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11章 聞こえますか

「失礼します」


誰か来た? スーツ姿の中年男性だ。


「…親父…」


「なんだ、来ていたのか。もう来ないんじゃなかったのか」


吉野父来た?! 来ちゃった? もう??

吉野が心底当惑した表情で父親と向かい合っている。みんなの表情や体が固くなる中、吉野父は一道さんに歩み寄った。


「吉野と申します。息子がお世話になっているようで…」


「初めまして、吉野さん。天津一道と申します」


一道さんが手の汗をズボンで拭いてから握手のため差し出す。

緊張してるな。


あまつ、ひとみち。

苗字、ちゃんとあったんだ。

初めて知った。


「親父、聞いてくれ、俺…」


「話は家で聞こう。まずは自分で彼と話してみたい」


そう言われて吉野は下を向いて黙ってしまった。うーん、家でも聞いてもらえるのかしら…。


「天津さん、率直に申し上げます。私はあなたが子どもたちに有害なことをしていないか、事実を確かめに来たのです」


わー、そうなるよね、やっぱり…。


「大切なお子さんも参加されているとなれば、ご心配はごもっともと存じます。ちょうど、毎回来てくれている子たちもいますので、彼らの声も含めて何なりとお尋ねください」


笑顔で丁寧に返してはいるけど、一道さんがまた手をズボンで拭いてる。やっぱ、緊張するよね、そりゃ…。


「恐縮です。…そうですね、では、天津さんは少し外していただけますか。この会の印象をみなさんに聞いてみます。」


「わかりました、僕はあちらにいますから、終わったら声をかけてください」


そう言って、向こうへ行ってしまった。

あ、アップルパイは持っていくんだ。


え、これ、あたしたち答えるやつ…? うわあ…。






「失礼するよ」


一道さんがいた所に吉野父が座る。うわ、なんか一気に別の場所になったみたいだ。なにこれ。


「さて…息子から聞いたんだが、何でも若者に変な事を吹き込んでいるようだね」


いきなり決めつけ? 話聞くんじゃなかったの?


「あの、おじさん」


「なんだね」


やや見下ろすような態度にもめげずに、ほのかは続けた。


「どんな事を吹き込まれたって聞いて来はったんですか?」


「ん? 何でも、権力なんて必要ない、権力に頼る人は馬鹿げている、とか」


どこからわいて出たんだ、その話。


「そんな話はありません」


「ふむ…? では、どんな事を教えられたのかね」


何だろう、なんかとっても話しにくい大人だ…。

加藤が続けてくれた。


「あの、吉野さん、加藤と言います。自分はここに来て、一道さんから直接、何か具体的に教わった感じは正直ありません」


お、うまいこと言った。


「そうかね。では、ここで何をしているのだね」


「何を…」


加藤が考え込む。わかる。「これこれをしてました」ってシンプルに言えない所がこの場所のいい所であり、不思議な所でもあるのだから。


「あー、あれっスね。みんなで青春してたって言うかー」


「…さっぱりわからん」


「あれー?」


浅田…。


「アタシが話します」


さっちん出撃だ! あたし、援護する!


「アタシは最初からここに来ています。誰よりもこの場所をよく知っているつもりです」


そう、そうなんだぞ。隣から、声にならないエールを送ってみる。


「一道さんはずっと、アタシたちの話を聞いてくれました」


「話を? なぜ」


本気でわからない、とでも言いたそうな表情で吉野父が問うた。


「なぜかはわかりません…けど、一道さんは、アタシたちが『話を聞かれる必要がある』と気づいてくれたからだと思います」


「どんな話だね」


吉野父がややイライラした調子で問う。あれ、政治家のお仕事って、市民の声に耳を傾けることじゃなかったっけ。


「アタシの、とても柔らかくて傷つきやすい部分の話ですので、デリカシーなくいきなり聞かれても話せません。ここでは、そういう心のとても繊細な部分の話も多くされたんです」


