44話:再会
お待たせしました! 遂にタイトル通り、二人が再会を果たします!
なるべく感動回にしようと思って書いたのですが、拙い文章故に、キャラの感情が伝わりにくいかも知れません……。
〜人間界〜
三日目の魔法学校が終了した、翌日の早朝。
体内時計が午前六時半頃を示すと同時に、俺は閉じていた瞼をゆっくりと開く。
「……朝か」
窓から部屋に差し込む朝日を見つめ、短く呟いた。
寝起きで意識が朦朧としている時に自分の声を聞くと、若干ながら自分が起きているという現実味を感じて目が覚めるからだ。
ふと顔を横に向けると、隣のベッドにすやすやと安らかな寝息を立てて眠っているフィリアが視界に映る。
やはり昨日の徹夜が堪えたのか、暫くは夢の世界から意識を取り戻しそうにない程の熟睡ぶりだった。
身体が睡眠を求めているのであれば、無理矢理起こすのも良くないだろう。
そう考えて俺は体を起こしてベッドの端に腰掛け、今日の仕事について思案する。
(今日は初任務……か。失敗しない様に心掛けるのも肝要だが、何より……)
ハイネとフィリア。この二人に害を及ぼす事があってはならない。
勿論、二人がただ護られるだけの立場ではなく、自分を守る力を持っている事は承知している。
しかし、相手はただの大人ではなく、少なくとも冒険者という肩書きのある、騎士団とはまた違う形での戦闘のプロだ。
まだ敵対すると決まった訳では無いが、万が一という場合もあるし、いざという時には俺が対応できる心構えをしておかなければならない。
(まぁ、俺が傍に居れば二人は護れるだろう。たが、それ以上に気になるのが……)
闇ギルドが突然、一変して正規の冒険者ギルドになったという前代未聞の事実だ。
昨日の就寝前から、その事については色々と理由を探っていたのだが、確信を得られる答えを導き出す事はできなかった。
そもそも、何かの策略を成し遂げる為であっても、闇ギルドが正規ギルドになるメリットが無い。
表では公認の正規ギルドとして運営しているが、実は良からぬ企み事を隠す為のフェイクだった……という可能性も考えた。
しかし、それなら敢えて正規ギルドとして国にギルドの存在を誇示する方がやりづらいだろう。
無名の闇ギルドとして密かに実行する方が、明らかに監視の目に引っ掛かる可能性も低く幾分とやり易い筈だ。
(……いや、判らない事を探っても仕方あるまい。調査を済ませて二人も無事なら、任務は問題なく成功と言えるのだからな)
結局はそう結論づけ、再びベッドに横になる。
ハイネが部屋を訪れる時刻まで、あと一時間ほど。
無駄な思考をするよりも、今は任務に備えて体を休める方が有意義だ。
何より、昨日は徹夜で寝不足だったのだから。
そして再び瞼を閉じ、俺は眠りについた。
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それから体感時間で一時間が経過すると同時に、本日二度目の起床をした。
隣のベッドでは、まだフィリアが寝息を立ててぐっすりと熟睡している。
これじゃあ、暫くは起きそうに無いな……と思った瞬間、玄関から叩扉の音が聞こえた。
「はい、今開けます」
その音に対応し、俺は玄関に向かい、その扉を開く。
そして当然、扉の向こうに居たのはハイネだ。
「おはよう。今日は初任務ね。ちゃんと睡眠を取って体調は万全かしら?」
「はい、万全です。……自分は」
何時も通りのハイネの質問に、俺は少し意味を含めて返答する。
「……あら? フィリアちゃんはどうしたの?」
「どうやら、まだ疲労気味の様です」
そう言って、俺はベッドの方を指さす。
すると、ハイネはすぐに納得した顔をして頷いた。
「あぁ……なるほどね。確か、昨日は徹夜したんだったわね」
状況を察したハイネは苦笑いを浮かべ、部屋に上がってベッドに近づき、フィリアの体を揺らして声を掛ける。
「フィリアちゃん、もう朝よ。今日は初任務だから頑張りましょう!」
「ふぇ……っ? えっ、ハイネさん!?」
目覚めた瞬間、自室にハイネが居るという光景に驚いたフィリアの意識が一気に覚醒した。
