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第9話 ちゃんと冒険者になったんだけど

第9話です。

異世界生活にも慣れてきた4人ですが、今回は社会の厳しさを学びます。

 王都の外れに広がる森は、村の周囲にあった森よりも人の手が入っているようで、それでも一歩奥へ踏み込むと、湿った土と青い葉の匂いが急に濃くなった。遠くでは街道を行く荷車の音がかすかに聞こえるのに、頭上を覆う枝葉の下では、その音さえ別の世界の出来事みたいに薄れていく。

 腰の袋には、小さな魔石が数個入っていた。指先で触れると、硬く、冷たく、けれど妙に頼もしい。

 正式な依頼。正式な討伐。正式な報酬。言葉だけなら冒険者っぽさ全開なのに、実際の私は、足元の根っこに引っかからないようにしながら、ずっと胃のあたりをきゅっと縮めていた。


「反応、前方右寄り。距離は……たぶん五十メートル以内。小型が三、少し大きいのが一」

 奏が低い声で言った。手には即席アンテナみたいなものを持っている。王都で買った材料で作ったので、村で使っていたものより近代的な感じ。奏が魔力を流すと、空気の薄い揺れが細くまとまり、見えない何かを探るように森の奥へ伸びていく。

「親個体つきか。最初の依頼にしては面倒ね」

 彩が淡々と言い、単発銃に大きめな鉄杭を入れる。

「これ、受付のお姉さん、難易度の説明ちょっと省略してない?」

「説明してたよ。ひなひなが“冒険者っぽい!”って浮かれてただけ」

 彩の声が鋭く飛んできたので、私は慌てて前を向いた。森の奥で、低い唸り声がした。草が揺れ、獣とも虫ともつかない黒っぽい影が木の間から這い出てくる。ケモノ。村で見たものより少し体が引き締まっていて、動きが速い。背中の毛は逆立ち、口元には土と涎が混じっていた。

「悠、右から回り込まれないようにして」

「了解。初日全滅エンドは勘弁」

 悠が軽く言いながら手を振ると、足元の落ち葉が渦を巻いた。風が横から滑り込み、ケモノを牽制する。見えない壁にぶつかったように一匹が体勢を崩した瞬間、彩の銃が火をふいた。乾いた音がして、ケモノの肩に当たる。動きが鈍る。

 私は左手で魔石を握りしめた。体の奥から熱を引っ張り出すのではなく、手の中の石から力を借りる。そう意識しただけで、魔力の立ち上がりがまるで違った。いつもなら胸の奥が空っぽになるような感覚が先に来るのに、今は外から燃料を注がれているみたいに熱が伸びる。怖いくらい滑らかで、怖いくらい簡単だった。

「いくよ!」

 右手に握った鉄棒、いやライトセーバーが光る。そのままケモノに突進。袈裟懸けに切りつけた。大した抵抗もなくケモノが両断される。威力が高い。村で空腹に耐えながら出していた火とは違う。私の中のテンションが一瞬で跳ね上がる。

「すごっ、魔石、すごっ!」

「感動するのは後。消費もすごい」

 彩の厳しい声。私は反射的に手元を見る。握っていた魔石の表面に、薄い濁りが広がっていた。さっきまで透明に近かった小石が、力を吸われた後の飴玉みたいに鈍くなっている。

「え、もう減ってる?」

「ケモノを一刀両断だからね。効率は悪くないけど、安くもない」

「わかってる! わかってるけど、初めての課金武器でテンション上がるじゃん!」

「課金って言うと、急に身も蓋もないな」

 悠の皮肉が飛んできたけれど、否定できなかった。魔石を使うと強い。はっきり強い。でも、使うたびに袋の中の残りが未来の生活費ごと削れていく気がした。森の匂いより、焦げた土の匂いより、その事実のほうが鼻の奥に重く残った。

