26「キャラと上位存在」
波乱のセラ女王即位三十年記念式典が終わり、洋介もまた宿屋へ泊まった。帰り際に、チシャを含めた亜人達からもお礼を受けてもいた。
だが、洋介には疑問があった。以前まではキャラから顔を出していれば制御できていたのだが、オウロソは全く制御できなかった。それはなぜなのか、疑問はつきなかった。
「なんで、オウロソは……」
宿屋のベッドで、目を閉じながらそんなことを考える。成金オークや貴婦人は絵だけで、設定が書き込まれていないので乗っ取られることはなかった。怪鳥フランソワとかは顔を出したがゆえに制御できた。
しかし、オウロソは顔を出しても制御できず、精神世界ではスタロトたちに押さえつけられる始末だった……。前にも、精神世界で自立する彼らを見た。彼らの生を肯定したいと言ったからなのだろうか? と、疑問や思いが頭の中で錯綜していた。そして、次第に意識は遠のいていき……洋介は眠りに落ちた。
洋介が目を覚ますと、目の前にあったのは……以前見たような宇宙のような空間。精神世界のような世界。洋介の周りには、自分が今まで変身してきた、ノートに書かれていたキャラ達が浮かんでいた。
「この空間……またか」
バフォーメ達に、なぜ自分たちを否定したのかと問われた空間。そこで彼らの生を、肯定したいと返答した。
そして、そこに彼らはいた。スタロト、バフォーメ、シェイド、そして新たな存在オウロソ。この四人が空間にいた。
「君たち……」
「フゥ~フッフッフ、ご主人様、あなた様に会いたい人がいるらしい」
「会いたい人……?」
バフォーメが横に動くと、そこにいたのは豪華そうな椅子に座った、シルクハットを被りインバネスコートとマントが混じったような服を着た、長い銀髪の何者か。シェイドとは違うその人物に、洋介は見覚えが無かった。
「……誰ですか? 俺のキャラじゃないですよね」
「誰か、だって? 人間というのは相手が何者なのかを知ることによって、定義を知り自らの中にある枠組みにはめようとする。本当は違うのかもしれないのに」
まるで哲学書のようなセリフを吐いたその人物は、シルクハットを目深にかぶっているせいで、顔はうかがい知れない。だが唯一見えるその口元だけは、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべていた。
「質問に答えているようで、答えてないセリフだ。そういったセリフはよく読んできたし、書いてきた。で、あなたは何者なんですか?」
「ふむ、どうやらこういう言葉は君にとってはあまり意味のない言葉のようだ。私は君たちのように『世界』にいる人間ではなく、その外側で観測したり、ちょっとしたイタズラをしたり、時には壊したりもする存在。まあ君たちの言葉で言えば『神』という存在かな」
「はぁ、神様ねえ。ひょっとして今見ている怪人風の紳士の姿は仮初の姿で、本当はもっと悍ましい姿だったりします?」
その言葉を洋介が言った途端、洋介の目に映ったのは、光り輝く何か。だが、その光は「見てはいけない」と、本能や脳が最大級のアラートを鳴らす光だった。
「あああああっ!」
恐怖の叫びをあげる洋介。すると光は消え、豪奢な椅子に座る怪人風の紳士がそこにいた。
「ハハハ、ちょっと刺激が強すぎたかな? あれでも抑えたつもりなんだがね。まあ、これで私が君たちより上の存在だということを理解してくれたかな?」
「は、はい……目が焼き切れそうでした……」
「これは、君に親しみを持ってもらいたくてしている仮初の姿でね。さて、話を本筋に戻そうか。君は疑問を持っているはずだ、なぜ神様みたいな存在が、自分の所に来たのか……だろう?」
「……はい。そんなあなたがなんで、俺なんかの所に来たんですか?」
「そうだな。元の世界での君は、はっきり言って特別な存在ではなかった。どこにでもいる、平凡な人間だ。夢だけは一丁前に高かったがね」
「余計なお世話ですよ」
「だが、君にはほかの人間より違う能力がある。それは、創造力という力。無論一流などよりは劣るが……それでも確かにその能力を持っている」
創造力。確かに自分の世界で一流という領域ではないものの、その力を持っていることを改めて自覚する洋介。神と名乗る何者かは続ける。
「世に出ている作品というものは、既存のパッチワークであり完全なオリジナルは存在しないとは言う。だが、そのパッチワークをどうやって自分流に染め上げるか……そういう能力を持っている人間はなかなかいない。特に君たちの世界に架空の存在とされるものや、存在しないものを作り上げる力は、決して簡単に身につくものではない」
「……それが、なんだって言うんです」
「自らの頭の中で別の世界を作り上げ、そこに住まう者たちや環境を作り上げる……そして、そういったあいまいな存在を文字や絵に描き起こし、作り上げる……頭の中で作れる人間は意外といるが、それを形にする能力というのは、簡単に得られるものではない。まるで神にも似た所業、無から有を生み出すのは人間に与えられた最上の能力だ」
「確かに、そういう力はほかにはないですよね」
「その能力が違う世界で通用するのか? 私はそれが見たくて、たまたま選ばれた君を異世界に飛ばしてみたわけさ。それに、少々現実ではうまく行っていなかったのもあるし、ちょっと気分を変えてもらおうと思ってね」
