陽織、料理を失敗する
翌週、陽織は姫花の3ヶ月検診のついでに、絵梨花のお祝いに寄った。
将人はレイリーに行っているのでいない。綾人も家に戻っているらしい。
「おめでとうございます。」
と、陽織が顔を見せると、絵梨花がすぐに気づいた。
2人目も男の子の絵梨花は、女の子が欲しいと言う話をする。陽織は男の子を3人、と美咲から言われているので、少し羨ましく思う。
「でも、陽織様はあと4、5人は産まないとダメですよね。」
と言われて、なんで?と聞いてしまった。
「神鬼先生から聞いてないんですか?」
と言われて、首を横に振る。
黎人は、あと4、5人は欲しい、とは言ったけど、ダメ、とは言わない。
美咲は男の子は3人以上とは言うけど、4、5人とは言ったことはない。まだ、陽織が知らない何かがあるの?と、陽織は絵梨花に聞こうとしたが、出産直後の彼女に、無理なことは聞かなかった。
今日は姫花と2人なので、陽織はベビーカーに姫花を乗せて、神鬼のところを訪ねた。
神鬼はちょうど、のんびりお茶をしていたところで、陽織を歓迎してくれた。
「お久しぶりですね、陽織さん。姫花ちゃんも大きくなられて。」
姫花はベビーカーの中で、取っ手についたおもちゃめがけて、足をバタバタと蹴っている。
陽織は、ふっくらと言うには痩せすぎだが、以前よりは少し女性らしい体型になってきた。
「あの、お聞きしたい、ことが、あるの、ですが。」
陽織はまだ、神鬼は自分に隠したいることがあるのじゃないか?と、思ってはいる。
すごく大切なこと。
陽織が黎人と絵梨花から聞いた話をすると、神鬼は困ったような顔になる。
「陽織さんは、あと何人くらいお子さんが欲しいですか?」
神鬼に聞かれて、陽織は困る。あと何人って聞かれたら、ゼロって答えるに決まってる!
なのに、どうして?
「わたしたち神家は、神様の血が薄まらないように、適度に鷹人くんのような、神様の子どもと婚姻を結んで、子孫を残しています。それは分かりますね?」
はい、とうなづく。
「織子様は、12人の神子さまを残しました。その中には、神月や神代家と婚姻した者もいます。」
「じゅう、に?」
「その次の神様と花嫁様は、お子様が8人。その次は花嫁様と神子様は、戦時下で命を失い、結果他の花嫁様を待って、新たに娶りましたが、その方はお1人だけ。そのため、他の花嫁様をと、なったため殺されました。最終的に4人いました。最初の花嫁様は5人産みましたが、2人は戦争で亡くなったそうです。」
せん、そう。え?殺された?
「あの、どうして殺されたんですか?」
「簡単な理由です。神様の神子を生まない花嫁は不要だからです。花嫁は死ねば新しい花嫁が生まれる。でも、その時の神様は、戦争で亡くなった花嫁様のことが忘れられず、結局3人目を娶ることなく、天界に取られました。」
不要?神子を生まない花嫁は、不要?
「黎人さんはいつも、陽織さん以外は嫌だと、おっしゃいます。それは知ってますよね。」
「は、い。」
「ただでさえ、あなたは2度も流産、あ。」
神鬼はここまで言って口をつぐむ。
2度?は?流産?
2度って?
「わたし、いつ、流産、したんです、か?」
「いえ、言い間違いです。すみません。」
「いつ、ですか?」
「だから。えと管理栄養士の実習で。」
「はい、覚えてます!」
「だから、その気をつけて下さい。」
「それじゃ、一度目は?」
神鬼は言わない。
「黎人さん、しってますよね?たぶん、東山先生も。もしかしたら、両親、も?いつ、です、か?私、なんで、覚えて、ないんですか?」
陽織が立ち上がって、神鬼の前に出る。
「違いますよ。間違いです!」
「嘘です!なんで教えてくれないんですか?」
「あなたは、知らない方がいいからです!」
「どうしてですか?」
「あなたが苦しむからです!」
いつも、そうだ。
黎人も同じことを言う。
知らなくていい。
「私のことです。私だって、もう、子どもじゃない!ちゃんと、受け止めます。だから、教えて下さい。」
陽織はそう言って、頭を下げた。
神鬼はしばらく考え込み、誰かにメールを打ち、そしてまた、考えて、やっと口を開いた。
神鬼は黎人に話したことと、全く同じ話をした。
唯一違ったのは、鷹人がお腹の中にいた時、陽織の前に現れたのが、その時の赤ちゃんだったかもしれない、と言うこと。
わたしは、あの子に、わたしの子じゃない
そう、言っちゃった‥。
陽織はそのまま、床の上に座り込んだ。
わたし、2人も、人を、殺した。
「陽織さん、だめですよ!受け止める、と言ったのはご自分です!しっかりと受け止めて下さい。」
「それ、じゃ、その、わたしはまだこれから、たくさん、生まなくちゃ、いけないんですか?」
「あなたは、自分が、子どもが欲しくないからと、鷹人くんや姫花ちゃんを置いて、命を断てますか?」
陽織はただ首を横に、振った。でも、無理。
そして、姫花も同じ思いをしなくてはいけないのか、と思うと、怖くなった。
その日、家に戻り、夕飯を作りながら姫花と遊ぶ。
ふ、とした瞬間に自分がやらかした2回の失策を思い出す。人を、殺した。
それだけじゃなく、わたしは姫花のことも。
姫花はちゃんと産まれた。
でも、この子も花嫁だ。
夕飯の支度に集中しようとするのに、単純作業になると、どうしても思い出してしまう。
野菜を切りながら、茹でながら。箸が止まる。
お鍋が噴きこぼれてハッとする。
冷しゃぶにしたのに、野菜がクタクタになっている。
う、なんか美味しくなさそう。
自分で作って自分で突っ込む。
夕方、鷹人が美咲と帰ってきた。
「たっくん、おかえりなさい。」
と出迎えて、手洗いとうがいをさせる。
「ママ、お目目赤いよ?」
と言われて、ちょっとびっくりする。
(やだ!腫れてる!)