「あ、もう任務ですか!? すみません、すぐに出発の準備をします!」
「いやいや、別に慌てなくて良いのよ?」
急いでベッドから起き上がり、備え付けのタンスから服を取り出して着替えの準備を始めたフィリアを、ハイネが落ち着かせる。
「は、はい……すみません」
「良いのよ。ところでクロト君の前で、その格好は大丈夫なのかしら?」
ハイネの指摘通り、ワンピース状の寝巻きを脱いだ為に、フィリアは下着が丸見えの状態になっていた。
「ふぇっ!? ちょっ、アンタは向こう見てなさい!」
「あぁ……すまない」
真っ赤に赤面して叱責するフィリアに軽く謝り、目線を逸らす。
しかし流石に今の出来事については、俺に非はない筈だ。
「まあまあ。ところで、クロト君もそろそろ着替えた方が……って、いつの間に!?」
フィリアを宥めつつハイネがこちらを向いた時、つい数秒前まで就寝用の服を来ていた俺が外出用の服に着替えていた事に、ハイネが驚いた。
「先程、フィリアに謝った時に収納スキルで着替えました」
台詞の通り、「すまない」と言ってフィリアに謝った直後、収納スキルで自身の服装を瞬時に収納・出現させ、一瞬で着替えを完了させたのだ。
それを細かく説明するのも面倒なので、簡易的に答えたのだが。
「へ……? そ、そう。まぁ着替え終わったなら問題無いわ」
恐らく理解出来ていないだろう事は表情や言葉で分かるが、突っ込むのは無粋だろうと思い、俺は無言を決めた。
それから少し待つと、フィリアも着替えを終えた。
「すみません、お待たせしました」
「ええ、準備は出来たみたいね。それじゃあ張り切って行きましょう!」
ハイネの言葉に俺とフィリアが頷き、遂に初任務が始まった。
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ハイネに先導されて長い距離を歩き、商業地域を抜けた先にある、任務通りのギルドに辿り着いた。
新設されたと言われる通り、見た目は新築同然の綺麗な木造建築の建造物で、耐久年数も長そうだ。
闇ギルドの人間なら、もう少しはぞんざいに建物を扱うものだと考えていたが……意外と荒っぽい者は居ないのかもしれないな。
俺がそう考えていると、ギルドの上方を見上げていたフィリアが口を開く。
「……『蒼穹の天使』? 意外なネーミングセンスね」
その感想を聞いて、俺もフィリアに倣って上方を見上げると、天井の下にギルド名を表しているのであろう巨大な看板が掛けられており、その表面には『蒼穹の天使』と達筆な文字で、尚且つ鮮やかな色で書かれているのが目に映った。
「確かに、元・闇ギルドにしては意外だな。特に『天使』という言葉を使う辺りが……」
普通は、もう少し凄みのある名前を付けるかと思うのだが、このギルド名からは何の威圧感も感じず、寧ろ柔和で温厚なイメージの方が強い。
「そうね……でも、重要なのはギルドの人間よ。早速、調査を始めましょう!」
ハイネの言う通り、幾らギルド名で無害を装っても、実際に無害な集団なのかはギルドの人間次第だ。
ハイネが恐る恐るギルドの扉を開き、俺達はそれに続く形で内部へと足を踏み入れた。
そしてギルド内の光景を一望した時、俺達は呆然とした表情のまま、時が止まったかの様に静止した。
何故なら、今まで酒を片手にテーブルを囲んで椅子に腰掛けて談笑していたのであろう男達が、一斉にこちらを睥睨する様に視線を向けた為だ。
「……あぁ? 客か?」
「見ねえ顔だな」
「ほう、嬢ちゃん三人じゃねぇか」
その男達が笑顔から怪訝なものへと表情を変化させ、ジロジロと俺達を見つめる。
その様子は、見る者に強い威圧感を感じさせるものだった。
流石に雲行きが怪しくなったと察した俺は、何が起こっても対処出来る様に警戒心を高め、ハイネの方を見ると、彼女もまた警戒を露わにした表情となっていた。
「くっ……この雰囲気、やっぱりやる気――」
そしてフィリアは戦闘になる事を確信し、腰に携えていた剣の柄に手を伸ばす。
しかし――
「「「ようこそ、我がギルドへ!!」」」
