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7 魔法学園、入学式イベント

 あれから一週間、私が前世の記憶を取り戻して一週間が経った。

 可能な限りのことをしたつもりだが、一向に不安は拭いきれない。

 婚約者であるミスト様以外とは出会うことは叶わなかった。というかしなかったのだ。怖いからだった……。

 そして、一週間経ったということはつまり入学式イベント、ゲーム本編の開始を意味していた。


 既に入学式の会場である大ホールには、新入生である学生達が続々と入っていっている。

 ここから本当の闘いが始まるのだ。

 ヒロインが入学してきて、私が絡むとそのまま破滅ルート。そうでなくても私の未来はどうなるのかは分からない。

 この最初のコンタクトを改変した時点で、既にゲーム通りではなくなるはずなので、未来の予測が出来なくなるかもしれない。

 未来が分からないのは怖いことだ。

 幽閉される未来が分かっているのはもっと怖いけど……それでも、ルートを知っているのであれば、最善の悪役令嬢回避符ルートでいきたい。


 最初が肝心とは、前世でもよく言われていることだった。

 深く息を吸って、いざ、入学式へと向かう。


「エサルリーゼさん! そろそろ入学式が始まりますよ」

「ええ、そうね」


 横にはいつも以上にフリフリしたドレスを着たクレアが楽しそうに手を握ってきた。

 言われるがままに、私はクレアとホールの中へと足を進めた。





***



 入学式は特に問題もなく、ゲームの通りに取り計らわれて無事に終わりを迎えた。

 そのままクレアと二人で出口に向かっていく人混みを眺めながら、人が少なくなるのを待っていた。


「新入生って、なんか良いですよね!」


 どことなく嬉しそうに頬に手をやりながら手遊びをするクレアは私に聞こえるように囁いた。


「そうね……」

「ん?エサルリーゼさんは違いましたか?」

「えっと、そういう訳ではないのだけれど……」


 こちらを心配するように首を傾けながらこちらを覗きこみ、クレアの潤んだ視線が突き刺さる。

 流石にゲームのことを話すわけにはいかないので、出口の方に視線を移して、暫し黙り込んでから軽く咳払いをした。


「気掛かりが……ね」


 きょとんとしているクレアは、何を言われているのかが分からないといった様子だった。


「何でもないわ。クレア、私達も行きましょ」


 ホールにいた多くの在校生、新入生は既に出口の方に集中しており、出口にいた大量の人のほとんど居なくなっていた。

 

「そうですね。エサルリーゼさん!」


 クレアの返事を聞いて小さく頷き、クレアの手を引きながらゆっくりと出口に向かった。






***

そうして、外に出ると入学式イベントが展開されていた……。


「なあ、このあと少し時間あるかい?」


 全くこの世界のミストには幻滅してしまう。

 どうしてそうも歯が浮くような言葉がポロポロ出てくるのか、女遊びが手慣れてらっしゃる人の典型だと、前世でそんな本を読んだ気がする。


「いえ、これから少し忙しいので……」


 ん?ヒロインの方は喜ぶのでもなく、少し戸惑ったように後ずさりをしていた。

 う~ん……本編だと、どうなったっけ?ヒロインはあんなに困った感じだったかなぁ?

 いざ自分でプレイしていたヒロインの行動なんて、全然覚えてなどいなかったのだ。主観が自分なので、ゲームでのヒロインはその入れ物に過ぎないと……今になって、気が付いた。


「俺さぁ、実はこの国の王子なんだよ。ミストって言うんだ」


 その前に婚約者が居る王子である自覚はあの人にあるのかしら……?


「えっ、でもミスト王子様は確か侯爵家のエサルリーゼ様とご婚約してるって聞きましたが……もし本当ならこんなの良いんですか?」


 あっ……あれ本当に迷惑そうな顔してるわね。

 ヒロインだからコロッとミスト様に落ちそうだけど、やっぱり一人称と三人称からでは違うわね。

 あっ!そう言えば、ヒロインがミスト様に好意を抱くことになるのは、悪役令嬢エサルリーゼからこの場で色々悪口を言われて、それに対してミストが彼女を守ることによってだったかしら?

 よし、イベント消去しちゃえ!