黎人が遅くなると言うので、鷹人をお風呂に入れて夕飯にした。
「ママ、お野菜、の、煮物?」
「んと、煮過ぎちゃった。しゃぶしゃぶもどき?」
鷹人は笑って食べてくれた。
「なんかよくわかんないけど、美味しいよ。」
と、慰めてくれた。
「ママ、ご飯失敗して泣いちゃったの?」
「そう。」
と言ったら、頭を撫でてくれた。
その頃会社では、蓮也が黎人に、鷹人の跡取り教育の話しをしていた。
「まだ、早いです。」
「でも、あの子は賢いぞ?」
「せめて、支えてくれる、下ができるまで。」
黎人が答えると、蓮也がため息をついた。
「いつ、できるんだ?と言うか、そのつもり、あるのか?」
黎人には、そのつもりはある。
でも、陽織は?
もし、陽織がもういらない、と言ったら、どうなるんだろう。
黎人は思わず、身体が震える。
そんなこと、考えたくない。
嘘でも良い。
子どもを産むと言って欲しい。
陽織を2度と失いたくない!
黎人が遅くに帰ると、陽織だけが下で待っていた。
「寝ていて良かったのに。」
「大丈夫だよ。」
陽織が顔を上げると、変な顔をする。
「なんで、泣いてたの?」
え?お風呂であんなに洗ったのに!
「おかず、失敗しちやった、から。」
と言ったら、それだけ?と、笑ってくれた。
ベビーモニターは、なんの反応もないので、とりあえず黎人が夕飯を食べて、お風呂から上がるのを待った。
そして、一緒に2階に上がる。
神鬼が話す前にメールしたのは黎人のところだった。
黎人は何も聞かないで、ただ陽織を抱きしめた。
「一度めは、僕の責任だから。ごめんなさい。高校生の陽織が、子ども産めるわけないのに。僕が勝手なことしたから。」
陽織は首を横に振って、黎人の胸で泣きながら眠った。
朝起きたら、もっと目が腫れていた!
やばい!
「ママどうしたの?また、ごはん、失敗したの?」
鷹人が聞いてくる。
「ううん、怖い夢見ただけ。」
そう答えたら、また頭を撫でてくれた。
その週は本当に忙しくて、黎人は毎日遅くなった。
そして金曜日の夜、黎人が帰宅すると、陽織は夕飯の用意をする。夕飯の後、お風呂に入っていると、後片付けをして、先に2階に上がってしまった。
姫花でも泣いたのかな?
そう思いながら、部屋に入った。
ベッドに入ろうとして、黎人はびっくりした。
結婚して5年。一度もなかったことが起こった。
「えと、陽織、さん?何してるの?」
目の前には、一糸纏わない陽織が正座している。
しかも、三つ指ついてお辞儀する。
「その、よろしく、お願いします?」
えー?えー?何してるの?
「その、恥ずかしいので、あんまり見ないで、下さい。」
イヤイヤイヤ、初めての時から7年。
今まで、こんなことなかった!
「え、と。いいの?」
「良いとか、その、今更って言うか。」
黎人はクスッと笑って、そのまま陽織を抱いた。
「珍しいね、陽織からって。」
「うー、あんまり言わないで!だって、他の人に、取られたくなかったんだもん!」
「取られるって、誰が?」
黎人はわかって聞いてくる。
もう!意地悪!
「僕は陽織以外の人なんて、興味ないよ?」
「わたし、黎人さんの、その、赤ちゃん、いいよ。たくさん、産んでも。」
え?神鬼先生、それも話したの?
「わたし、黎人さんが他の人、ってイヤ!だもん。」
その日は午前4時ごろ、姫花が泣き出してお開きになった。