次の瞬間、男達の表情は柔和な明るいものへと変わり、何と歓迎の言葉を全員が口を揃えて叫んだのである。
「「……へ?」」
その光景を前に、フィリアとハイネは呆気に取られ、思わず首を傾げて疑問を短く呟いた。
正直言って、俺も男達の反応には内心では吃驚しているのだが、表情や声には出さなかった。
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俺達に対する男達の扱いは、俺達が騎士団の人間であり、このギルドの調査に来たと知らせても変わらず、彼らの態度は至って温厚であった。
しかし、それでもギルドの信頼性を証明するには不十分な為、建物の内部や、メンバー全員の過去や性格を細かく調べたのだが、怪しい点は一切見つからなかった。
そうしてギルドの信頼性は証明されたのだが、最も重要な『闇ギルドが、どういった経緯で突然に正規ギルドになったのか』という疑問は解決していない。
万が一にでも危険性がある以上、懸念は払拭しなければならない。
そこで、ハイネがメンバーの一人に質問してみたところ、
「あぁ、実はある日、とんでもなく可愛い娘が闇ギルドだったウチに訪ねて来てな。その娘、喧嘩も強ぇわ性格も良いわで、あっという間に俺達を纏め上げて改心させてくれたという訳よ。んで、今はギルドの看板娘をしてるぜ」
ハイネに質問された男は、特に冗談を言っている様子もなく、そう答えたのであった。
その返答を聞いて、俺達三人は有り得ないという表情で首を傾げた。
普通なら有り得ない話だが、嘘をつくのであれば、もっと上手い嘘をついているだろう。
そう考えて、俺はその男に尋ねてみる。
「……なら、その娘に合わせてくれないか?」
百聞は一見に如かず。
嘘か誠かは、その娘の存在を証明できれば早い話だ。
「もちろんだ、と言いてえところだが、今は食材の買い出しに出掛けててな。帰ってくるまでに、そう時間は掛からないと思うぜ? あ、当然嘘は言ってねぇからな!」
どうやらタイミングの悪い事に、話の看板娘とやらは外出中らしい。
「うーん、じゃあ少しだけ待ってみましょう。特に時間が無い訳でもないからね」
ハイネの支持に納得し、俺とフィリアは頷いた。
ただ単に、この男が酩酊して妄言を言っている可能性もあるのだが……少し時間を掛けて確認する程度なら、特に損ではないだろう。
そう決めた俺達は、ギルド内の空いている席に腰掛け、例の看板娘が来るのを待つ事にした。
すると、近くの席に座っていた、筋骨隆々な禿頭の男がこちらに近づき、声を掛けてきた。
「よう、嬢ちゃんたち。三人とも可愛いねぇ」
野太い声で笑顔を向けてくる男の台詞は、何とも在り来りな挨拶であった。
「……三人?」
しかし俺は、男の台詞の言葉が気になり、オウム返しに質問する。
「おうよ。ウチの看板娘にも劣らない可愛さだぜ? おっ、そうだ! 嬢ちゃんたちもウチの看板娘をやってくれねぇか?」
「ほう……このギルドの男達は、男にも看板娘をやってもらう趣味があるのか?」
盛大に勘違いをしている男の失礼な発言に憤りを感じ、俺は平然を装いつつも、普段よりも格段に低い声で揶揄した。
「え? 男って……え?」
「とは言っても、男は俺だけだがな」
明らかに動揺している男に、勘違いしてはいけない部分だけ指摘しておいた。
「なっ……! わ、悪い。失礼したぜ……」
一気に気まずくなったと言わんばかりの様子で、男は元の席へと戻っていった。
今の会話が聞こえていたのか、周りの男達からは「えっ、男? ……マジで?」と言う声が聞こえるが、いちいち指摘してもいられないので、これ以上は無視する事にする。
「……相変わらず、勘違いされやすいのね」
不憫に思ったのか、フィリアが苦笑いで同情している。
そんなところで同情されても嬉しくはないのだが。
「でも、クロト君が看板娘……ね。意外と似合うんじゃないかしら?」
「それは有り得ません」
ハイネがにやけながら言った台詞を、俺はすかさず否定する。
「いや、私も似合うと思うわよ?」
