「とくべつ」*2
私たちはオーナーの行きつけだという結構年季の入っていそうな小さな焼き鳥屋に来ていた。
オーナーを合わせて8人の私たちが入るとそれだけでお店はいっぱいになった。
「雨宮さんはここに連れてくるの初めてだっけ?」
オーナーはビールを豪快に飲みながら隣に座ることになった私に言った。
「はい、初めてです」
「そうかそうか。いいとこだろ?焼き鳥も絶品だよ」
私ははい、と頷いたが、絶対に自分ではこのお店は選ばないなと心の中で思った。
けれど、はいよっと威勢のいい店長さんに熱々の焼き鳥を渡され、オーナーにどんどん食べなと急かされて口にしたそれは、本当にすごく美味しかった。
「おいしい…」
オーナーは自分が焼いたかのように自慢気に、だろ?と笑った。
おかしな話だけれど、そんなオーナーを私は少し可愛く思えてしまった。
23時を過ぎたころに解散となり、オーナーは酔っ払った足でそのまま歩いて自宅に帰っていった。
歩き始めたオーナーの背中に口々にごちそうさまでしたと伝え、他のみんなもばらばらと帰宅した。
そんな中で、会社に車の鍵を忘れてしまったことに気付いた私は、とても申し訳なく思ったが一番言いやすかった安野さんに事情を話した。私はお店を開ける鍵を持っていない。
すると、隣で話を聞いていた野上さんが、あ、俺トイレに行きたいから代わりにいったげるよ、と安野さんに変わって引き受けてくれた。
(まさかこんなことになるなんて…なんか緊張しちゃうなぁ…)
本当は、少し嬉しかった。
初めて思い切り笑った顔を向けてくれたあの時から、私は野上さんのことが気になり始めていた。
少しでも話せた時には無性に嬉しいし、またあの笑顔を向けられることがないかと期待してしまう自分がいる。
「すみません、明日も早いのに着いてきてもらって…」
夜の小道は街灯に照らされても薄暗く、夏の暑さをまとう風の中に湿ったにおいがした。
「気にしないでいいよ、本当にトイレ行きたかっただけだから。俺んち、ちょっと遠いからさ」
野上さんは本当に優しい。
仕事をしている時の真剣な顔と、話をしているときの柔らかい笑顔は、同じ人のものだと思えないくらい違った雰囲気を醸し出しているのに、それでいて両方とも同じくらい優しい。
会社までの距離をたわいもない話をしながら歩いた。
野上さんは歩くペースを私に合わせてくれた。
「野上さんは、どうしてここに入ったんですか?」
「うーん…絶対にここが良い!って思ってたわけじゃなかったんだけど、専門学校の先生に勧められたんだ」
「そうなんですか…」
「今はね、本当にここを紹介してくれてありがとう先生!って思ってる(笑)」
少し酔っ払っているのかもしれない。
いつも以上に野上さんは明るい声をしている気がする。
「でも…最初は今みたいに、明るくなかったんだよ」
「えっ…?」
私は少しドキッとした。
この胸の内の言葉に対して答えられたようで。
「今でこそ、仕事中の雰囲気はいいけどさ、俺が入ったばっかのときは男3人で全部の商品作ってたから。いつもヒヤヒヤしてた。長瀬さんもいつもピリピリしてて。だーれも何も喋んなくてさ。俺まだ何も出来なかったから常に戸惑ってたよ」
ふわふわと笑って野上さんは話してくれた。
私は見当違いだったことに内心ホッとした。
「そうなんですか…?なんだか想像できないですね」
「だから俺は、そういうの嫌だったからできるだけ仕事中もいろんな人と話をするよーにしてんだ。もちろん無駄話してたら長瀬さんに怒られちゃうけどね」
やっぱり素敵な人だと思った。
私が悩んでいたときも、何気なく声を掛けてくれた。
本当に、優しい。
だけどそれは、”みんなに”だけど。