「話せないのかね」


吉野父が脚を組む。思い通りに行かなくて苛立ってるぽい。


「はい、話せません」


きっぱりと言い切るさっちん。いいぞ、かっこいい。


「…他に話せる人はいるかね」


「はい」


勇気出した。あたし、がんばる。


「ええと、この場所って、なんか不思議なんです」


「ほう」


うー、話しにくいー。同じ大人なのに、一道さんとはなんでこんなに違うんだろ。

でもがんばる。


「え、えっと、今まで当たり前と思ってたことや、あきらめてたことを、もう一度揺さぶられると言うか…」


「なに? 具体的に話してくれ」


吉野父が身を乗り出して来て、パリッとしたスーツにしわが寄り、まっすぐにこっちを見てくる。整髪料系のにおいが鼻をついて、あたしの体がさらに緊張したのを感じた。


「あ、ぁ、あたしの場合、最初に『君たちはなぜ学ぶんだい?』って聞かれたんです」


「ほぉ」


アゴに手を当てて聞いている。あ、ちょっとは興味持ってくれてるのかな。


「そしたらあたし、なんだか腹が立ってきちゃって。あたし、普通怒ったりしないんです。ましてや、初対面の大人になんて。でも、質問を聞いてから、それまで『仕方ない』とあきらめていた何かが刺激されて、一道さんについ食ってかかっちゃったんです。『そんなの、大人は誰も真面目に考えてもくれないし、答えてもくれない! あなたには答えはあるんですか!』って」


「興味深い質問だね。彼は何と?」


あ。

あたし、ひらめいちゃった。


「吉野さんの答えも、聞かせてもらえますか?」


「む?」


ふふふ、困ってる。答えられないだろー。


「…より良い世界を作るため、が一つ。また、知ることは力でもある。政治の世界で力を得て、良い世界を作るため、が政治塾で学んだ私の答えかな」


がーん。なんかすごい答えされちゃったよ。答えに詰まるかと思ったのに。


「それで、天津さんは何と?」


「…理を知り、理に則って生きるため、と」


「…ほう」


吉野父、嬉しそうな、感心したような、初めて見る表情をした。あ、やっぱりすごいのかな、一道さんて。問いにあっさり答えられて負けた気がしてたけど、一矢報いた気持ちになったぞ。


「あたし、こう思ってました。『大人は子どもたちのことを真剣に考えてくれない、正面から問いかけに答えずに、言いくるめて従わせてくるものだ』って。でも、一道さんは違った。あたしの問いに、真正面から向き合ってくれた。そう感じました」


言った、あたし言ったぞ。あたし、えらい。誰か褒めて。


「…思ったより、しっかりしているのかもしれないね」


何だろう、吉野父、うれしそうに見える。




「オレもいいっスか」


…浅田…! 変なこと言うなよ…! 頼む…!


「どうぞ」


さっきのやりとりがあるからか、吉野父、あんまり聞きたくなさそうだけど、あえて「どうぞ」って言ったっぽいな…。


「あざっス。えっと、この場所って、さっき『青春してる』って言ったじゃないっスか」


「ああ」


表情、また渋くなっちゃったよ。どきどき。


「あれ、オレけっこうマジで言ったっスよ。若者が青春するのって、いいことじゃないっスか」


「羽目を外すのも青春、と言われたら、それには反対する、とだけ言っておこう」


うわあ…やな予感しかしない…。


「何て言うっスかね、その、ここ、ともかく楽しいんスよ」


「どんな風に」


「そうっスねー、なんて言うか、絆? みたいな」


「絆かね」


吉野父がピクッと反応した。いい反応だといいけど、まだ読めない。


「そ、絆っス! なんか、ここにいると、どんどん仲良くなっていく感じですっごく楽しいんスよ。心の壁が無くなっていって、なんか心地いいんス」


「…ほぉ…」


あ、いい感じの反応ぽい。いいぞ浅田!


「どうやって、壁が無くなっていくのかね」


「あー…それは他のメンバーに任せるっス」


…シュート決めるまでは至らずか…でも、ナイスアシスト浅田!




「じゃ、次はウチが」


行けーほのかー! 決めろ、ハットトリック!


「吉野のお父さん、ほのか、言います。吉野くんとは…この學び舎で初めて話しました」


「そうか、息子と仲良くしてくれて感謝する」


軽く頭を下げる吉野父。


「いやそれが、そう仲良くもないんやわ…なんや、息子さん、みんなの中でけっこう浮いてはったんや。なんや斜に構えとるし、自分だけいろいろ知っとる、みたいな顔して、なかなか腹の内見せへんから、長いこと謎なやつやったん」


いやほのか、それいくら何でも切り込みすぎじゃない…オフサイド取られちゃうよ…。


「…」


わああ、なんか難しい顔になってるし。腕組みに加えて、ふんぞり返りまで追加されちゃったよ。


「ほんで、吉野くんが一道さんに政治の話を學び舎でしたい、言うたけど断られてん。ほしたら、『お前も他の大人と同じ、話を聞くふりをするだけだ、結局意見を押しつぶすんやないかー』ってキレて、そんでお父さんに報告が行ったらしいねん」