 私の頭の中に、今朝のギルド裏手の商談室の光景が割り込んできた。


     ◇


 薄い板壁、油の匂い、机の上に並べられた小粒の魔石。依頼に出る前、私たちはギルド提携の商人から最低限の魔石を貸与してもらった。村で稼いだお金はもうほとんど残っていなかったので、無理をいって魔石を貸与してもらった。使った分を後で精算する、と言う契約で。つまり、今この手の中で減っているものは、まだ稼いでもいない未来のお金だった。

「受けた依頼のケモノ討伐ならこの程度で十分だな」

 商人のおじさんは慣れた口調でそう言った。親切そうではあったけれど、机の上の帳簿に並ぶ数字は全然親切じゃなかった。私はその時、魔石を前にして少し浮かれていた。だって、外部燃料で魔法を撃てる。お腹を空かせずに高火力。夢のような話だ。

「最初は投資だよ。ほら、何事も初期装備って大事だし」

 私がそう言うと、彩が帳簿を睨んだまま、冷たくではなく、きっぱり言った。

「投資って言葉は、余剰資金がある人だけがやるものなの」

「うっ」

「依頼失敗、負傷、魔石不足、報酬減額。そのどれか一つで赤字になる」

 悠が横から淡々と整理した。言い方が冷静すぎて、むしろ怖かった。

「それ、今言う?」

「出発前に言わないと、失敗した後では遅いからね」

 奏は魔石をひとつ持ち上げて、光に透かしていた。目つきはいつもの理科室モードで、嬉しそうなのに慎重だった。

「単位火力あたりの消費量を見ないと何とも言えないけど、体内エネルギーで無理に出すよりは安全だと思う。ただ、使い方を決めないとすぐなくなる。ひなひなは特に」

「名指し!」

「一番出力が大きいからね。いい意味で」

 優しいフォローなのに、刺さるものは刺さる。


     ◇


 私はその時は笑ってごまかした。けれど今、森の中で魔石が濁っていくのを見ると、笑いは喉の奥で引っかかった。目の前のケモノが飛びかかってくる。私は一歩下がり、ライトセーバーの出力を落とす。小型のケモノならコレで十分。必要な分だけ、そう思って腕を振った。

 熱が走り、ケモノの前脚をかすめる。焦げた毛の匂いが鼻を刺した。相手は悲鳴を上げて退く。息が上がる。体はまだ動く。お腹も極端には減っていない。魔石のおかげだ。でも、その代わりに腰の袋が軽くなっていく感覚がある。実際にはまだ重さはほとんど変わらないのに、頭の中では銀貨が一枚ずつ落ちていく音がした。


「ひなひな、左!」

 彩の声で我に返る。左から小型が回り込んでいた。彩の銃から杭が飛ぶ。小型のケモノは後ろに飛ばされて動きを止めた。奏の声が3匹目の小型ケモノの位置を告げる。悠の風が相手の踏み込みをずらす。私は深く息を吸い、必要な分の熱をライトセーバーに込めて、ケモノにとどめを刺した。

「これで、終わり!」

 ライトセーバーを引き抜いた。余韻に浸るまもなく、注いでいた熱を止める。ライトセーバーは、ただの鉄の棒に戻った。しばらく誰も動かなかった。森の中に、私の荒い息だけが残った。

「討伐、完了……だと思う」

 奏が索敵を続けながら言った。

「周囲に反応はない」

「初仕事としては上出来ね」

 彩が息を吐いた。厳しい声なのに、その目には少しだけ安堵があった。

「どう、ひなひな。冒険者感あった?」

 悠が言う。私は倒れた親個体を見下ろし、手の中の濁った魔石を見て、それからみんなを見た。

「あった。すごくあった。……あと、すごくお金が燃えた感じもあった」

 私は肩で息をしながら、苦笑いした。都市で仕事をしているのだと、湿った森の匂いの中で初めて実感した。


     ◇


 王都へ戻る街道は、午後の光を受けて白っぽく乾いていた。森の湿り気が服や髪に残っているせいか、街道に出た瞬間、風がやけに軽く感じた。遠くには王都の壁が見え、その上を魔石灯の支柱が規則正しく並んでいる。行きには頼もしく見えた都市の影が、帰りには少し違って見えた。あの壁の中では、明かりも、水も、料理も、移動も、たぶん何もかもが魔石を食べて動いている。そして私たちも、今日その仕組みに足を踏み入れた。

