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機甲猟竜DF  作者: 結日時生
第四話「そんなに泣かないで」
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第四話「そんなに泣かないで」〈5〉

 密集した細く鋭い牙が、獲物の体をきつく捕らえる。ガビアルの様にびっしり生えた鋭い牙は、捕らえた獲物を容易には放さない。

 更に歯の隙間からは出血性の毒が流し込まれ、止まる事なく鮮血が噴き出し続ける。


 ――――……クゥウン。

 力なく微かな声を上げるレモンの体力は既に限界に近付いていた。サファイアの様に青く輝いていた瞳も、今は虚ろで輝きも消えかけている。

「これなんだよ……」

 レモンのバディ〝だった〟男は恐怖に震え、腰を落としてその場を動けずにいた。

 レモンはその男へ視線を送り続ける。何かを伝えようとしているのだが、その意図が正しく伝わっていないのだろう。

「何だよ! 俺のせいだって言いたいのか!?」

 レモンが男に向かって鼻先を伸ばすと、なぜか彼は逆上した。

 人を守る為に生みだされ、そう教育されてきたレモン。彼に対しても「早く逃げる様に」と促したつもりだったのだが、肝心の受け手側が錯乱状態にあり、その思いは届かない。

 それでも『人を守る』と言うのがDFの使命であり、生きる命を持って生まれた最大の理由だ。

 ほとんど残っていない全身の力を振り絞り、レモンは邪竜へ牙を剝こうとした。


 ――その時、一筋の赤い閃光が邪竜の背中へ突き刺さった。

 素早く振り下ろされた深紅の刃は、まるで光を纏っているかの様にさえ見える。


 サラの頭部に装備された兜は空気を切り裂く鋭利な形状をしているが、それは押し当てて切りつける事で敵と戦う刃ともなるのだ。

「いいぞ、サラ!」

 ――グオオォオオン!

 希人との連携を確かめるように、サラは力強く咆哮する。その声は邪竜の呻きをかき消し、希人の声と共に空へ木霊した。

 サラの斬撃を受け、堪らず邪竜はレモンを放す。毒牙から開放されたレモンは、力なく地面へ倒れこむ。自ら流した鮮血が作り出した血溜まりに落ち、体液が周囲へ飛散した。

 新たな敵の存在を感知し、邪竜はサラへ向き直る。

 苛立ちを込めた金色の瞳が、前方のアルバートサウルスを捉えた。その表情は憎しみに震え、牙を剥く。


 対峙した邪竜の姿に、希人は見覚えがあった。

 正しくはその邪竜と言うよりも、同型の邪竜に対してだ。

 アナコンダの様に長く太い首。首の先には毒牙が密集した口を持ち、丸みを帯びた吻を持つ顔の形はオオカミに近い。

 扁平な体型だが、故に正面から見ると大きく感じさせる。体毛を欠いた身体は油性の粘膜で覆われており、太陽の光を浴びて灰色の表皮が艶めく。

 その姿はかつて彼自身を窮地に追い込み、サラの母体だったアルバートサウルスに深手を負わせた個体と同型の邪竜だ。

 以前遭遇したのは亜成体だったが、今視認している個体は完全に成熟しきった成体だ。体長だけで十五メートルを超えると言う巨体は、活字で得た知識よりも威圧感が満ち溢れている。