うわあ…ほのか、ハットトリックどころかいくつシュート放つの…大丈夫なのこれ…。


一道さんがこっちをチラチラ見てる。話は聞こえなくとも、何かしらの異変を感じてるのかも。


「…息子とは、あまり仲良くないようですな…」


うつむいて、押し殺したような声で答える吉野父。


「すまんなあ、おっちゃん。でも、まだ続きがあるねん。こっから、ええとこやねんで。でな、吉野が帰った後に…」


「あ、ここからは自分に話させてもらってもいいかな」


加藤が申し出た。


「せやな、あの場にウチおらんかったからな。頼むで加藤っち」


「うん、ほのかありがとう。お父さん、吉野が怒って帰った後、自分たちは吉野について話し合いました。その時、一道さんがこう言っていたのが印象的でした。『吉野くんの悪口会だけには絶対にしないでほしい』そして、『僕からの話を聞いて、全体をわかった気にならないでほしい。両サイドから話を聞くまで、全体像は見えない』この二つを一道さんは自分たちに教えてくれました」


「…なんと」


吉野父の口が軽くぽかんと空いている。さすがに予想外だったようだ。まあ、あたしたちにとってもそうだったけどね。


「自分たちは吉野が、何か自分の手に負えないものを背負って苦しんでいるのではないか、と話し合いました。また、浅田くんからお父さんのご職業についても聞かされ、初めて知りました」


「…そうか、息子は、私の職業は言っていなかったのですね…」


心なしか吉野父の肩が落ちる。


「お父様が政治家と聞いて、今までの吉野の発言がいろいろつながりました。権力、国、東大エリートに官僚、トップダウン…自分たち高校生が普段あまり考えないようなことを、吉野はいつも考えていたように…」


「…加藤、もういいよ」


静かな吉野の声が場を制した。そうだ、吉野いたんだった。


「あ…吉野、すまない、お前のことなのに、喋りすぎたな…」


「…いや、こちらこそすまん。俺はこの場で発言を求められていないと思って黙っていたから、代弁してくれてむしろありがたいとすら思ってる」


…吉野、今までのをどんな気持ちで聞いてたんだろ…。なんか、悪いことしちゃったかな…。


「でも、せっかく本人がいるんだ、俺が喋ってもいいだろ、親父」


「…好きにしろ」


改めて腕組みをしてふんぞり返る吉野父。うーん、仲悪いのかなあ。


「話し合いの次の日、ほのか、さっちん、未来は俺のところにわざわざ話に来てくれた。キレて出ていった奴のところに、わざわざ話に来るか、普通? 正直、驚いたよ。お人好しにもほどがある、ってな」


わ、吉野が生の本音で喋ってる! 地味にすごくない、これ?


「だけど、ほのかが言ってくれたんだ。一道さんが俺の話を聞かないんじゃない、俺が鎧を被って心を開いてないだけじゃないのか、って」


吉野父、眉をぴくりとだけ動かした。


「その時は何言ってるかわからなかった。けど、今日こうしてもう一度ここに来た。そして、気づいたんだ」


「何をだ」


吉野父が姿勢を正し、吉野を正面から見据えた。視線と声色に凄みが増した。ううう、胃が痛い…。


「一道さんは、俺をないがしろにしてたんじゃない。正しさという安全地帯から人を見下していたのは、俺の方だったんだ、って」


吉野…!


「だけど一道さんは、俺たちのことを『神様から与えられた、いい子たち』って呼んでくれた。彼は本当に、俺が鎧を脱いで本音を出すのを待ってたんだ。それだけだったんだ」


「ちょっと待て」


吉野父の強い言葉が有無を言わさず吉野の話を止めた。今すぐ逃げ出したくなるほど、空気が重たい。


「お前、鎧を脱いだのがそんなに嬉しいのか」


吉野の目が困惑で見開かれる。なんだ、何がおこってるんだこれ。


「今まで散々教えて来たろう、政治の世界は鎧なしでは渡って行けぬ。政治の世界では、人は弱さや弱みを使って人を利用しようとする。だからこそ、私はお前が傷つけられないよう、鎧の付け方も教えてきたつもりだ。知識や権力は、政治の世界で潰されないための盾であり鎧だ。お前、その鎧を脱いで何がしたいんだ」


吉野の口元が震えている。やめてよ、いくら何でもかわいそうだよ! そう思っても、それを口に出す勇気はあたしには無かった。


「この子たちは鎧を脱いで青春ゴッコをしていればそれでいいかもしれない。しかし、お前までそうなってどうする?! お前は周りとは違う! いや、周りと同じになってはいけないんだ! 私はお前にとても期待している、だからこそ、これだけ厳しく躾けてきたんじゃないか!」


吉野、何かを言い返そうとするも、言葉にならない…そんな風に見えて、あまりにも痛ましい。吉野が諦めたかのようにうつむきかけた、その時。


「どう、違うんですか」


いつの間にか一道さんが輪に加わっていた。一道さん、助けて…! お願い!


