第1話 信頼している
「イリビア、これが我が国の宝魚だよ。私が帰ってくるまで、大切に育てていて欲しい」
「承知しました。絶対に大切にみています!ですから、ルイス王太子様はご心配なさらず、遠征に行ってらしてくださいませ」
小さな三角屋根の木でできた1軒家のドアの前で、イリビアは水が入った透明の袋を両手でしっかりと掴んで持つ。その袋の水の中では、金色の体色にカラフルなラメ色が散りばめられた、中型の魚が2匹、優雅に泳いでいる。
「ありがとう。イリビアなら安心して任せられるよ。なにしろ、昔からこの宝魚に何かあると国が滅亡すると言われているからね。先祖代々、大切に育ててきたものだから、私も信頼できる者に預けたかったんだ」
「そんな大切なものを私などに…身に余る光栄でございます」
スカートの下で膝を曲げて丁寧にお辞儀をするイリビアだが、手で持っている宝魚が重くて腕はもう限界だ。
(気を利かせて、何かケースに入れて来てくれればいいのに…例えば水槽とか)
イリビアの中にいる人物は、本来この国の人間ではない。元の世界で、仕事後にソファに腰掛けたところ、溜まった疲労からか、ついうたた寝てしまい、気がついたらこの異世界に転生していたのだ。
転生した先は、ある貴族の公爵令嬢イリビアだった。そして、イリビアはこの国のルイス王太子と面識があったようだ。
何回か公的行事で顔を合わせ挨拶するうちに、なぜかルイス王太子に気に入られたイリビアは、ルイス王太子からほぼ毎日のように手紙が届くか、会いに来られ、気が付けばかなり親しい間柄となっていった。
だが、そんな矢先、イリビアの両親は美しいイリビアを国外の王族と結婚させようと企み、それに気が付いた国王に、それは息子を冒涜する行為だと怒りをかい、イリビアの両親は爵位を剥奪されイリビアを含む全員が屋敷を追い出された。
そして、罰としてイリビアの両親は国外追放となったが、ルイス王太子が国王を必死に説得した結果、イリビアだけは国内に留まることができたのだ。
もちろん、今現在は貴族ではなく、一般市民だが、それにも関わらず、変わらずイリビアに会いに来てくれ、信頼しているというルイス王太子の言葉に、イリビアは深く感動していた。
「ですが、ルイス様、本当によろしいのですか。いくら親しいとはいえ、我が国の宝である宝魚を、国王様直々に罰を受け、爵位を没収された貴族落ちの者に預けるなど…」
ルイスの執事が、訝しげな目つきでイリビアを睨む。
「そのことは、既に話し合いをしただろう。私がイリビアがいいと、そう決めたのだ。その話はもうやめだ」
真っ直ぐな真面目な性格に、背が高く端正な顔立ちをした王太子は、この国の貴族令嬢のみならず、国外の王女からも人気だ。
「ルイス様、そろそろご出発のお時間でございます」
家来の言葉に、ルイスはイリビアに向き直ると、真っ直ぐに見つめる。
「イリビア、あとはよろしく頼む」
「承知いたしました」
ルイスは笑顔でイリビアに手を振り、遠征へと出発した。
「さて…預かったはいいけれど、まずはこの宝魚のお魚さんを、どこかに入れなきゃだ」
手に持ったビニール袋を目の前に掲げると、宝魚は、イリビアの顔に怯えもせずゆっくりと優雅に泳いでいた。
「信頼してもらうのは嬉しいけど、突然持ってこられても、こっちの世界には水槽とかないし、う〜ん、どうしよう……あ!そうだ!」
イリビアは思い出した。
元の世界には、ビオトープというものがあったことを。




