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2話

1話→http://ncode.syosetu.com/n8833cz

俺の名前は風間ユウジ。現在卒業間近の大学4年生だ。

色々あったが第一志望だった企業から内定をもらい、悠悠自適の残りわずかな大学生活を満喫中だ。



今日は愛車のアヴェンタドールで海辺までドライブに来ている。


日差しは柔らかく、夏の気配はだいぶ遠のいている。


交差点付近の標識は南に橋があることを告げていた。


俺は闘牛のエンブレムのかたどられたハンドルを右に切る。

車は重心をぴたりと地面につけたまま俺の意に従う。


そこは傾斜のきつい山道で、道の先は森の木々に覆われて見えない。

ほんの少しだけアクセルを踏み込んだ。

愛車(コイツ)のレスポンスは鋭くエンジンに届き、呼応するよう唸り、メーターは一瞬跳ねる。

俺は運転席に身を委ねたまま、深く、全身に闘牛の唸り声が染み渡るのを感じる。


闘牛はまるで悠然と平地を歩くかのように少しの息も切らさず、ただ俺に応えて傾斜をのぼる。


やがて道の両端に見えていた地滑り対策コンクリートの壁が消え、南国風の景観をしたカフェが右手に現れる。

橋は近い。

正面を見るとどこまでも開けた空を阻むかのように巨大な橋脚が現れた。

俺の胸は高鳴る。

俺の車はゆったりと橋脚の下を移動し、らんかんに差し掛かる。

目を向けなくても日差しを反射する水面のきらめきを感じる。

俺は窓を開けた。

心地よい潮風と柔らかい日差しが車内をなでる。


俺は出来る限り空気を吸い込み、目を海に向けた。



海より先に目に飛び込んできたのは助手席に座るミチルの姿だった。



「おうわ!!」


変な声を出した後、あまりの動揺に危うく反対車線に飛び出しそうになる。


「今おうわ!!って言ったわね。面白かったからもう一度お願い」


「お前、どうしてそこに……」


「あなたの膝の上の方が良かった?」


「そんな事言ってねえよ!いつからどうやってその場所にいたんだよ!」


「私は魔女よ?」


相変わらず会話がかみ合わない。

俺は小さく「ふざけんなよ」と呟いた。

この女は以前、俺に人生で最も恥をかかせた女だ。もう2度と会うことは無いだろうと記憶に蓋をし、忘れようと自分に言い聞かせてきた。


「あなた、あの会社に就職するの?」

あの会社とは恐らく俺とミチルが出会ったUCカンパニーの事だろう。


「お前には関係ないだろ」


俺は突き放すように言った。


「そうかもしれないわ」


あいかわらず無表情で抑揚のない声だ。


俺はミチルを睨む。

相変わらず俺の顔をじっと見つめて視線を一切ずらさない。ミチルは黒い長髪に大きな黒い瞳を持ち、まるで俺を吸い込もうとしているかのようだ。


ひょっとしたら対向車のドライバーからは俺がラブドールでも積んで走っているように見えるかもしれない。



さっさとコイツを降ろしたかったが、さすがに片側一車線の橋の上で降ろすわけにはいかない。とりあえず走り続ける。



「それにしてもこの車、乗り心地が悪いわ」


「じゃあ降りろ」


「あら、つれないのね。こんな可愛い娘が隣に座っているんだから少しは喜んだら?」


「俺は自分で自分の事を可愛いとかいう女は嫌いだ」


「どんな女の子が好みなの?」


「少なくとも、人の顔をホウキで突いたり人の車に勝手に乗り込んだ挙句文句をいう女ではない」


「せっかく会いに来たのに、ひどいわ」

ミチルの声が若干の感情を帯びているのを感じた。


「ところで、そろそろ魔法をかけることにする」

そう。喜びの感情を。


ミチルは立てたホウキを両手で挟んでクルクル回している。


水面のまぶしさを感じる車の中で一気に俺のトラウマがえぐり出される。



「やめろ!こんなところで事故したらどうするんだ!」


「ここではやらないわ。魔法をかけることは止めないけれど」


「ふざけんな!」


俺はアクセルを少し深めに踏み込んだ。


キュッとタイヤがアスファルトをこする音がした。


闘牛の瞬発力で俺の体はシートに押し付けられる。

もちろんミチルもだ。



「きゃあ」



ミチルは感情の無い悲鳴をあげる。



橋を渡ってすぐ左手に無人の休憩所があったハズだ。とにかくそこまで行けば……!


