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機甲猟竜DF  作者: 結日時生
第五話「ごめんねの後に……」
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第五話「ごめんねの後に……」〈6〉

 

「えっ……? そんな、僕はただ……」

 ちかげから掛けられた言葉は、全く予想していないものだった。

 頭の上から冷や水を浴びせられた錯覚に陥る。希人の思考は、低温にさらされた爬虫類の様に動きを鈍らせられた。

 彼女の真意を読み解こうと、希人が視線を向ける。対してちかげは、決してその顔を彼の方へは向けようとしない。視線だけが、一方的に彼女の右頬へと吸い込まれて行く。白磁の様な肌は少しだけ火照り、赤みを帯びていた。

「夕海さんは篭目さんや木野さんにバディを引き受けて貰いたいと思っている様ですけど、私はそう思ってません」

 希人に『サラのバディを引き受けてほしい』という依頼を伝えてきたのは、隣に座っている彼女である。それが夕海の発案である事も、それに対するちかげの本心も、初めて聞かされた。

「えっ、でも……」

 希人は彼女に問いかけようとした。 

 『もしそれでサラが殺処分される事になっても、それでいいのか?』

 ――そして、貴女自身はその現実を納得して受け入れられるのかと。


 そんな彼の言葉を振り切るように、彼女はベンチから立ち上がる。一日の内でのピークを過ぎたとは言え、まだ陽射しが照りつける時間帯だ。木陰から出ない様に、ちかげは二、三歩踏み出した。

 半身を起こし手を伸ばせば、容易に届きそうな距離である。しかし物理的な距離以上の隔たりを感じてしまった希人は、そのまま身動きが取れずにいた。

「もし……もしも、サラが殺処分される事になっても、それは篭目さんのせいじゃにですからね。だからその事は気にしないで下さい。寧ろ一番の原因は、私が……私がサラを守れなかった事なんですから……」

 僅かな沈黙の後に彼女は口を開いた。ハッキリと聞こえる様な声で、それなのに消え入りそうな儚い声で、ちかげは自分の思いを告げる。

「本当に……本当にごめんなさい。私がもっと……もっとちゃんと……」

 華奢に見える小さな肩が、上下に揺れている。小刻みに震える彼女の体は、抑え切れない思いの現われだろう。小さく鼻をすする雑音が、時折混じる。

「あの……」

 希人は立ち上がった。気丈で優しい彼女が、まるで叱りつけられた幼児の様な状態になってしまった事に、彼も一抹の責任を感じている。

 誰から見えている訳でもないのに両手で顔を覆い隠す彼女へ歩み寄ろうとしたその瞬間、

「うわぁ!」

「……えっ」

 ひとつの物体が、希人の行く手を阻んだ。


 * * * * *


「みーちゃん、今のうちにお願いね」

「はぁ~い!」

 助手である飛騨みかへしずかは指示を出す。指示を受けたみかは、サラが居なくなったケージの中へと入っていく。ツナギ姿に身を包んでいても見て取れる豊満なバスト。その反則的な胸囲に、瀞は脅威を感じた。

「あっ、そうだ。健康状態のチェックにも使いたいから全部は捨てないでね」

「はぁ~い、解ってますよ~」

 インカムから入る瀞の指示に、当然解っていると言う体の返事をしながら彼女は作業を進めた。厚い布手袋に握られているスコップが、黒い固形物を集めていく。トウモロコシの汁を何倍にも濃縮した様な臭いを放つその固形物は柔らかく、スコップが容易に突き刺さる。

「はぁ……出すものは出しているんだけどねぇ……」

 瀞は溜息をつきながら、ビバリウム内を映すモニターへ目を向ける。

 少し日が落ち始めてきた夏の草原。橙色の西日を浴びた赤い鱗は燃えるように輝き、補色関係にある大地の緑がその色をより鮮明に引き立てている。

 しかし炎を纏った様な力強い赤とは対照的に、その持ち主の瞳には力が感じられない。風に揺れる草の上に伏したサラは、重い体を動かすことなく、ただ遠くを見つめていた。


 * * * * *


「……大丈夫ですか?」

「うん大丈夫……あと一歩踏み出していたら危なかったけどね……」

 硬直した右頬の筋肉が口角だけを吊り上げ、引きつった笑顔を作る。曖昧な苦笑いを浮かべる希人。ちかげが視線を落とした彼の足もと付近には、放射状に広がる白い物体が広がっていた。非常に柔らかいその固体は、『ベチャッ!』という不快な擬態語と共に、希人の目の前へと降ってきた様だ。

「あぁ、あの子が落とし主みたいだね」

 先程までの硬い表情が少し柔らかくなる。希人が視線を向けた樹の枝先。そこには、あまり賢そうには見えない顔つきの鳥が止まっていた。

「なんか人の事を馬鹿にしたような顔してますね。ここはひとつ、豆マシンガンでもぶっ放してやりましょうか?」

「駄目だよ翁さん……(ってか、豆マシンガンって何?)」

 希人の眼前に〝落とし物〟をした鳩に対し、ちかげは静かに敵意を露わにした。口元こそ微笑んではいるが、ハットの下から覗くその眼光は鋭く鳩を見据えている。

「でもまぁ、鳩みたいな鳥類の糞にも大事な役割があるんだよ」

「えっ? 何かの役に立つんですか?」

 ちかげは「あんなのハタ迷惑なだけじゃないですか」とでも言いたそうな口を結び、希人の顔を覗き込む。対して希人は、その疑問に冷静に答える。もっとも、下から真っ直ぐに見つめてくる黒い瞳は、彼の心拍数を若干引き上げたが。