「残り、確認するわよ」

 彩が街道脇で立ち止まり、袋を開いた。私たちはそれぞれ借りた魔石と使った魔石を並べる。透明感を失ったもの、半分だけ濁ったもの、まだ使えそうなもの。小さな石たちが布の上に並ぶと、使った燃料の明細に見えた。

「思ったより減ってるわね……」

 彩の声が低くなった。私は思わず背筋を伸ばす。

「でも親個体いたし、初依頼だし、必要経費というか……」

「親個体込みでも、もう少し抑えたかったな……」

「……はい……」

 反射的に返事が出た。彩は言いにくそうだけど、そこはテニス部主将として、遠征費を管理する圧がある。

「体内エネルギーだけでやっていた頃より、出せる火力は明らかに上がった。疲労も少ない。そこは間違いないよ」

 奏が濁った魔石を手に取り、光に透かした。

「ただ、外部エネルギーを使ってるだけだから、消費が消えるわけじゃない。体から出すか、財布から出すかの違いに近い」

「財布から出る魔法……急に夢がない」

 悠が街道の先に目を向けたまま言った。

「効率化が必要だね」

 奏が言った。

「僕は索敵でもっと効率よく倒せるようにナビゲートする。彩の銃も都市の技術で改良して精度や威力を向上させよう。悠の風も牽制だけじゃなくて、直接ケモノを倒せるようにしたほうがいいと思う」

「ねえねえ、私は?」

「ひなひなは絶対的な強さがあるから、一番効果が出る場面に集中したほうがいい」

「秘密兵器は最後の最後、ていうことね」

「……まあ、ね」

「相変わらずテンション高いね」

悠がこちらを見ずに言った。

「もちろん!」

「元気に認めるところじゃない」

 彩のツッコミが飛んできて、私は肩を落とした。でも、完全に落ち込んではいなかった。高火力を出した時の感覚は、まだ腕に残っている。熱が伸び、相手を止め、仲間の連携の最後を担う感覚。あれは怖くて、重くて、それでも確かに胸が高鳴った。

「でもさ」

 私は濁った魔石をひとつ拾い上げた。

「これ、ちゃんと使えば、私たちもっと戦えるよね」

「戦える。ちゃんと生き残れるよ」

彩が即答した。

初仕事は終わった。


     ◇


 冒険者ギルドの換金所は、表の受付よりも少し奥まった場所にあった。石造りの壁に囲まれた部屋には、討伐部位を置くための台と、傷だらけの秤と、数字を書き込むための帳簿が並んでいる。外の食堂からは笑い声や食器の音が聞こえるのに、この部屋だけは妙に事務的で、血と薬草とインクの匂いが混ざっていた。私たちは布に包んだ討伐証明を提出し、係員が淡々と確認するのを待った。

「小型三、親個体一。依頼条件は満たしています」

 係員が羽ペンを走らせた。私は思わず息を吐いた。討伐そのものより、この確認の瞬間のほうが緊張する。もし数え方が違うとか、部位が足りないとか言われたらどうしようと、頭の中で何度も嫌な想像をしていた。

「よかった……ちゃんと仕事になった……」

「そこから不安だったの?」

 奏が小さく笑った。

「だって初めての納品だよ。討伐証明の切り方が雑で減額とか言われたら泣く」

「そこまで含めて仕事よ」

 彩が言った。

 係員は慣れた様子で魔石の消費記録も確認した。借りた数、返却した未使用分、使用済みの濁り具合。専用の小さな器具に魔石を当てると、残量のようなものがわかるらしい。都市の道具は便利だ。でも便利な道具があるということは、そこまで細かく管理されているということでもあった。

