8章 保健室の語らい
その日は、蒸し暑かった。
まだギリ五月なんだけど? 早くない?
教室では早くも携帯ファンがあちこちで回っていた。
「ミックー、あついよー」
ほのかが情けない声を上げる。あたしに言ってどうなるというのか。
「しかも次、体育とか…あかん、溶けてまう…」
そう言ってあたしの机の上に軟体動物のようにへたり込む。
「ほんとに溶けたら、何とかして回収してあげるから」
「頼むわー。型に入れて冷凍保存でお願いな」
「いや体育、マジ燃えるっしょ」
「浅田のボディ、なんなんー。耐熱マシンなんー」
「電子レンジだって行けちゃうかも、なんちゃって」
すげぇ、体育会系恐るべし。
「あーーせめてプールにしてほしいわー」
ほのかがフラフラと席に戻っていく。机にほのかの跡がついていた。ちょ、拭いてってよ。
「体育館、地獄やわ…倒れそ…」
「ほのっち、大丈夫? なんか具合良くなさそうだよ。保健室行ったら?」
さっちんが心配する。
「うん、保健室避難案に、あたしも一票」
「まじで…あかん、誰か着いてきて…」
「あたしが行くよ」
ほのかの介添をあたしは買って出て、ふたりでゆっくり渡り廊下を歩いて行った。
「すまんなー、ミック…」
「ううん、いつもありがとね」
そして、少し迷ったけど、あたしは言葉を続けた。
「あたし、ほのかの明るさとかやさしさ、すっごく好き」
「わぁ…そんなん照れるわー…こんな、ボケる元気もない時にそんなん言うの、反則やん…」
反則とは…。
「こんな時にボケなんてしなくていいから。ほら、もうすぐ着くよ」
保健室には先客がいた。
「加藤?!」
「…あー」
「あら、いらっしゃい。どうしたの」
保健室の先生が迎えてくれた。
「ほのかが暑くて具合悪くなっちゃったみたいで…」
「どれどれ…はいはい、ひとまず水飲んで横になりなさい」
ほのかと加藤が隣のベッドに寝ている。なにこのシチュエーション。
「…加藤も暑さにやられたんか…」
「うん…あのあと、なんか眠れない日が続いて…今日の暑さでまいっちゃったみたい…」
「ほうかー…奇遇やな、ウチも最近ずっと夜しか寝られてへんわ…」
「…寝てるんじゃん…」
余裕あるの、ないの、どっち。
「浅沼先生ー、女子がグラウンドで倒れて…」
「え、どうしましょう。あ、櫻井さん、二人のこと少し見ててくれる?」
「え…あ、はい」
なんか、あたしも残ることになってしまった。
「ふふふ…三人で授業サボってこういうの、なんかええなあ…」
「…サボってはないけどね…」
「うん、なんか不思議だね、学校で、休み時間でもないのに」
「…あの会、さ…」
加藤が喋り始めた。
「…なんて言うかさ、その…不思議な場所、だよね…」
「というと?」
あたしが尋ねる。
「うん…なんて言うか…みんなの中で安定してたものや、『これでいい』と固定していたものが、『本当にそれでいいの?』と試されて、揺れ始めて、もう一度考えることになる、みたいな…」
「…ウチはようわからんけど…あ、でも、確かにあの場所に行ってから関西弁出せるようになったなあ…なんか、不安やってん。ウチ一人だけ関西訛りや、ってのが…。みんなとおんなじになって、仲間に入りたかったんかなあ…」
「そうなんだ…知らなかった…自分が来た時には、ほのかさんもう関西弁出してたよ」
「あたし、ほのかの関西弁、好きだよ」
「うわ待ってめっちゃ照れるし…褒め殺されそうやわ…。ミック、今日やけにしゃべるやん…もしや、この日のために送られし刺客…?」
「なにそれウケる」
あ、確かにあたし、思ったこと今日は言えてる感じする。
人数が少ないから、もあるかなあ。
でも、あの『學び舎』を一緒に過ごした、っての、大きそう。不思議だな、まだ知り合ってそんなに経たないのに。
「…あたしは…どうなんだろ」
揺さぶられる…うーん、揺さぶられっぱなし、みたいな気もするけど…。
「…あたし、思ってること、なかなか口に出せなくて…」
「…せやなあ…」
「でもね、内側ではいろいろ考えたり感じたりは、してるんだよ。ただ、すぐ言えないうちに話が別のことになってたり、そもそもあたしの話なんて求められてないのかな、って思って言わないままだったり…」
「…そーんなこと、ないでぇ、ミック…ウチ、ミック見てると、ほっとするんよ…」
「え? どうして?」
意外すぎる。言われたことないよ、そんなこと。
「…なんて言うんかなあ…ほら、ミック、人のこと、バカにしたり、決めつけたり、せえへん、やん…? ほら、『トゲ』が見える女子も、中にはおるやん…ミックにはな、トゲが、見当たらん、のよ…」
「…まだ出してないだけかもよ…?」
「…ほんでもなあ、ミックがいてくれて、ウチすっごく安心するんよ…連れて帰りたいくらいやわ…」
え、待って。
泣きそう。
「…わかる気がする…未来って、何か見聞きしても、すぐ拒否したりはしないよな…一度、受け取ってくれてる感じ、する…」
加藤まで? どしたの、みんな。
さてはこの日のために送られし…。
「ウチなー…ノリは軽いんやけど…案外気ぃ遣いしぃなんよ…でもミックとか、さっちんとかと一緒におると…なんや、心地ええんやわ…仲良くしてくれて、ほんま、おおきにな…」
あ、ダメだこれ。
「うー…ほのっちありがとうーーー」
「わー、暑いてミック…しゃーないなあ、もう…」
そういうガラじゃないのに、ベッドのほのかに思わず抱きついてしまった。
「あれー…みんないる…」
「さっちん?」
「…ちょーっと、がんばっちゃった、みたいー…」
なんでこのメンバーばっかり集まるのか。そのうち浅田とか吉野まで…。
「浅田っちも、いるよー…」
「ウェーイ…はしゃぎすぎたっス…」
いやいやいやいや、なんだこれ。
「まさか、吉野もいる?」
「…ううん…いな、いよ…」
「…おあい、にく、さま、やけど、満、室、やでー…」
「だいじょぶ…ここ…クーラー効いてる…だけで…天国…」
「わわ、さっちんしっかり!」




