終
見つかったのは逃げ道でも突破口でもなかった。
マッチが見つけたものは、逃げ道の作り方だった。
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ヤケになって全く歯止めが利かない古潟小町と、何の気力もなく一切拒まない駒沢トオルの相性は、まあ悪くなかったのだろう。その証か何かは知らないが、時計の針が下り坂を駆け降りて勢いがつく頃、二人はリビングで脱力し、ただただ時間が過ぎるのをボーッと眺めていた。
ゆらりと上半身を起こしたマッチはそのままの姿勢でしばらくぼんやりしているようだ。
背中に張り付いた、濡れたりべとついたりした黒い髪が、白っぽくて薄い背中に紋を描いている。
別にそれで何かを思うわけじゃないけど。意味は求めないけど。何かを考えるわけじゃないけど。
けれど、ただ、今は何も考えずにいるだけでいい。それだけが、何も考えないでいる事だけが、今、唯一の幸せだ。
だからこそマッチはこれを選んで、俺を誘ったりしたんだろう。利害の一致。取引は滞りなく成功して、二人はこんな血迷った行為に溺れている。
これでいいのか。
長い目で見ると、「いい」というのは嘘になる。
逆に今だけを考えたら、これは採るべくして採った選択だ。これしか道はなかったと言ってもいい。
それに、今だけは何も考えたくない。
マッチも多分同じだ。マッチも。
そのマッチが突然、声を出した。
「あ……あああ…………!!」
普通じゃない声。
気がおかしくなった時のような、歯がゆさに縛られた時のような声。でもそれでいて、苛立ちはあまり感じられない不思議な響き。
どちらにしても何にしても、それは絶望が体を撃ち抜いた時に口から鳴る音。声だとかそういう次元の話じゃない。これは信号のように、何かを知らせるようなものだ。声よりももっと抽象的。
「何。どうした」
頬をフローリングから離して体を起こすと、こちらが起き上がったのに気づいたのかマッチはこちらを振り返った。
「わたし達、まともな人間じゃないのに。なんで。なんで、こんなこと、してんだろ…………」
後半、マッチはもう涙を流し始めていた。
「……」
問いかけのようで疑問のようで問題提起のようで、でもどれも微妙に違って、違うから、なんて答えたらいいか、俺にはわからなくて、
答えられない俺に、マッチはまた口を開く
「こまさん……」
懇願するような、追いつめられたその瞳に怯まなかったと言ったら嘘になる。さっきまで好き勝手やっていた人間が内側に何を抱えていたかなんて想像できないから。
しかしながら俺は、その目に不意を突かれたというわけでもなさそうだ。
……ということは、こんな顔をすることを、わかっていたのか? そうなのか?
「何?」
もしそうだとしたら。わかっていたとしたら。
だとしたら、抵抗しなかったのは哀れみ?
だとしたら、髪を舐めたのは同情?
だとしたら、名前を呼んだのは憐れみ?
だとしたら、スープを残したのは同情?
もしそうだとしたら、何?
マッチは口を開いて言葉をこぼした。
「嘘でもいいから、愛してるって言って」
傷なら舐め合わないと。同じ病ならお互い憐れまないと。あそこなら舐め合わないと。
「愛してる」
囁いた。
そうでもしないと、そうでも言わないと、そうやって逃げないと、俺は生きていられない。逃げないとどこかへ散って、消えてしまうから。多分、マッチも同じだから。
だから、逃げ込んだここだけは平和にしないと。
これだけは平和なものにしないと。
おしまい。