「ええ……」
そんなくだらない理由で、自分をこの世界に呼び出したのか……? と自分の境遇と、神を名乗る何者かの理不尽さに洋介は嘆いた。はぁとため息をついた後、何者かに向き直る。
「最初はどうしようもないと思ったんだがねえ、ちょうどよく異世界で創造力を生かせるアイテムを手に入れた。そこからはもうとんとん拍子じゃないか。やはり能力に見合ったモノがあれば、生かせるものだねえ」
ケラケラと笑うその何者かに、呆れる洋介。だが、神を自称する者はバフォーメやスタロトなどをいとおしそうに触る。
「そして……スライムという物体を介して、自分の生み出した生き物をこの世に顕現させた。素晴らしいことじゃあないか」
「ひょっとして、あのスライムもお前が用意したものなのか?」
「いや? さすがにアレは予想外だった。まさかあんなに都合よく、君の創造力を生かせるアイテムがあったとはねえ。神様もビックリしちゃうくらいだ」
「……そーですか」
神様もビックリするような確率で、あんなものがあったのか……と、内心呆れた。誰が何の意図で、あんなものを置いていたのかはわからない。だが、とりあえずあの時スライムがあってよかったなあ……としみじみ思うのだった。
そして、神を自称する者は目深に被ったシルクハットをさらに深く被る。そして、洋介に問いかける。
「さて、鈴鹿洋介君……君はこれからどうしたいかね?」
「どうしたいか……だって?」
「君はこの世界で何をしたいか、ということさ。君は元の世界に帰った時、異世界の文化や食生活、種族などをまとめて自分の創作の糧にしようとしている。だが、君はこうも思っている。この世界は、結局元の世界で描かれた二番煎じの世界ではないかと。そして種族や文化の細かいところなど、読者は見ようともしないのではないかと。そうも思っている」
ドキ、と心臓にナイフを突き立てられたかのような気分になる洋介。実際、この人物は自分の思っていたことを鋭く当てていた。
異世界のリアルは、自分の世界ではファンタジー。だがそうであるがゆえに、既に他人によって描かれたものではないかという不安。そして設定を詰めたところで、読者はそんなものを求めていないのではないかという、ある種の自虐があった。
「なんなら、今ここで帰るかい? 元の世界に。スライムを置いていくことにはなるが、ちょうど事件も良い具合に片付いたし、別にこの世界に未練はないのだろう?」
「……確かに帰った方がいいのかもしれない、でも……」
「でも?」
「ここで帰ったら、またモヤモヤして小説とか漫画とかに、ちゃんと向き合えずに終わると思う。自分はまだ、この世界で『何か』を見つけていない。それを見つけられなかったら、また今までの自分に戻るかもしれない」
「ほうほう……」
「それに……お前たち、まだ動き足りないんだろう?」
バフォーメ、スタロト、シェイド、オウロソの四体を見やる洋介。その視線に、四人はうなずき返し言葉を紡ぐ。
「あのノートに書き連ねた文字や絵だけだった俺たちが、こうして動けるんだぜ? そりゃあ自由に動きたくもなるだろ」
「フゥ~フッフッフ……それに、ご主人様は私たちの生を肯定したいって言ってくれましたからねえ」
「主人やスライムを介さなくてはいけないが、こうして我たちは一人一人独立できたからな」
「洋介、我々にとって貴様は創造主であり、王であるのだからな」
口々にそう言った彼らに、洋介は報いたいとも思っていた。一人の生き物として独立した彼らなのだ。生み出した責任というものを、洋介自身感じていた。
それを見て、神と名乗る何者かは今までのニヤニヤした笑みから口元を歪ませ、不気味な笑みへと変えた。
「ハハハ……! そう来たか! 面白い奴だよお前は! わざわざ苦難の道を歩むとは! その選択、後悔するなよ? 戻るチャンスを棒に振ったのかもしれないのだからね!」
高笑いをした後、神を名乗る彼は椅子ごと消えてしまった。まるで、初めからそこにいなかったかのように。その光景を見た洋介は、決意を固めた。
「俺のことを面白がっていたのか……変な奴。だが、俺がアイツに言ったことも事実なんだよな。傍目から見ていたら、そりゃあ面白いのかもしれないな」
そして、この精神世界で自立する四体の彼ら。そんな彼らに近づき……。
「この俺を……助けてくれるか? みんな」
「無論」
「ほかの奴らも、今すぐ出たがっていますよォ!」
その言葉に安堵する洋介。すると、視界が歪み目の前の世界が消える。意識が遠のいていき、暗闇の中へと埋没していく……。
目を覚ました時には、宿屋の天井が見えた。
「魚人族の姿や暮らし、そしてテラリアの街並みや営みなどを、ノートにまとめた。それに、リナさんのことなども書いたけれど……」
ベッドから起き上がり、カーテンを開いて景色を見つめる。それは、自分が見慣れていない景色。
「まだ……帰れないよ。この世界、まだ見てないものがたくさんあるかもしれないのに……」
洋介の決意は、揺らぐこともあるかもしれない。それでも創作者として、やらなければいけないことがあると思っていたから。
第一章『アウトプットフィールド』完