「……いけない! サラ下がれ!!」

 希人の声は間一髪でサラに届いた。

 邪竜の肘から振り抜かれた刀状の骨は空を切り、サラの元へは届いていない。

 ――――……グゥウウン。

 骨刀こっとうをかわされた事に腹を立てた邪竜は低く唸る。

 希人は、サラの母体の腹部を邪竜が切りつける場面を直接は見てはいなかった。

 しかしあの時に見た裂傷から考えれば、相手がどんなに強力な武器を持っていたかを想像する事は難しくない。

 チンパンジーの様に長い腕を持つ邪竜。そのリーチに刃物が加わる事で得られる優位性は非常に大きい。

 眼前にサラの存在を認識した邪竜は、敵意を露わに骨刀を降り回す。バックステップを巧みに使い、サラは攻撃をかわしつつも、邪竜の注意を自らに引き付けた。

「すみません、お願いがあります」

「俺に?」

「端的に言います。レモン……あのカルノタウルスを助ける為に力を貸してください」

 邪竜の注意が完全にサラへ移ったことを確認すると、希人はレモンのバディへ対して深く頭を下げる。

「でも俺……」

「可能な限り汚れ仕事は僕が引き受けます。だからどうかお願いします!」

「……わかったよ」

「ありがとうございます! ではまず通信機を使って基地の崎乃獣医へ連絡を取ってください!」

 息を吐く間もなく懇願する希人。彼の姿勢に半ば根負けする様な形で、バディの方も提案を承諾する。男が瀞への通信を始めると、希人は下ろしたリュックから極厚のゴム手袋とマスクを取り出し、身に着けた。



 ……無論、希人とてレモンのバディに対して思うところが無い訳でない。

 だが、希人の力だけではレモンを救う事など叶わないのだ。

 基地への連絡回線を持った通信機の使用権を持つのも、レモンのバディであるこの男の方である。今この状況では瀞の助言が必要不可欠だ。


 どんなに思いを込め、愛情を注いだところで、それだけでは命を守ることなど出来ない。

 いつの時も命を救うのは、対価に見合った行動のみだ――。


 その為なら、幾らでも頭を下げ、屈辱も甘んじて受け入れる。

 殴られる事になるとしても、活き餌の使用を躊躇わない。

 お気に入りの洋服が血まみれになっても、救いの手を止めない。

 大切な存在を守る為なら、邪竜の恐怖にも屈しない。


 篭目希人とは、そういう人間である。



「もしもし、崎乃獣医ですか?」

《ハイ、そうですが》

「えっと……カルノタウルスが噛まれました。今はその……アルバートサウルスのブリーダーだった人が応急処置しようとしてくれてます……」

《……えっ? 何で篭目くんがそこに?》

 希人がここに来た経緯についてはレモンのバディもよく知らない。一先ず彼は、レモンが受けた攻撃や、今現在見て判る状態について手短に説明した。

「篭目さん、崎乃獣医が換わってくれって」

「わかりました。ありがとうございます」

 一度ゴム手袋を外し、インカムを希人は受け取った。

《どうしたの……篭目くんが前線に出ているって事は……》

「……その話は基地に戻ったらします。それよりもレモンがかなり危険な状態です」

《そのようね……大体の話は彼の方から聞きました。半水棲型の邪竜に噛まれたのよね?》

「ハイ、そのようです」


 * * * * *


「……了解した」

 そう言い残し、亘はオペレーターからの通信を切った。内容はカルノタウルスが負傷した事による作戦行動の遅延と、アルバートサウルスとそのブリーダー〝だった〟男が取った独断行動の報告だ。