「では報酬額はこちら。そこから貸与魔石の使用分、手数料、登録初回処理分を差し引きます」

 係員が数字を書いた板をこちらへ向けた。私は最初、上の数字だけを見て目を輝かせた。

「おおっ、けっこうある!」

「下を見て」

 彩がすぐに言った。私は言われた通り、差し引き後の数字を見た。

「……あれ?」

 減っていた。ものすごく減っていた。さっきまで冒険の報酬だったものが、魔石代と手数料と借金返済に吸い込まれ、最後に残ったのは、思っていたよりずっと控えめな金額だった。

「“総支給”と“手取り”の違いを学んだ顔だ」

 悠が横から言った。

「異世界に来てまで、その現実感いらない!」

 奏が苦笑しながらも、板の数字を覗き込む。

「ただ、赤字ではない。初回でこれなら、戦闘効率を上げれば改善できると思う」

 彩が手取りの硬貨を受け取り、重さを確かめるように掌に乗せた。銀色と銅色が混じった小さな山。少ない。確かに少ない。でも、それは私たちが初めて、自分たちの力で稼いだお金だった。


 私はその硬貨を見た瞬間、胸の奥がじわっと熱くなった。森の中で火を出した時とは違う熱だ。村では助けてもらっていた。食べ物を分けてもらい、寝床を借り、魔法を教えてもらった。王都に来ても、レオンさんたちに案内され、ギルドに登録し、商人から魔石を借りた。ずっと誰かに支えられてここまで来た。けれど、この硬貨だけは、今日の私たちの足で森へ行き、戦って、戻ってきた結果だった。

「……稼いだ」

 ぽつりと言うと、彩がこちらを見た。

「少ないけどね」

「少なくても! これ、私たちの初報酬だよ!」

 声が少し大きくなって、係員がこちらを見た。私は慌てて口を押さえる。悠が肩をすくめた。

「感動回にするには金額が現実的すぎるけどね」

「うるさい。現実的だから感動するの」

 私は硬貨の一枚を指先で触った。冷たくて、重い。魔石みたいに力を出してくれるわけではない。でも、この街で生きるには、きっと魔石と同じくらい必要なものだった。


     ◇


 ギルド近くの飲食店は、夕方前だというのに人でいっぱいだった。扉を開けた瞬間、焼けた肉の匂いと香草の匂い、油の弾ける音、誰かの笑い声が一気に押し寄せてきた。村の食事は素朴で温かかったけれど、ここには都市の豊かさがあった。壁際には小さな魔石照明が据えられ、青白い光を一定の強さで保ちながら室内を照らしている。

「初報酬祝いです!」

私は席に着くなり宣言した。

「使いすぎないで…と言っても無駄か」

「まだ何も頼んでないよ!」

「頼む前に言わないと意味がないでしょ」

彩が即座に釘を刺した。とは言いつつ、彩の顔も緩んでる。

 私はメニューらしき板を覗き込む。文字は少しずつ読めるようになってきたけれど、料理名はまだ難しい。店員さんに説明してもらいながら、村では見たことのない香草焼き、魔石炉でじっくり煮た豆のスープ、表面をぱりっと焼いた薄いパンを注文した。そこまで贅沢ではない。少し贅沢。そこまで贅沢ではない。彩の視線を受けて、私はちゃんと中間を選んだ。

「偉いでしょ。最上級肉盛り合わせは我慢した」

「我慢の基準があまあま」

 彩が眉を寄せる。奏は魔石炉の構造を気にして、店の奥をちらちら見ていた。

「あれ、出力がかなり安定してる。調理用に調整されてるんだね。火じゃなくて、熱を一定に供給してる感じかな」

「奏、厨房を研究対象にしない」

「ごめん。でも都市生活って、こういうところにも魔石が入ってるんだなと思って」

悠が水の入ったカップを持ち上げた。

「食事にも魔石。照明にも魔石。仕事にも魔石。僕たち、今日は稼いで、すぐ魔石経済に還元してるわけだ」

「食事中に経済構造を噛みしめたくない」

「でも、このパンも構造の味がするかもよ」

「やめて、味が難しくなる」

料理が運ばれてくると、私は一瞬で経済のことを忘れた。焼き目のついた肉からは香草と脂の匂いが立ち上り、スープは湯気の中に豆と野菜の甘い匂いを含んでいた。一口食べる。熱い。おいしい。村で食べたものとは違う、調味料の重なった味がした。思わず声が出る。