そんなハイネの言葉に、フィリアも揶揄うように笑みを浮かべて賛同した。
「あのなぁ……」
そろそろ否定するのも面倒になってきたので、溜息だけ吐いて気持ちを落ち着かせた。
この初任務に参加した事を後悔し始めているのは俺だけだろうか。
さっさと任務を終わらせて、この場を立ち去りたい……。
俺がそう考えた時、不意にギルドの扉が開かれた。
「ふぅ……すみません、また道に迷ってしまって遅れ……えっ?」
聞き覚えのあるその声に、俺は驚愕を表情にして扉の方へと視線を移す。
そして俺の目に映るのは、転生前、嘗て魔王であった俺の側近――
――呆然とした顔で、こちらを見ながら立ち尽くす、本物のリミアの姿であった。
「嘘……。まさか……貴方は……本当に……?」
扉を開いた時は明るい表情だった筈のリミアは、急に感極まった様子で泣き崩れ……思わず両手で顔を抑えて俯いた。
そんなリミアの様子を見て、フィリアとハイネは戸惑った表情を見せるが、空気を読んでか何も言わなかった。
「ずっと、ずっと……お会いしたかったです……。魔お――ムグッ!?」
そしてこちらに向かって走り、接近しながら俺を抱擁しようとするリミアの口を、俺は咄嗟に右手の掌で塞いだ。
感極まっているとはいえ、フィリアとハイネの前で正体を口に出されるのは困る。
「リミア……気持ちは分かるが、その呼び方はやめてくれ」
そして、彼女にしか聞こえない程の声量で耳打ちした。
「す、すみません。でも、あまりにも嬉しくて……」
申し訳なさそうに謝罪するリミアだが……それでも嬉しいという感情の方が強いのか、未だに笑顔のまま涙を流して赤面している。
そんなリミアを、今度は俺の方から抱擁して優しく頭を撫でた。
「な……っ!?」
フィリアは空いた口が塞がらないとばかりに驚いて赤面し、ハイネは「あらあら、お熱いわねぇ」と言いつつ、面白いものを見るように手で口を覆った。
「ふえっ!? あ、あの……?」
俺の行動にリミアは驚愕した表情で疑問を口に出そうとするが、その前に俺の方から思いを口にする。
「……心配を掛けてしまったな。すまない」
実は人間界に転生した時から、俺はずっと彼女に謝りたいと思っていたのだ。
側近である彼女にさえ、何も言わずに自殺した事。
転生した後も、俺の安否を心配してくれた彼女に手間を掛けてしまった事。
……そして何より、新たなる魔王の脅威に、彼女を巻き込んでしまった事に対してだ。
だから、こうして再び出会い、彼女が再開を喜んでくれている事と、彼女に謝る事が出来て、俺は少なからず安堵している。
「っ……! 私の方こそ、すみません……」
リミアは再び涙を流し、悲しそうに俯いて謝る。
「貴方の居場所も分かっていて、世界の為に動いている事も知っていた……なのに、私には貴方に合わせる顔がありませんでした……」
本来であればリミアは悪くないのだが、彼女が謝る理由も分かる。
長い間、俺の側近を担っていたにも関わらず、俺の自殺を止められなかった事。
それに伴って、新たなる魔王の存在も自分の責任だと感じてしまっているのだろう。
「……色々と背負わせてしまったな。本当に申し訳ない」
「はい……」
リミアの返事を聞いて、俺はもう一度強く彼女を抱擁した。
「リミアちゃん……看板娘をしているギルドって、此処の事だったのね」
何かを納得した表情でそう言ったのは、ハイネだった。
彼女がリミアの名前を知っているという事に、俺は疑問を抱き、それを口にする。
「リミアをご存知ですか?」
「ええ。ちょっと前に、数人の男にに絡まれていた所を助けてもらった事があってね」
何と、偶然にも既にハイネとリミアは接点があった様だ。
男に絡まれていた所を助ける……か。
リミアの正義感が強いのは、人間界にきてからも変わらない様で安心した。
「えぇ、お久しぶりです。ハイネさん」
涙を拭って、リミアは笑顔でハイネに挨拶する。
あまり詳しくは語られなかったが、お互いに関係は良好の様だ。
「えーっと、ちょっと良いかしら?」
ようやく良いタイミングだと思ったのか、今まで傍観していたフィリアが質問する。