 好ましくない報告を受けたはずなのだが、彼は眉根ひとつ動かさず表情を変えない。

「翁」

「はい」

「今直ぐにアルバートサウルスの元へ向かえ。木野と言ったかな? 可能であれば道中でカルノタウルスのブリーダーも回収して行け」

「……よろしいのですか? そうなると隊長一人でここを守る事になりますが」

 ちかげ達は既に水再生センターに到着しており、そこで邪竜を迎撃する任務を果たす必要がある。だが、途中で途切れた希人の通信が気がかりになって仕方なかった。

「構わん。俺とテリジノだけでも一体なら勝てる」

「一体……ですか?」

「そうだ。既に一体はアルバートサウルスと交戦中だ」

「えっ?」

 脳裏に沢山の可能性が浮かび、ちかげがは表情を曇らせる。すると亘の通信機に着信が入った。


《……やっと繋がった。すみません! なんだか急にアルバートサルルスが》

「もう既に連絡は来ている。お前はそのまま待機していろ」

 それはアルバートサウルスのバディになった男からの入電だった。

「アルバートサウルスがバディの元を離れたようだ。この状況でバディからDFを引き離す方法は、邪竜が命を奪う以外に何があるだろうな?」

「そんな、まさか……」

「それをお前が確かめてくるんだろう? 扇、お前の役目はなんだ?」

「……了解しました。行って参ります」

 一度大きく息を吐き、ちかげはミリーの背中へ乗り込んだ。

「ミリー、出て!!」

 ちかげの指示を受け、ミリーは踏み出す。

 黒い鎧を纏ったダチョウ竜・ガリミムスは、まさに弾丸の様なスピードで掛け抜けて行った。


 * * * * *


「出血性の毒ですか」

《そう。一般的な動物で言えば……》

「ハブに近い」

《正解。このままでは筋肉や血管が破壊されていくわ》

 希人はインカム越しに瀞の指示を仰ぎ、彼女も答える。

《まずは傷口から毒を吸い出すの》

「ハイ……これは酷いな」

《どうしたの?》

「傷口に邪竜の牙が残ってます」

《やっぱり……邪竜の牙は三段に並んでるの。そのうち一段目は敢えて自らの意思で切り離すこともあるわ》

 邪竜による攻撃を受けたレモンの傷口には、折れた歯が食い込んでいる。歯の数は小さなものを含めて三十程だ。その歯を取り除かない事には傷口の洗浄も儘ならない。

 希人はレモンの体に根深く刺さった牙を引き抜いた。

 ――グオォォォォン!