「おいしい!」

「声が大きい」

「だっておいしい!」

 彩に注意されても、これは仕方ない。初仕事の疲れが、温かいスープと一緒に体の中へほどけていく。魔石を使った料理。魔石代の一部がこうして料理の値段に入っているのだと考えると少し複雑だけれど、それでもおいしいものはおいしい。

「村でも報酬はもらっていたけど、職業って感じなかったから、これが初任給みたいなものだね」

悠が言った。

「額は小さいけど、自分たちで稼いで、自分たちで使ってる」

「初任給でご飯……急に大人っぽい」

「大人は初任給を全部食費にはしないのよ」

彩の厳しい指摘に、私はパンを持ったまま固まった。

「全部じゃないです。ちゃんと残します」

「当然」

奏はスープを飲みながら、少し遠い目をしていた。

「都市で生活するって、こういうことなんだね。働いて、稼いで、支払って、また働く。魔法があるから便利だけど、便利さを維持するために資源とお金が動いてる」

「奏まで食事中に現実を混ぜてきた」

「ごめん。でも、実感したから」

その言葉に、私は黙って頷いた。今日のご飯は特別だった。冒険者らしい高揚も、借金の不安も、手取りの少なさも、全部混ざった味がした。おいしくて、少し苦くて、それでも次も頑張ろうと思える味だった。


     ◇


 翌朝に回したい気持ちを全員が少しずつ顔に出していたけれど、彩の「必要物資は今日中に買う」の一言で、私たちは夕方の商業区へ向かった。王都の商業区は、日が傾いてもまだ明るかった。軒先の魔石灯が青白く点き始め、露店の布地や金属器具を照らしている。焼き菓子の匂い、革製品の匂い、油と人混みの匂いが混ざり合い、歩いているだけで情報量に酔いそうだった。

「まず魔石。それとケモノ討伐に必要な魔道具かな。当然、宿代の確保しつつね」

彩が順番を告げる。完全に家計管理モードだった。私は焼き菓子の屋台をちらっと見たが、彩の視線が飛んできたので、何も言わずに前を向いた。

「今、余計な支出を考えたでしょ」

「考えただけです。実行してません」

「考えると余計つらくなるでしょ」

厳しい。けれど反論はできない。初報酬は、魔石を買った時点で目に見えて減った。小粒で、今日借りたものより品質は低いけれど、緊急用には必要だと奏が判断した。店主が提示した値段を聞いて、私は思わず口を開けた。

「小さいのに高い」

「小さいから安い、とは限らないんだね。純度と安定性で変わるみたい」

 奏が真剣に説明を聞いている横で、悠がぼそっと言った。

「石ころに生活を握られている」

「言い方」

「でも事実」

魔道具の店では、手袋や膝当て、など魔法効果を付与された防具を選んだ。どれも地味だった。剣でも鎧でもない。冒険者装備と聞いて想像する格好よさはあまりない。でも、森で転びかけた足元や、火を扱った後の手の熱を思い出すと、必要性はよくわかった。

「派手なマントとかは?」

「不要」

彩が即答した。

「冒険者っぽいのに」

「引っかかる。汚れる。高い」

「三段論法で夢を斬られた」

悠が少し笑う。

 最後に宿屋へ前払い分を渡すと、初報酬の袋はさらに軽くなった。朝、換金所で受け取った時にはあんなに輝いて見えた硬貨が、魔石、装備、宿代に姿を変えて消えていく。無駄遣いはしていない。むしろ必要なものしか買っていない。それなのに減る。

