をお掛けしてすみませんでした。ですが、もう遅い時間なのです。三人とも、早く帰った方が良いのです」
「せ、先生こそ、こんな遅くに外を歩いていちゃ危ないですよ」
お節介なマーリンの注意に対して、フィリアが言い返した。
まぁ、俺達は元々これから帰るつもりだったのだが。
「先生は自分の身は自分で守れるのですよ」
小さな胸を張って、誇らしげに断言するマーリン。
しかしフィリアも譲らず、更に対抗する。
「私だって、自分の身は自分で守れます!」
「……いや、だからミキを家まで送るという途中だっただろ?」
無駄な議論なのに、終わりが見えそうに無いので、俺は言葉を挟んで口論を中断させた。
「そうなのですか? 止めちゃって申し訳ないのです……じゃあ、日が暮れない内に帰って下さいね!」
「ええ。分かってます」
「あ! それと、クロト君とフィリアちゃんはまた明日から学校に来るんですよね? 夜更かしはダメなのですよ!」
マーリンは腕を交差させ、バツの形にしながらお節介を焼く。
言われなくても、こちらに夜更かしなんてする気は無い。
「じゃあ、先生はミキちゃんの家とは方面が違うので、ここで失礼しますね!」
「ええ、お気をつけて」
「はい! また明日お会いしましょう!」
満面の笑みで手を振りながら、マーリンは言葉通りに明後日の方向へと歩き出す。
本当に、つい先程まで病人だったとは思えない元気ぶりだ。
「……さて、じゃあ行こうか。早くしないと暗くなってしまうからな」
「はい!」
俺達もミキを連れて、元の進路を歩き始める。
今日はこれでお別れだが、明日再び会えるのだから楽しみだ。
一時は深刻な事態だと捉えていたマーリンの宿痾だが、リミアの施しによって解決したため、明日からは何事もなく魔法学校の生活が続くであろう。
この時の俺達はそう考えていたが……彼女の抱える病気とは、それほど簡単なものではなかった。
明日を迎えた俺達は、更なるマーリンの苦しみ――彼女が隠していた秘密の真相を知ることになるのだ。
リミアの法医魔術は無属性ですが、適性が無いのでクロトは扱えません。
光属性ではないので、他人から法医魔術を掛けられる分には問題ありませんが。
次回からは、マーリンを主軸にした魔法学校のストーリーを展開しようと思います!