景色を楽しむ余裕もなく、俺は汗ばんだ両手でハンドルを握っていた。

今にも隣からホウキで突かれるのではと気が気ではなかった。


俺は強引にハンドルを左に切り、休憩所に飛び込んだ。

シートベルトをしていないミチルの体が、半ば俺に押し付けられる形となる。



ゆっくりとブレーキを踏み込み、ちょうど公衆トイレの前で停車した。


ミチルは振り落とされまいとしているのか、俺のジャケットを握った状態で静止している。



最悪の間合いだった。


「お前、なんでシートベルトしてないんだよ」



謝るのが(しゃく)だった俺は窓の外に目を向けながら言った。


幸い、休憩所内には俺の車しか止まっていない。平日の昼間だから当たり前と言えば当たり前だ。


「……ねえユウジ」


ミチルは固まってしまったかのようにその体勢のまま言葉を発する。

少し俺の脈が早まっているのはバレていないと信じたい。




「もう魔法を掛けているのだけれど」



ファック!!!



***



「今度はどんな魔法を掛けやがった!」

俺はミチルを起こすと、両肩を掴んで叫んだ。



「すぐに分かるわ。ただ」


そこまで言ってミチルは白い歯を見せて笑った。


「ただ、私はあなたの情けない姿が見たいだけなの」



「ふざけんな!」

俺はひとまずミチルと離れるために外へ出る。


少し離れてから振り返ると、そこにはあったハズの車が無い。

そこには俺の愛車、アヴェンタドールがあるはず、だった。


しかしそこにあったのは、というより居たのはミチルではない女性だった。


清潔感のある白いTシャツにデニムのパンツ、少しウェーブがかったセミロングの髪にサングラスを外して掛けている。

その眼は非常に不機嫌そうだ。眉を吊り上げてこちらを睨んでいる。


俺が尋ねようとしたとき、相手が早口に言葉を放った。


「何よあの女」


唐突すぎて何を言っているのか分からなかった。この女から見て「あの女」とは


「どの女のことですか?」


すると何が彼女のスイッチを押したのか分からないが、発火したかのような凄まじい勢いでしゃべり始めた。


「とぼけるつもり?とぼけるつもりなの?あれだけ私をその気にさせておいてとぼけるつもりなの?あなたを毎日大学まで送り届けていたのは誰?毎日ガレージでずっとお喋りしてた相手は誰?辛いことがあったらいつでも一緒に海まで走ってたのは誰?日本中ずっとずっと2か月かけて一緒に旅したのは誰?ところであの女は何なのよ!」


彼女はまるで速射砲のような速さと勢いで詰め寄ってくるが、俺には一切該当する女性が思い浮かばない。


いや待て、これがミチルの魔法ならば、まさか。


「お前、俺のアヴェンタドールか?」


「そうよ!あんたの命より大事なアヴェンタドール様よ!あの女は誰よ!!」


半信半疑で言ったが、全力で肯定されてしまった。

まだ完全に信じたわけではないが、この全く人の話を聴かない感じは、間違いなくミチルの仕業だ。


「待て待て、あれはミチルという名前の魔女だ!」


言った瞬間アヴェンタドールの目がカッと見開かれる。そしてさらに一速上げてまくし立ててくる。


「はい?はいはいはい?魔女?何それ?私はあの女の役職なんて聞いてないんですけど?私が聞きたいのはあの女とあんたの関係なんですけど?それとも魔女さえいれば私はお払い箱っていうわけ?それを察しろって言いたいの?っていうかなんで下の名前で呼んでるの?っていうかなんであの女もあんたのことを下の名前で呼んでるの?そういう関係なの?どういう事なの?いつからそうなの?どこまで行ったの?この私を差し置いて、そんなにあの女のことが気に入ってるの?」