「生活するだけで金が消える……」

私は思わず呟いた。

「ようやく理解した?」

彩が言った。

「理解したくなかった」

「でも理解しないと生きていけない」

その通りだった。王都は華やかで、魔石灯はきれいで、料理はおいしくて、店には便利なものが並んでいる。でも、その全部に値札がついている。村で感じた人の温かさとは違う、都市の仕組みの中で生きる重さがあった。


「依頼を受ける前に予算、達成したら収支確認。これは固定」

「はい、家計管理隊長」

「誰が隊長よ」

彩が呆れた顔をした。けれど、商業区の光の中で、私たちは確かに都市で生きる準備をしていた。派手ではない。むしろ地味で、細かくて、少し面倒。でも、これが次の冒険につながるのだ。


     ◇


 宿屋の部屋に戻ると、外の喧騒が壁一枚向こうへ遠ざかった。小さな窓からは王都の魔石灯がいくつも見え、青白い点が夜の中に並んでいる。村の夜は暗く、星がよく見えた。王都の夜は明るく、そのぶん空が少し遠い。床に荷物を広げると、保存食の包み、予備魔石、簡易装備、残った硬貨が、今日一日の結果として並んだ。戦闘の疲れが今になって肩と足にのしかかってくる。

「反省会を始めます」

彩が言った。完全に部活後のミーティングだった。私はベッドに座りかけて、姿勢を正す。

「まず戦闘面。意見のある人」

奏が手をあげた。

「帰り道でも話したけど、ひなひなの火力は問題ない。それより僕たちの魔法を強化して、なるべく効率よく魔力を使うべきだと思う。」

「具体的には?」

「都市は魔法道具を使った工作技術が発達している。これと、僕たちの現代知識を合わせればもっと効率よく魔法を使えると思うんだ」

奏が目を輝かせていった。

「私の銃も火縄銃みたいだもんね」

彩が頷く。

「まだ都市の職人にコネがないけど、ギルドを通して紹介してもらおう」

この案は満場一致で可決された。


「じゃあ収支面ね」

彩が残った硬貨を数えた。

「今日の手取りから食事、物資、宿代を引いて、残りはこれだけ。次の依頼まで余裕は少ない。今のところ借金は終わったけど、カツカツね」

「働いたのに、働く前より不安が増えた気がする」

「現実を知ったからね」

悠の言葉に、私はぐうの音も出なかった。

「これはもう働くしかないよね」

「しばらくは専念しよう」

「じゃあ、帰る手段の情報収集は後回しかな。ギルドで人脈をつくれば、自然と入ってくるかもしれないし」

 帰る方法。その言葉で、部屋の空気が少し変わった。王都の生活に追われていても、私たちはそれを忘れてはいけない。ここで生きることと、元の世界へ帰る手がかりを探すこと。その両方を進めなければならない。

「長期的に取り組もう」

彩が静かに言った。

「生活を維持しながら、情報を集める。そのために冒険者として信用を積む。無茶はしない」

「無茶しない冒険者……タイトルとしては地味だね」

悠が言う。

「生存率は高そうだよ」

奏が返す。私は笑った。疲れている。足も痛い。お金も少ない。課題は山ほどある。でも、口元が緩んだ。

「でも、楽しかった」

三人がこちらを見る。

「怖かったし、お金は燃えたし、反省も多いけど。みんなで作戦立てて、ちゃんと戦って、報酬もらって、ご飯食べて。……楽しかった」

彩は少しだけため息をついた。

「その前向きさは長所ね。使い方を間違えなければ」

「魔石みたいな扱い!」

「高出力で不安定だから、だいたい同じ」

ひどい。でも否定できない。私は笑いながら、残った魔石をそっと袋に戻した。次はもっと上手くやる。もっと少ない消費で、もっと確実に。そう思えたことが、今日いちばんの成果かもしれなかった。




初任給って、手元に残ると意外と少ないですよね。

異世界でも、そのあたりは現実的でした。

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