「その……二人はどういう関係なの?」
未だに赤面したままのフィリアは、気まずい様子ながらも単刀直入に重要な疑問を口にした。
「……幼馴染みといったところだ。長い間疎遠になっていたけどな」
もちろん嘘だが、先程の会話から、幼馴染みという設定にするのが最善と判断した。
リミアの方に視線を移すと、彼女もまた俺の意図を汲み取ってくれたように頷いた。
「へぇ、相当仲は良いみたいね。じゃあ、何でお互いに謝っていたの?」
やはり来たか……と思うが、その質問が一番返答に悩んでしまう。
被害に会った街の住人ならともかく、騎士団の人間以外の者が魔王の存在を知っているのは不自然だ。
という訳で、幼馴染みという設定を崩さずに上手い言い訳を考える必要があるのだ。
だが、俺が返答に悩んで沈黙している時、ハイネがフィリアの肩を掴んだ。
「フィリアちゃん……きっと二人は複雑な関係なのよ。あまり口を挟むのは良くないわ。それに、クロト君が悪い隠し事をする性格とは思えないからね」
「うっ……すみません」
ハイネに指摘され、フィリアは恐縮して萎縮したように謝った。
「私じゃなくて、二人に謝らなくちゃいけないんじゃないかしら?」
「……ごめんなさい」
フィリアは申し訳無さそうに、俺とリミアに向かって頭を下げる。
「いやいや、確かに何でも質問されるのは困るけれど、フィリアが俺とリミアとの関係を気にするのは仕方ない事だろう?」
そう言って、俺はフィリアを宥めた。
ただ、あまり深く詮索されると困ってしまうのも事実だ。
リミアの正体が悪魔だと知られるだけでも、大きな問題となるのだから。
「それにしても幼馴染み、ね。手強いライバルが現れたんじゃない? フィリアちゃん」
「えっ……な、何の事ですか!?」
何故かフィリアが真っ赤に赤面し、ハイネの言葉に抗議する。
俺も、なぜ『ライバル』という言葉が出てきたのかは分からないが、何となく聞く必要は無いと感じた。
「リミアちゃんの幼馴染み……興味深い人物が訪れたもんだな」
先程、俺達に絡んできた禿頭の男が納得した様に呟いた。
その口ぶりから察するに、やはりリミアがこのギルドの看板娘だったという事で間違いは無いようだ。
「バークスさん……あまり絡むのは良くないですよ」
どうやら、この男はバークスという名前らしい。
リミアから注意を受けているが、既にこの男は俺達に絡んできている。
「いやいや、リミアちゃんの幼馴染みなら、コイツも強いんじゃねえかなって思ってな」
そう言えば、他のメンバーの一人が、ハイネの質問への返答に、『喧嘩が強い』という看板娘の特徴を挙げていたな。
「えぇ、クロトは強いわよ。アンタ達よりも遥かに……ね」
バークスと呼ばれた男の質問に答えたのはフィリアだった。
強いと認めてくれるのは良いが、この男を余計に挑発するのはやめて欲しい。
「クロトって名前なのか。んで、やっぱ強えのか……じゃあ、俺が相手してやるよ!」
フィリアの評価を聞いて、バークスという男はすっかりやる気だ。
だが、今は任務中であり、私的な戦闘は避けるべきでは? と思いハイネの方を見ると、寧ろ「やっちゃいなさい!」と言わんばかりに笑顔で頷いていた。
結局戦闘になるのか……とは思うが、ハイネに期待されている以上は断れないな。
「……構わないが、お互いに素手で良いか?」
「は? んなもん、お前が不利になるだけだろ」
確かに体格を考えると、肉弾戦ではどう見ても俺が不利だ。
だが、俺には豊富なスキルがあり、体格での不利は関係ない。
「問題無い。お互いに平等なルールが良いからな」
「そうかい。じゃあ早速、始める……ぜっ!」
バークスが警告すると共に、素早く距離を詰めて俺に両手で掴みかかろうとする。
冒険者という事を踏まえても、予想を遥かに超える速度であった。
俺は咄嗟に反応してその右腕の外へと回避し、バークスが勢い余って隣をすり抜ける前に右腕を掴み、背後から俺の全体重を掛けて床に投げ倒そうとする――が、バークスは足を踏ん張って倒れない様に抵抗する。
(二つのスキルを使っているのに、何という力だ……!)