ズイズイ俺のほうに寄って来る。

ここでコイツのペースに流されてはダメだ。それこそミチルの思うつぼだろう。



「待てと言っている」


俺はアヴェンタドール(仮)の両肩を掴んで止める。

いや止まらなかった。おおよそ女とは思えないような馬力でがっぷり詰めてくる。


俺は踏ん張れずに地に足をつけたままズリズリ後ろに押し込まれる。


「何よさっきから待て待て待て待てって!私はあんたの犬じゃないわよ!しいて言うなら牛だけど!モー!!」


どんなに早いタイプライターでも彼女の声には追いつけないのでは、と思うほど高速で口を動かす。速読用CDでもこんなスピードではしゃべらないはずだ。


「やましい事が無いんなら早くあの女狐との関係を答えなさいよ!さあ!さあさあ!どんなやましい関係なの!?早くしないと今度高速道路でエンスト起こすわよ!急カーブでパワステ切るわよ!」


すごい剣幕で詰め寄ってくるその姿はさながら闘牛のようだ。

反論しようと思ったが、ここまで怒っているやつを説き伏せようとすることは火にニトログリセリンを注ぐようなものだ。


察するにコイツは恐れている。今まで自分のことをとても大切にしてくれていた俺というオーナーがそれよりも大切なものを見つけてしまう事、彼女ができるということを。

それなら、その不安を取り除いてやることが大切だ。


俺はアヴェンダドールの目を見て


「落ち着け。俺とあいつはそんな関係じゃない。会ったのは今日で2回目だし、一方的に突っかかってこられてるだけだ。俺はどこにも行かないしお前を置いてどこに行く予定もない」


俺の言葉に少し落ち着いたのか、アヴェンタドール(仮)は突進を止めた。


「本当?」


「本当だ」


「じゃあこれは何?」



アヴェンタドールは俺の顔に右手を突き出す。その手には写真が握られている。


写っているのは俺、とミチルがホテルから仲良く腕を組んで出てくるところだ。もちろん一切心当たりがない。だが一切心当たりがないと言ってもこの女は聞かないだろう。


「どう見ても合成写真だろ」


俺は平生を装って言った。


「そう」


アヴェンタドールは俺のカッターシャツの襟首を両手でつかむと一気に左右に引き裂いた。まるで紙を破るかのように簡単に。

カッターシャツのボタンが勢いよく飛び散る。同時に血の気が引く。



「どうして嘘つくの?ひき殺すわよ?五臓六腑を踏み潰すわよ?そもそもあなたが母親以外の女を助手席に乗せたことなんて無いじゃない。『それをやましい関係じゃない』と言われて、はいそうですかと信じられるほど私は従順じゃないわ」


言いながら強引に俺の上半身の布をはぎ取る。

あっという間に上半身裸にさせられる俺。


「お、落ち着け」


アヴェンタドールは無言で俺のベルトを掴むと、これまた簡単に引きちぎった。

100歩譲って怒っているのは分かる。それは分かるがなぜ服を脱がせてくるのかは分からない。



なんだこの状況。魔女の魔法で人間になった愛車に詰め寄られて身に覚えのない浮気?を責められ身ぐるみはがされた上に殺されかけている。


俺はこのかみ砕けも飲み込めもしない状況にパニックになりそうだった。落ち着け、落ち着け俺!


ふとアヴェンダドールに目をやると、デニムのポケットから白い布がはみ出している。それは俺が普段車内を拭くために置いているタオルだと気付いた。


俺はとっさにそれを手に取る。

すでにパンツまではぎ取り終えていたアヴェンタドールはタオルに目をやると目を細めた。


「お前が言った通り、俺はお前と出会ってこの3年5か月、何よりもお前を大切にしてきた」


俺はしっかりアヴェンタドールの目を見据えた。


「お前は覚えているか?俺がまだバック駐車に慣れてなくて縁石にぶつけたときのこと」

「痛かったわ」


アヴェンタドールは瞬時に言葉を返してくる。

「けれどその後の授業も放っぽりだしてすぐ修理に連れて行ってくれたし運転中に何度も謝ってくれたから怒ってないわ」

「親友だと思ってたやつから金を盗まれて、どうしようもない気持ちになってぶっ飛ばして海まで走ったこと」

「あなたが車内で思い切り叫ぶからうるさかったわ」

気が付けばアヴェンタドールの顔から怒気が消えている。

「だけどずっと強がって澄ましてるあなたが私にだけは弱みを見せてくれて、嬉しかったわ」


俺はゆっくり頷き言葉を続ける。


「俺にとってお前はずっと大切な存在だったし、それはこれからもは変わることはない。約束する。俺は絶対これからもお前を大切にする」


俺はしっかりアヴェンタドールの目を見ていった。


アヴェンダドールは目を見開いたかと思うと、涙をこぼし始めた。

その表情は人間の女そのものだ。

今更だが本当に車なんだよな……?