「鳥がさ、植物の実や果物を食べるじゃない?」

「はい」

「その鳥はまた遠くへ飛んでいく。鳥もお腹が空くからね。餌を求めて他の場所に飛び立つんだ。木の実を食べるにしろ、虫を食べるにしろ、同じ場所に留まり続ける事って言うのはあんまりない」

「ん?……」

「あっ、ごめん……ちょっと解りにくかった?」

「う~ん……ごめんなさい!」

 少し回りくどくなってしまったかもしれないと、希人は申し訳ない気持ちになる。対してちかげの方も、話の本筋がイマイチ見えず、自分の理解力の無さを恥ずかしく思っていた。

「まず果物を食べた鳥が居ます。その鳥はまたお腹が空いたので、他の場所へ飛んでいきます」

「はい」

「その鳥は無事に新しい餌場に辿り着くことが出来ました。さて、ここで問題です。食べ物を食べた後、動物の体からはどうしても出てしまうものがあります。それはなんでしょう?」

「……こういうのですよね」

「正解!」

 ちかげは、希人の足元に広がる白い放射状の跡を指さし、回答に代えた。

「やっぱり食べたら出るからね。でも出るのは糞だけじゃないんだ。堅い植物の種子なんかは消化されずにそのまま出てくる」

「あぁ~!! なるほど!」

 希人の解説を聞き、ちかげは合点がいった様だ。少し小難しい表情をしていた彼女の顔が、今は晴れやかに弾けた笑顔に変わっている。それはまるで朝日を浴びた朝顔の様だ。

 彼女の嬉しそうな顔を確認して、希人も満足した様に補足の説明を加える。

「鳥の糞にはね、植物の分布を拡大する役割もあるんだ。鳥が翼を休める場所には、高確率で止まるための木もあるし、虫を食べる為に降り立った土地にも、虫が餌にする植物が育つ土壌がある事になる」

「……つまり、食べられた果物の種が育つのに適した場所へ、鳥が運んで行ってくれる事ですね」

「おっ! 理解が早いですね。その通りです。まぁ、実際はそう上手くいく事ばっかりじゃなくて、感染症が拡散する要因になる事もあるけどね……それでも良くできた仕組みだと、僕は思うな」

 まるで小学校で理科を教える教師の様に、希人は鳥が種子を運ぶ役割を担っている事を話した。そんな彼を、ちかげは穏やかな表情で見つめる。自分が抱えていた苦悶が小さく思えてくる程に、鳥と植物の関係を説く希人の顔はイキイキとした活気に満ちていた。

「風が運んだ草花の種が芽を出して虫を呼び、虫を求めて飛んできた鳥は木々の種を運んぶ。そして木々は森や林を作り、そこには多くの生き物が暮らす様になる」

「なんかいいですね、そういうの」

「そうでしょ? ――そうやって何も無くなった様に見える土地でも、根づいていく命があるんだ(……ん?)」

「どうしたんですか篭目さん?」

「……いや、なんでもないよ」

 この公園に辿り着く前に上った坂道。その道中に感じた形容しづらい虚しさは、彼の心のどこかで今も纏わりついていた。ツタ植物の様に根付きかけていた悲しみを伴う感情。

 だが今は、その憂いを引き剥がす事が出来る。意外にもその論理を導き出したのは、自分自身の言葉だった。


 ――そうだよな。何もなくなった様に見える土地だって、芽吹く為の土があれば生まれてくる命もあるよな……。


「篭目さん」

「…………」

「篭目さん!」

「えっ……あぁ、ごめんなさい。少しボ~っとしてました。どうしました?」

「その……なんか感傷に浸っているところ申し訳ないんですけど……二発目は当たったみたいな?……」

 気まずそうに顔を逸らしたちかげが、横目で希人の頭部を見つめる。視線を辿れば、ちょうどキャップのツバのあたりだ。彼女の気まずそうな表情が気になった希人は、帽子を脱いで確認する。

「うっ……」

「ま……まぁ、それくらいなら、帰ってから洗えばいいんじゃないですかね……」

 ちかげは強張った笑顔で、精一杯に希人を励まそうとした。しかし彼女の思いとは裏腹に、希人の表情は沈みきっている。キャップのツバに付いた白い汚れ。デニム生地の上に広がった白いシミは、ペンキの様に見えない事もないので『こういうデザインです』と言い張る事も、遠目なら不可能ではないかもしれない。

 しかし一番見られたくない相手に、たった今、至近距離で見られた。その時点で彼の羞恥心は限界である。

「ちょっと洗ってくる」

「えっ?」

「……ちょっと洗ってくる」

 そう言い残し、希人は公園の手洗い場まで歩いていく。気恥ずかしさからか、その足取りは自然と早くなっていた。

 彼の背中を見送ったちかげは、ベンチに戻り腰かける。視線の遠く先では、希人が目一杯に水道の栓を開いていた。暴発した様に噴き出す水道水。その勢いに希人はたじろぎ、尻もちをつく。

 その一部始終を見ていたちかげは、思わず苦笑いを漏らしてしまう。夕日の光が反射した水柱は飴細工の様に美しいが、隣にいる青年の慌て様は夕焼け空の優雅さから対極にあった。


 希人の様子を呆れながら見つめるちかげ。

 ……ふと、視界の左端に青く輝くものが映った。周囲の様子を窺うように慎重に、そして素早く動く小さな影。それはニホントカゲの幼体だった。

「なんか綺麗だなぁ……」

 まだ幼体という事で体も小さく、その尻尾は鮮やかな瑠璃色に輝く。

 元々爬虫類に嫌悪感を持っていない事もあり、それは女性的な感性で見ても十二分に愛らしく、美しいと感じさせるものだった。

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