実は『身体強化』と『筋力強化』によって身体能力を格段に高めているのだが、それに対抗するバークスの力に俺は驚愕していた。
「へっ、今のを躱すとはやるな。しかも、中々の膂力だ。だが……!」
更にバークスは余裕の笑みを見せ、逆に俺の腕と胸倉をギルドの壁に向かって思い切り投げ飛ばした。
そのまま俺は勢い良く壁に叩きつけられ、衝突によって壁が崩れ去る。
「やべっ! やり過ぎたか……?」
壁に叩きつけられてから、受け身も取らずに地に伏した俺を見て、バークスは自分でも驚いた様子だった。
しかし、俺が地に伏したのは演技であり、実際のダメージはほぼゼロであった。
『物理耐性』の効果によって、肉体へのダメージが大幅に軽減されている為だ。
バークスの不意をついて咄嗟に立ち上がった俺は、『高速移動』によって一気に彼我の距離を詰める。
「なっ……!」
そのまま速度を殺す事なく、バークスの手首を掴んで胸元に掌打を叩き込み、足を絡め、更に掌を押し込んで投げ倒す。
そしてバークスの体が倒れるのに合わせて両腕を押さえつけ、床に組み伏せた。
それから暫くの間、バークスは必死に抵抗したが、『身体強化』と『筋力強化』で極限まで身体能力を高め、全体重を掛けるように抑えている俺を退かすのは不可能であった。
「くっ……畜生、降参だ」
遂に体力が尽きたのか、ようやくバークスは降参を宣言し、俺の勝利を認めた。
「バークスが負けただと!?」
「あの嬢……じゃなくて兄ちゃん何者だよ」
「やっべえ、惚れちまいそうだ……」
外野からは賞賛の声が聞こえるが、あまり素直に喜べない内容が大半であった。
「流石です。相変わらずお強いですね、魔お……クロト様!」
男達とは違って、リミアが笑顔で素直に嬉しい賞賛をしてくれた。
魔王と言いかけたのは気になったが。
そして、もう一つ気になるのが……
「「「……様?」」」
どうやら、フィリアやハイネを含む全員も、『様』付けで俺を呼ぶ事が気になったらしい。
幼馴染みという関係で、『様』付けで読んでいれば違和感があるのも当然だろう。
「……リミアは誰に対しても敬語で、特に親しい人は『様』付けで呼ぶ癖があるんだ。あまり気にしないでくれ」
一番気にしているのは俺自身だが、何とか苦し紛れに弁明する。
若干リミアが変人みたいな設定になってしまったが、こう言うしかあるまい。
「へぇ……? 何だか変な関係ね。まあいいけど……」
フィリアは首を傾げながらも、何とか納得してくれた様だ。
周りの男達も、「まぁ、リミアちゃんはいい娘だからな」と言って納得してくれている。
細かい事は気にしない、大雑把な性格なのだろうか。
その場の雰囲気が柔和なものになり、全員がリミアに向けて微笑みを浮かべる……そんな空気の中。
「あっ……! あの……皆さん、大変言いづらい事なのですが……少し聴いて頂けますか?」
突然、リミアが何かを思い出したかのように発言し、全員に声を掛ける。
その表情は決して明るいものではなく、彼女にとって重大な話をするのだと一目で分かるものだった。
その雰囲気を感じ取った男達は皆沈黙し、リミアの言葉に耳を傾ける。
勿論、フィリアやハイネもその空気を読んで口を噤んだ。
「……どうした? 何でも言っていいぜ。リミアちゃん」
そんな空気の中、バークスが気を利かせて話を切り出す為の切っ掛けを作った。
「はい。その……先程お話した通り、私とクロト様は非常に深い関係でありながら、とある事情で長い間疎遠になってました。
しかし今日、こうして邂逅を果たす事が出来て、私は胸いっぱいの幸せを感じました。
だから私は……もう二度と疎遠にならない様に、これからずっとクロト様と共に行動したいと思います。
しかし、騎士団の人間であるクロト様と行動する為には、このギルドを離れなくてはいけません。
ですが、私の我儘でギルドの皆さんに迷惑を掛けるわけには……」
これ以上は言いづらくなったのか、リミアは俯いて両手で顔を抑えた。
恐らく、罪悪感で涙が溢れてしまったのだろう。
「別に、我儘じゃねぇと思うぜ?」
そう声を掛けたのは、バークスだった。
彼は真面目な表情で腕を組んでいるが、その瞳からは惻隠の情が感じられた。
「……え?」
その台詞を聞いて、リミアは涙に濡れた顔を上げ、彼の言葉に耳を傾ける。
「俺らは今までリミアちゃんに支えられたお陰で、闇ギルドから今のギルドに変わって、今の生活があるんだぜ? これ以上リミアちゃんをこのギルドに縛りつけるのは悪いからな」
「縛りつけるだなんて、そんな……! 私は皆さんのお陰で、明るい生活を取り戻せたんです! なのに、私だけ我儘を要求するなんて……!」
リミアの両目からは、更に大量の涙の雫が流れ落ちる。
それに感化されたのか、多くの男達は涙を流してリミアの優しさに感動していた。
「そんな風に泣いてまで俺達を気遣ってくれる娘の台詞の、何処が我儘だってんだ。
……大丈夫だ。もう俺達は道を踏み外さずに生きて行ける。リミアちゃんは、もう自分の幸せを自分で掴みとっても良いんだぜ? もちろん……誰にも邪魔されずにな」
バークスの言葉に賛同し、男達は笑顔を浮かべて大きく頷いて同意を示した。
皆、リミアの意思を尊重しているという事だろう。
「……リミア、これはお前の問題だ。俺達と共に過ごすか、この男達と共に過ごすか……。お前が嘘偽り無く、本当の意思で決めなければ意味は無い」
最後にリミアを後押しする様に、俺が声を掛けた。
元魔王とその側近という関係上、俺が「来い」と言えば来ると思うのだが、決して無理強いはしたくなかった。
そして、リミアは漸く決心がついた様子で顔を上げ――
「……皆さん、すみません……。私は……クロト様と共に過ごします!」
――この場の全員に、力強く宣言するのであった。
......................................................