「私も、覚えているわ。日本一周中にガス欠をを起こして汗だくになりながらJAFが来るのを一緒に待ったことも、謎の集落に入り込んで追いかけられたことも、夜の峠道で地元の走り屋と戦ったことも、全部覚えているわ。全部全部、本当に楽しかったわ」


俺は手に持ったタオルでアヴェンダドールの涙を優しくぬぐった。


「ありがとう。あなたの車で良かった。とても幸せだわ」


案外ちょろい。だが思わず俺ももらい泣きしそうになったので目をそらす。

社会人になったら新車に買い替えようと考えていたのは内緒にしておこう。そもそも今日のこの体験で買い替える気が無くなった。これからもコイツに乗り続けよう。大切に大切に、乗り続けよう。



俺は深呼吸してからまたアヴェンタドールの顔を見た。


そこにいたのはアヴェンタドールではなくミチルだった。



「うわ!」


俺は思わず飛びのく。


「何よ人を妖怪みたいに」


「そもそもお前魔女だろ……」


俺はまるで現実に引き戻されるかのように冷静になった。



「いかがだったかしら?」



相変わらず俺の質問に答える気はない様だ。



「何がだよ」



「何ってナニのことかしら?」



「……ナニ?」

俺は意味が分からず聞き返す。


「一つだけ教えてあげる。今まであなたが見ていた女は実物じゃなくて、あなたの脳内が作り出した虚像。つまり、妄想。あれが女に見えていたのはあなただけ」


つまり、アヴェンタドールは……。


「自分の愛車を随分と美化したようね。脳内彼女とお喋りするのは楽しかったかしら?」


「お前と話すりよはな」


それが俺の言い返せた精一杯の強がりだった。先ほどまでいたアヴェンタドール(仮)は、本当に(仮)だったということか?だとしたら恥ずかしすぎる。ミチルには俺が一人で車に話しかけているように見えたということだ。


ところで気になっていたのは、ミチルが先ほどからチラチラと


俺の下半身に目をやることだ。


「ねえ、そろそろ隠したら?」


「ん?」

自分の体に目をやると、イチジクの葉一枚まとっていない、生まれたての姿を晒している。そこで初めて自分が全裸であることに気付いた。


俺はとっさに両手で股間を隠す。


「お前、いつから……!」


「何を言っているの?自分で脱いだんじゃない。『落ち着け落ち着け』と言いつつ車に頬を擦り付けながら上半身を、ボンネットの上を転がりながら下半身を露しゅブフッ!」


ミチルは耐えきれなくなったのか噴き出した。

そんなに面白かったのか。キャラ崩壊するほど面白かったのか。



俺は恥ずかしいを通り越しておかしくなりそうだった。いや十分おかしかったのだが。


車に語り掛けているだけでだいぶイってるが、

そのまま車と喧嘩をしながら服を脱ぐ男の姿はさぞ面白かったに違いない。


「どんなストリッパーでもあそこまで面白い脱ぎ方は出来ないわ。パーフェクトよ。今日はこれをオカズにご飯を食べることにするわ」


またいつも通りの真顔になったミチルは淡々と語る。


さすがに頭に来た俺が怒鳴りかけたとき、ミチルの後ろに人影があることに気付いた。目をやると、


品の良い老夫婦が心配そうにこちらを凝視している。おじいさんの方は携帯を耳に当て、どこかに電話をしている。



「彼らも目撃者よ。一緒にあなたのストリップを観察したわ」



何かが俺の人生の中で終わりを告げた気がした。


俺は一目散に車内に戻ると、そのまま一気にエンジンを始動させ、

休憩所から走り去った。



気のせいかアヴェンタドールはいつもよりご機嫌な気がした。



            終


読んで頂いてありがとうございました。またのお越しをお待ちしております。

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