「うわっ!」

 牙を引き抜く時、傷口の肉を抉ってしまった。全身を走る激痛に耐えかねてレモンの体は跳ね回り、希人を突き飛ばしてしまう。

「おい! 大丈夫か!」

「すみません……」

 地面に叩きつけられる寸前、レモンのバディが彼の体を抱き支えた。背後の彼に礼を言うと、希人は立ち上がり右手に握り締めた邪竜の牙を見つめる。

 牙の縁は刺々しい歯が乱立しており、それが〝かえし〟になって引き抜く時に傷口を更に抉る。鋸歯きょし状縁の牙は容易には抜けず、力ずくで引き抜けば傷口を広げてしまう。

 本来なら対象に麻酔をかけ、牙の周りを切り開いて取り出すのが得策だ。

 しかし、今彼らの手元にはそれを可能にする道具はない。

「オイ! アンタの恐竜まずいぞ!」

「えっ……サラ! 避けろ!」

 希人が処置に当たっている間もサラと邪竜の戦いは続いていた。

 身を翻し、邪竜は鞭の様な尾で打撃を放つ。サラは姿勢を下げ攻撃をかわすが、一瞬動きが止まってしまった。


 その隙を逃さず邪竜は追撃を加える。

 長い腕から骨刀が振り下ろされ、正にサラの頭部を切り付けんとしていた。


「サラ!!」

 皮肉にも希人の声はサラに届いていなかった。



 ……しかし、現れた黒い弾丸が斬撃を受け止め、骨刀を跳ね返す。

 長い首の先に長い嘴を持つダチョウの様な顔が見えた。

 その頭部を覆う兜の鼻先は長く伸び、サギ類の吻を思わせる。

 強化樹脂で作られたその吻は、そのままダチョウ竜を守る為の剣と成り代わった。

 ダチョウ竜は吻端を邪竜に対して突き付けては離れ、注意を自らに集めさせる。


「篭目さん!」

「希人!」

「翁さん?! それに修大まで……」

「ミリー! そのまま注意を惹きつけて!!」

 ダチョウ竜・ガリミムスのミリーが駆け付けた。同じ方角からはちかげと修大も遅れて姿を現す。

「篭目さん……今、どういう状況ですか?」

「崎乃さんから指示を仰いで毒を吸い出そうとしていたところです! でも邪竜の牙が傷口に突き刺さっていて……」

 息を切らしながら問いかけるちかげに、希人は現在のレモンの状況を説明した。

 傷口から毒を吸い出す必要があるのだが、鋸歯状縁の牙は引き抜きにくい。

 無理に引き抜けば、傷口を広げると同時に苦痛を伴う。その度にレモンの体力は消耗していく事になる。


 牙の数が一つ二つなら、無理に引き抜く選択もあったかもしれない。

 だが、現在レモンの体に食い込んでいる牙の数は大小合わせて三十近い。

 その分だけの激痛が全身に走れば、衰弱していく事は容易に推測できる。また、牙を引き抜く度にレモンが暴れれば処置は困難になり、遅れが出るだろう。

 しかし手をこまねいている間も、毒は全身に回り続ける。これ以上処置が遅れれば、それこそ手遅れになってしまう可能性が高い。

「なら、麻酔薬があります」

 そう言ってちかげはリュックから麻酔薬とDF用の呼吸器を取り出した。太いチューブを直接鼻に挿し、麻酔薬を吸いこませる物だ。

 彼女は〝可能であれば〟ガリミムスの機動力を生かし、傷ついたDFの元へ駆け付けて手当を行う任務も請け負っていた。

「呼吸器を通して麻酔薬吸わせる事は可能ですが、それにはレモンが自分の意思で薬を吸い込む必要があります」

「なら俺が……」

「ダメだ、修大」

「なんでだよ!?」

 納得が行かないと言わんばかりの剣幕で食いかかる修大に、希人は冷静に告げる。

「今、レモンのバディになっているのは修大じゃないよね? レモンが助かったとしても、バディとの連携が取れないようじゃDFとして生きていく事はできない」

「…………」

「まぁ、今の俺が言えた義理じゃないけどさ……でも、裏を返せばそれだけレモンを失えない理由になる。……だから、協力してくれますよね?」

 最初は修大に対して語りかけていたが、いつの間にかその視線はレモンのバディである男に向いていた。消え入りそうに儚い希人の表情からは、自責の念が感じとれる。

 彼の言葉を受け、男はレモンの鼻に呼吸器のチューブを挿しこみ、レモンへ鼻から呼吸する様に指示を出す。



 ――ギョオオォォォォ!!

 希人たちがレモンの手当てにあたる一方、邪竜の苛立ちは最高潮に達していた。

 ミリーが兜の吻端で突いてきた方を振り向けば、背後から近づいたサラが牙で肉を抉る。サラへ向き直り肘の刀を振りかざせば、サラは華麗なバックステップで回避した。

 すると今度はまたミリーが背後から突いて来るのだ。

 二騎のDFは、〈ヒット・アンド・アウェー戦法〉で邪竜の注意を惹きつけ、食い下がり続ける……。


《突き刺さっている牙の周囲を先に切って広げて。鋸歯で抉られれば、傷口もそれだけ歪な形になるわ》


 瀞からの指示を受け、希人とちかげ、修大の三名は牙の取り出しに当たっていた。物資に含まれていたナイフを使い、レモンの傷口を切り広げ慎重に邪竜の牙を引き抜く。

「あともう少しだ……翁さん、そろそろ吸引器の準備お願いできますか?」

「はい、わかりました!」

 作業に当たる人数が三人に増えた事により、作業は着々と進んでいた。大部分の牙は抜き終え、作業の終わりが近い事を確認した希人は、ちかげへ次の段階への準備を促す。

「これで最後だ……よし!!」

「まだ終わりじゃないよ、修大。翁さん、次頼みます」

「はい」

 最後に残っていた牙を修大が引き抜くと、入れ替わりにちかげが傷口の前に立ち、リュックから吸引器の吸い口を傷口に当てた。邪竜に噛まれたDFの処置をする為のものだけあり、モーターを動力にした高い吸引力をもつものだ。

