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 『ラーメンショップ-エニグマ-』はチェーン店ではない。

 ラーメンショップ-エニグマ-は、その店長である謎川終維治がお客を第一に考え、試行錯誤を繰り返しながらお客に美味いラーメンと幸せな時間を提供する空間である。

 暖簾をくぐれば、笑顔で元気な店員さん達と店長。

「お、いつものお二人さんいらっしゃい!」

「「いらっしゃいませ!」」

確かにそこには温かい空間がある。

「どうも」「こんばんは」

でも二人は沈んだまま。

「……どうしたの、二人とも浮かない顔して」

「レッドカードとネギみそ」

マッチは突っ張って、心配する店長の言葉を遮るように注文を並べる。

今だけは外からのコンタクトが傷跡にひどくしみる。だから触れないでほしい。体から心を抜き、身代わり人形を作って喋らせる。吐く言葉は見えないバリアに

なって人を拒む。そんな普段とは真逆の無愛想なマッチにも店長は笑顔で

「胡麻団子はいいのかい?」

いつもマッチが頼む胡麻団子を忘れていないか確認したり、至っていつも通りの対応をしてくる。

「ああ。忘れてた。そうそう。胡麻団子を一つ」

マッチは笑うけれど、それはあくまでも身代わり人形の笑み。偽物。でも自然に出る笑み。

それはつまり笑いたいのにちゃんと笑えない苦しみを表に出す行為。

本人が意図しているかは不明だけど確かにそれはSOSで、でも、それは俺には虚しいものに思える。だって、人を遠のける偽物の殻がSOSを出したってしょうがないじゃんか。

「以上で?」

「以上で」

二人でこくりと人形のように頷くと、店長はいつも通りの笑顔で

「あいよ!」

といつも通りの調子。

結局、店長は無闇に近づいて来なかった。

彼は注文をメモして二人を四人掛けのボックス席に座るよう促すと、厨房の奥にさっさと引っ込んだ。

店長は二人のこんな様子を見て何も思わないような人じゃない。

察してくれたのだ。

自分がすべきことはあれこれお節介をやいたり無駄に気を遣ったりすることではなくて普段通りに接することだとわかってくれたのだろう。

身代わり人形達をきちんと席に座らせなくちゃ。

 二人で姿勢正しくシートに腰掛けて黙っていると、店員さんがお冷やを運んで

きて、二人の前に優しく置いた。

頭を下げて

「ごゆっくりどうぞ」

とだけ言うと。店員さんは去っていった。

 沈黙は続く。

 バリアの中で、身代わりの後ろで、ずっと逃げ道を探していた。

世代交代という現実から逃げるための通路。差別化、工夫、進化、奇跡。

「   」

声もかけられなくて。結局、逃げ道は一本も見つからなかった。

 ラーメンがそれぞれ運ばれてきて、そして、やっと二人は目を合わせた。

目を合わせた時間が何秒だか何時間だか何年だか過ぎて、身代わり人形に心を入れ直して 、それでやっとマッチが口を開いて、そして、

「あの……さ……」

何度も目を伏せたり上目遣ったり。とにかく迷いが表に出ている。

「おう」

「えっと……さ……」

「おうおう」

「……あの……その……さ」

散々言いづらそうにしてから

「…………いただきます」

マッチは両手を合わせた。

言いたかったのは絶対にいただきますじゃない。俺でもわかる。

じゃあ、マッチは何を言おうとしたんだ?



 『辛い』のイメージを体現したスープは、こちらを噴火口を覗いているような気分にさせてくれやがる。

赤い欠片がいくつもついた麺をずるずると美味そうにすするマッチはやっぱり化け物だ。

仕事帰りか夕飯に来たかの大人たちも奇妙なものを見るような視線をこちらに注いでいる。

悪い心地はしないし、この視線には慣れてきたはずだ。なのに今も、大きなプレッシャーを感じている。

その正体はわかっている。

――猫型ロボット。

 ラーメンを平らげたら、話し始めるしかなかった。

「新型だってさ」

「ねー」

「どう思う?」

「そう訊ねるこまさんはどう思うの?」

「俺か」

「そう」

「仮八先輩もこんなんだったのかな、みたいな事を思ってる」

「ああ」

仮八先輩というのは、俺たちの先輩にあたる改造人間だ。

他にも先輩は何人かいたけれど、みんなぽつりぽつりと姿を消して、でも仮八先輩はかなり長い間、二人の面倒を見てくれた。

その仮八先輩はどんな気持ちだったのかな。

「なるほどね」

マッチはふんふんと頷いて

「こまさんは年上好きか」

「違うわ!」

思わずキレた。

マッチは咳払いで仕切りなおして、

「確かに性能はわたし達より下みたいだったもんね。……勝てなかったけど」

先輩はどんな気持ちで二人に稽古を付けたのか。世話を焼いたのか。

「先輩、強かったもんね」

稽古を付けてもらっていたけれど、結局一度も勝てなかった。先輩対二人で、絶対に条件では勝っているのに。なんでか勝てなかった。

先輩は強かったのだ。

「なんで強かったんだろうね」

「え?」

なんで?

……なんでだろう。そういえば、考えたことがなかった。

「先輩の強さの秘密」

「なんでだろな」

もしも俺やマッチがもっと強くなったら博士は二人を捨てないだろうか。

捨てるとは言ってなかったけど、捨てられたようなものだ。新しいのあるから古いのいらない。要はそういうことだ。

でも、こっちで新しい何かが見つかったらあるいは。もしくは、向こうが失敗作ということになりやしないだろうか。

 そんな風にあくどいことを考えていたら、マッチが呟いた。

「強くなりたいなあ……」

確かに。強くなりたい。

「そうだな」

「どうしたら強くなれる?」

「先輩みたいに?」

「そう。考えてみようよ」

「おう」

どうしたら強くなれる? 先輩のように。

先輩の強さの秘密は何だ?

先輩と俺たちとの違いは何だ?

……先輩は俺たちと違って胸が大きかった。

そう思い至ったのと同じタイミングでマッチが勢いよく机に突っ伏した。

それで一言。

「胸か…………」

同じ事考えてやがった。

でも、昼間と同じことになるのは面倒なので、何かフォローしないと。

「だ、大丈夫だって。多分。他に何か秘密あるから。突破口的なものがさ、きっと、な?」

マッチは突っ伏したまま動かない。

他に秘密はないか。先輩。何か強さの秘密。どうしたら強くなれる? どうしたら必要とされる? どうしたら見捨てられない? どうしたら自分の価値を作れる? どうしたらこの現実を打破できる?

…………わからない。

 むくり。と、マッチが体を起こした。

さらさらの黒い髪。

「…………ねえ」

「ん?」

マッチは何かを見つけたかのような表情をして、無造作にレッドカードラーメンの皿をこ

ちらへすーっと押してきた。

それから彼女は口を開くと、

「このスープ飲み干せなかったら、わたしとセックスしてよ」

笑顔でそう言ったのだ。


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