「何だ、まだ話は終わっていない。勝手に戻って来るな」


「吉野さん、どうか息子さんの目を見てあげてください」


「目? 何を言ってるんだ、他人の家の事情に首を突っ込むな!」


「吉野さん、あなたが求めているのは、こんな目をした息子さんなんですか」


「何を言って…」


「親父!!!」


ぬわ、びっくりした…! 吉野、すごい声…。


「親父にとって、俺は政治の道具なのか、将棋の駒なのか、それとも、あんたの息子なのか…俺は、あんたの、何なん、だ…」


吉野、泣きながら怒ってる。ううう、吉野に同情しちゃうよ…ずっと孤独に戦ってきたんだな、吉野は…。


「あんたは、昔っからそうだ! 俺が楽しいことや不思議なものを見つけて話しかけても、それを『くだらないもの』みたいに言って冷たく突き放して、政治の厳しさをとうとうと話して聞かせるんだ。幼い俺がどれだけ寒々しい想いでそれに耐えてきたか、あんたは知らないだろ!」


「お前、急に何を言い出すんだ…」


「うるさい! 今まで溜め込んだこと、この際ぜんぶぶちまけてやる! 俺が小二の時、絵のコンクールで賞を取った時、あんたは俺に何て言ったか覚えてるか?」


「…そ、そんなもの、覚えているわけないだろう。何を言い出すかと思えば…」


「『政治にそんなものは必要ない』あんたはそれだけ言ったんだ! 褒めることも認めることもせずに、政治に関係ないものはとことん切り捨てていった。まるで、政治に関わること以外は無価値だと言わんばかりに!」


うわあ…これは同情しかない…。


「それは…む、それは、すまなかった…確かに、少々やり過ぎたかもしれんな…」


「まだあるぞ…小三の時、あんたの誕生日を母さんとお祝いしようと、サプライズを準備していた時のこと、覚えてるか」


吉野父、口に手を当てて思い出そうとしている。視線があちこちに泳いでいる。覚えてないな、これは。


「あんたは、俺や母さんとの約束を忘れて、真夜中に酔っ払って帰って来たんだ!」


うわあ…それはドン引きだわ…。吉野がこうなるのも、無理もないわ…。


「いや、あの時は選挙の大事なタイミングで、その…」


「俺はそんなことが聞きたいんじゃない! あんたは家庭より、家族より、政治の方が大切なのか!! どうなんだ!!!」




しん…。

下公が静まり返った。

気づけば、風一つ吹いていなかった。


「…俺は、あんたの誕生日を、家族で祝いたかった…それだけ、だったのに…」


吉野は下を向いたまま、涙を拭うこともなくこぼれるに任せていた。


「…お父さん、聞こえますか、息子さんの痛みが」


一道さんがいつもの優しい調子で語りかける。吉野父はすっかり憔悴した様子で、口を押さえて俯いていた。


なんか、二人ともかわいそう。


吉野はお父さんが大好きだし、

お父さんは吉野に立派な政治家になってほしかったんだろうし、

自分も政治家として成功したかっただけなんだろう。


なのに、なんでこんな風になっちゃったのかな。

やるせなくて、胸の奥がむずがゆくなる。


「吉野くん、勇気を出して本音を聞かせてくれて、本当にありがとう。君は、本当に素晴らしい若者だよ」


吉野がしゃがみ込んで泣き崩れる。この人、どれだけ溜め込んできたんだろう…。




「お父さん」


一道さんが吉野父に近づいて語りかける。


「吉野くんのあなたへの乱暴な『言い方』そのものは、僕はよく思っていません。父親であるあなたには、敬意を払うべきだと思うからです」


一道さんは、さすがにそれは公平すぎない?

てか、今そこ?


「ですが、恐らく初めて口にしてくれた息子さんの痛みと、今日まで耐えてきた想いを…これから少しずつ、受けとめていって頂けたら、と願っています」


吉野父は一気に十も二十も老け込んだように見えた。力なく元の椅子に座り込むと、頭を抱えた。

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