「行きます!」

 ちかげが吸引器のスイッチを入れると、レモンの体内からは血液に混じって邪竜の毒液が吸い出されていった。ホースを通り、吸引器の中には禍々しい青紫色をした毒液が溜まっていく。

「そちらは大丈夫ですか?」

「あぁ大丈夫だ。まだ眠っている」

「良かった……ご協力に感謝します」

 毒の吸い出しが順調に行っている事を確認すると、希人はレモンの状態についてバディに確認をとる。彼には麻酔薬を吸わせる指示と同時に、レモンの状態を見ていてもらう様に頼んでいたのだ。

 麻酔の効果が切れるまでに牙を抜き終える事が出来た希人は、安堵のため息をついた。


「それにしても凄い格好だな……」

「えっ? ……あぁまぁちょっと汚れちゃいましたね。ハハハ」

 顔を引きつらせるレモンのバディ。鮮血に塗れたレモンに肉薄し、希人はその処置に当たり続けていた。跳ね返った血液が体中に飛び散り、彼自身も鮮血に塗れている。

 男性にしてはキメ細かい肌も、よく手入れされた栗色の髪も、今は大部分が赤く染上げられ、遠目に見れば希人自身が怪我人に間違われてもおかしくない程の汚れ方だ。

「まぁ、こういうこと初めてではないですからね……」

「篭目さん、もうそろそろ毒の吸い出しが終わります!」

「了解です! ……じゃあ引き続きレモンの観察をお願いしますね」

 そう言い残し、希人はちかげの元へ駆け寄って行った。


《毒を吸い出したのね。OK、じゃあ次は傷口の洗浄と消毒をお願い》

「〝洗浄〟って言っても、どうすれば……」

「消火栓を使いましょう」

「そうか、その手がありましたね」

「よし、じゃあ俺がホース取って来るよ!」

 ちかげの提案で近くにあった消火栓を使う事になった。少し水圧は強いかもしれないが、邪竜による咬傷こうしょうは広範囲に及んでいる。少ない水量で地道に洗う事に比べれば、まだマシな選択である。

 ホースを取り出そうと、修大が消火栓の扉へ手をかけた時だった。



 ――ギャン!

 短い悲鳴と共に、鈍く大きい衝撃が地面を走る。

 一瞬の隙を突いた邪竜の尾による打撃が、ミリーを跳ね飛ばしたのだ。

 軽く華奢なガリミムスの体は、しなる長い尾に跳ね飛ばされ地面に叩きつけられる。

「ミリー!!」

 ちかげが恐怖に顔を歪ませる。打ち所が悪かったのか、ミリーは彼女の呼びかけに全く応えない。

「サラ!」

 ――グウオォォォン!