 そのまま、あの光景をスルーして、さっさと教室に行こうとしたのだが……。


「エサルリーゼさん! 婚約者であるミスト様があの様なこと……許してはいけませんよ!!」


 あれを一緒に見ていたクレアがかなりご立腹なようで、ツカツカ音を立てながら災厄のイベントへと向かって行ってしまった……。

 嬉しいのだけど、ここは無視してイベントを無かったことにしたかったわ……。


 渋々クレアに手を引かれながら、そちらへと近付くと、漸く王子も私の存在に気が付いて、表情を歪めた。


 そんなにあからさまに嫌そうな顔をしなくても良いのに。


「何の用だ、エサルリーゼ」


 王子らしく高慢な口調でそう問うてくる。

 すると、私が口を出す前に、クレアが噛みつかんといった勢いで怒りを現わにした。


「何の用だ?じゃありません! 貴方は自分のしていることがどのようなことか分かっているのですか?浮気ですよ!」

「ちっ、下級貴族が! お前には関係ないだろ!」

「エサルリーゼさんを傷付けないで下さい!」


 いや、別に私は傷付いて無いんだけど……ていうか、私とヒロインが蚊帳の外って、どんな乙女ゲームよ。もうクレアがヒロインでいいんじゃないの?

 半ら強引に結論を勝手に出して、それから顔を上げる。


「クレア、そのくらいで。ミスト様と……えっと」


 ヒロインの彼女の名前が分からない為、視線を向けると少しびくりとしたがヒロインの強みか、しっかり察してくれたようで、

「えっと、私はリーリエって言います」と、ちゃんと名前を教えてくれた。


「私はエサルリーゼよ。リーリエさん王子がご迷惑をお掛けしてたみたいで、申し訳ありません」


 そう伝えたく後に深々と頭をリーリエに下げると、なんとあたふた可愛い仕草を見せてきた。こんなにも可愛いヒロインをよくエサルリーゼは虐めることが出来たなと戦慄を覚える。


「いえ、私も悪いです。ミスト王子様に婚約者が居るって知っていたのにこのように馴れ馴れしく会話をしてしまって」

「いいえ、本当にあの王子がいけないのだから気にしないでね。それより迷惑だったでしょ?」

「と、とんでもないです! でも、エサルリーゼ様は、どうして怒っていないのですか?」


 怪訝な顔でそのようなことを聞かれても、そもそも、この馬鹿王子が悪いのだし、リーリエさんは悪くないしなぁ。私としても、ここで彼女を咎めるつもりも無いし、むしろ咎めたら私が破滅してしまうし。


「おい、俺を無視して話を進めるな!」


 そう考えていると、怒りの色を見せたミストが声を荒げた。


「何ですか? あまり彼女に迷惑をかけないであげてください。貴方は王子なのですよ。体裁があるでしょ」

「な、お前俺のことが好きじゃないのか?」


 何を言っているのか、好きか好きではないかで言われれば、別に今は好きでは無いのだけど、もし記憶が戻る前だとしても、この惨事なら止めるだろう。

 というか、そもそも好きか? なんて聞くような状況じゃないだろうよ。


「はぁ、今は別に好きでは無いわ。とにかく、貴方は少しは行動を慎みなさい」

「は……なんでだよ……お、覚えてろよ!!」


 だから何故涙目なのだろうか。訳が分からない。自意識過剰もここまで来ると、凄いと思う。

 そのまま小走りでミスト王子は去っていった。

 うん、なんだが捨て台詞が凄く悪役っぽかった。私が悪役なのだけど……。


「あの、ありがとうございます!」


 颯爽と走り去るミスト王子を冷静な思考のままに見送っていると、後ろからリーリエが思い出したように言った。


「別に良いわよ。迷惑で無かったのなら幸いだわ」

「と、とんでもありません! 私、あまり人と話すのが得意で無くて、助けて頂いて凄く嬉しかったです」


 人助けが出来て良かったわ。本当は関わりたく無かったけど。


「エサルリーゼさん、凄く格好良かったです! やっぱりエサルリーゼさんは、優しいですね!」

「はい、私も格好良かったと感じました!」


 クレアのその大袈裟な言い分に何故かヒロインが同意してしまうという謎展開。

 もはや別ゲーだ。

 いや、そもそも悪役令嬢とヒロインが仲良くお話してるので、既にゲーム設定崩壊なのかもしれない。


「二人とも、持ち上げ過ぎよ。そろそろ戻りましょ、クレア。リーリエさんは新入生だから、あっちの方よ。私達とは逆の棟だけど、気軽に会いに来てもらって良いわよ」

「良いんですか!?」

「ええ、今度ゆっくりお話ししましょ」


「はい!」


 人と話すのが得意で無いと言っていたリーリエだが、かなり嬉しそうに言葉を紡ぐ。これもヒロイン補正なのだろうか? つい、そう考えながら、彼女を見送った。


「エサルリーゼさん、私達も行きましょうか」

「ええ」


 リーリエさんの姿が見えなくなると、クレアがにこやかに私の手を握りながら、そう言ってきた。

 愛らしい彼女は、既に悪役の取巻きとしては、似合わない程に女子力も人としてもポイントが高いと思う。

 

 取り敢えず、私は最初のメインイベントをなんとかやり過ごすことが出来た。


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