俺達と共に行くと決めたリミアの今後は、ハイネの推薦で騎士団の団員となり、俺とフィリアと同室の部屋で生活する事になった。
とは言え、推薦でも試験無しに兵士になる事は出来ない為、宮廷魔導師として入団する予定となる。
しかし魔法の才能も高く、俺から魔法を教わった彼女であれば、それが適材適所と言える。
直接的に戦闘を行う訳ではないが、間接的に多大な力を貸してくれる事だろう。
だが、様々な物事が決まった後も、暫くリミアの涙は止まらず、男達と共に彼女を宥めるのが大変だった。
今はようやくリミアの涙も治まり、ギルドの男達に囲まれて最後の別れを告げようとしていた。
「皆さん、今までありがとうございました。また何時か……ほんの僅かな間になると思いますが、再び此処に戻ってきます」
男達に心配させまいと、リミアは笑顔で告げるが、よく見ると肩を震わせて涙を堪えていた。
「リミアちゃん、これを持って行ってくれ」
バークスはそう言って、一握りの何かをリミアに手渡した。
「これは……?」
リミアが手の中を見ると、そこには、綺麗で透明な青色をした、小さな片翼の彫刻が存在していた。
「ある日、クエストの仕事で洞窟を探索していたら、たまたま綺麗な水晶みたいな鉱石が見つかったからよ。それでリミアちゃんの為にと造ったんだ。密かに隠していた俺の特技だが……上手ぇもんだろ? まぁ、本当はギルド新設三ヶ月記念の日に渡したかったんだがな」
少し照れた様に鼻の下を指で擦りながらバークスが説明する。
「バークスさん……ありがとうございます。私の宝物として、大切に……大切にします」
やはりまた感情が溢れてしまったのか、リミアは彫刻を両手で握り締め、胸に宛てがって再び泣いてしまった。
それ程までに、よほど嬉しかったという事が窺える。
フィリアとハイネも微笑みを浮かべて、リミアの様子を見守っていた。
ギルドのメンバーとリミアとの絆に、心を動かされるものを感じたのだろう。
「……行こう。ずっと此処にいても苦しくなるだけだ」
俺はリミアにそう声を掛けて、彼女を宥める為に頭を優しく撫でた。
「……はい」
俺の言葉にリミアも納得した様子で頷き、涙を拭った。
そしてギルドに背を向けて、王城へと歩きだそうとしたその時。
「おい! クロトとやら!」
「……何だ?」
背後からバークスの怒鳴り声が聞こえて、俺は振り向いて質問した。
「リミアちゃんに助けられた俺らが言えた義理じゃねぇが……お前の強さと優しさなら、リミアちゃんを任せられる。頼んだぜ」
「……あぁ、分かってる」
笑顔で放たれたバークスの言葉に短く返答し、再び王城の方へと振り向いて、俺達は歩き出した。
王城へと向かう道中で、手の中の彫刻を見たリミアが再び涙を流した事に俺達は気づいていたが、それを止めようとする者はいなかった。
ここまで来るのに、本当に長かったです。
作者にとって、この回は一つのゴールであると共に、スタートでもあります。
これからはヒロインとして、リミアの可愛いところを沢山書いていきたいと思います!