 希人の呼びかけに応え、サラは咆哮をあげ邪竜へ立ち向かう。

 牙を剥きだし邪竜へ突き立てんとしたが、邪竜の長い腕がサラの吻を押さえつけ口を開く事もできない。

「あぁ……」

「大丈夫だよ、翁さん」

「えっ?」

「サラ……」

 絶望に打ちひしがれるちかげに、希人は明るく爽やかな声で語りかけた。そのまま彼はサラへ呼びかける。


 人差し指と中指を立てた右手を鼻の前に出し、右目をつぶった。

 長い腕に捕らわれたサラは、邪竜に抵抗しつつ横目で希人を確認する。


 彼のサインを理解したサラは一度右目を閉じ、一呼吸置いた後に大きく見開いた。

 普段サラの瞳は、鉱石のエメラルドと見紛うばかりに美しい緑色をしている。


 ……だが、現在サラ瞳の色はエメラルドではなく、ルビーレッドに染まっていた。

 その色は徐々に深みを増し、真紅から赤褐色、赤褐色から錆色を超え、ついに瞳は赤黒く染まっていく。


「今だ、撃て!!」

 ――次の瞬間、赤い霧が一筋の弧を描き、邪竜の目元へ向けて放たれた。


 人造恐竜は生み出される過程で、様々な現生生物の採用部分が組み込まれる。

『人との連携を図りやすくするため』『生産性を高めるため』

『原種の生態に関して不明瞭な点が多く、産出後の飼育管理をしやすくするため』

 これら全ての要件を満たし、家畜としての人造恐竜は生み出される。

 ……しかし、発達した遺伝子改造技術の使い道はこれに限らない。

 他の生物の採用部分を組み込む技術は、直接的な戦闘能力の向上にも使われるのだ。


「行け、サラ!!」

 サバクツノトカゲというトカゲがいる。

 そのトカゲは天敵であるコヨーテに襲われた際、忌避成分を含んだ血液を眼から放ち、相手を威嚇する。

 この遺伝子は人造恐竜・アルバートサウルスにも組み込まれていた。

 戦地に送り出すサラの身を案じた希人は、任意でこの飛び道具を使える様、ハンドサインを教え込んでいた。

 不意に敵の血液を浴びせられた邪竜は、鼻をつく異臭と視界を奪われた事で混乱している。

 この好機を逃さんと言わんばかりに、サラは大地を力強く踏み抜き、邪竜の喉元目がけて飛びかかった。

 だが邪竜も腕を伸ばし応戦する。長い骨刀が、サラへと迫った。




 ……今一歩遅かったようだ。



 既に喉笛は寸断され、輝きの抜けた瞳には自らの足が映し出されていた。

 ゴロンという音をたてて、その生首は地面を転げる。


 主を失った巨体は、意思も力もなく地面へ倒れこむ。

 十五メートル近い体が倒れこみ、大地に轟音が鳴り響いた。





「よし! 良くやったサラ!」

 ――グウオォォォン!!

 邪竜を屠ったサラは歓喜の声をあげ、青空を仰いだ。

 身を守るためにした咄嗟の行動が結果的に攻撃の好機を作り、サラは初陣での戦果をあげる。その功績を納める過程で、希人の判断が果たす役割は非常に大きいものだった。


《翁、》

「はい、こちら翁です」

《こちらで邪竜を一体撃退した。そちらの状況を問う》

「はい、こちらも一体の邪竜を撃退する事に成功しました。アルバートサウルスのサラが半水棲型を一体、噛み殺しました」

《そうか……ならば今回出現した邪竜の掃討は以上だ。状況終了の後、帰投する》

「了解です」

 ちかげの通信機に入ったのは、亘からの作戦終了を告げる通信だった。

 現在はミリーの意識も戻り、レモンに対してこの場で出来る応急処置も終了している。ただ、彼女にとっては気がかりな点がひとつ残っていた……。

「おい、テメェ!! よくもレモンを雑に扱ってくれたな……」

「よせ、修大! その事はあとで…………」

 レモンのバディに対する怒りを露わにした修大を引き止めようとした希人。だが言葉を吐く途中で彼は力尽き、その場に倒れこんでしまう。

 糸が切れたマリオネットの様にぐったりと縮こまった体は、しきりに呼びかける修大の声にも無反応だ。

「……おい希人! 大丈夫か!?」

「篭目さん! 大丈夫ですか!?」

 異常を察知したちかげも希人へ駆け寄る。

 やわらかい彼女の手が触れた肌は、大量の汗と血液で湿り気を帯びていた。

本当、熱中症には注意しましょう。

あと毒蛇による咬傷の応急手当についてですが、

専門の方以外が下手にナイフで切って傷口を広げると、雑菌が感染する恐れがあります。

また口の中に傷がある場合は、口で直接吸い出すのも危険が伴います。

まずは傷口を洗浄して、患部を温めるといいらしいです。


アウトドアを楽しむ方も多いと思いますが、体調管理や安全管理には木をつけましょう!

(↑“木をつける”って何だよ。ナ●トル?ド●イトス?)


では!!

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