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ラクリマの群青  作者: 日輪猫
仕組まれた偶然と誰も知らない必然
51/59

No.27 歪んだ塔と蒼い剣 - 24

 


 分厚く立ちはだかった壁に小さな抜け穴を、大きな一撃で開ける。そうして出来た道筋を前屈みで走り去っていく。

 足の回転率を、上げる、上げる、もっと早くと、全速力で走っていく。そのスピードを目で追うのが精一杯で、現在約55体ほどまで減ったモンスター達は刃や牙などを向けることなく立ち止まっていた。


 壁を抜ける。最後の一体へ背中を向けたその後に、ソーマは足を止めることは無くとも、走るスピードを落とした。一瞬出来たチャンスを逃すまいと全速力で無我夢中で駆けていたために、一息つけば体中の穴という穴から汗が飛びたした。


 すると、案の定。動きの遅くなった標的を見て、自分達から逃れている事に気がついたモンスター達は、こちらへ向かって同じく走り出してきた。ゴブリンやリザーブルなどは耳を突き刺すような奇声を発してきている。


 それだけでなく、ソーマが今の状況に必死であったことも原因ではあるが。ソーマはその時に鳴っていたログの音に気づくことはなかった。


「はぁ...はぁ......よし、後は、逃げるだけだな」


 今もなお乱れ続ける呼吸を整えるために、呼吸の速度を早めて酸素と二酸化炭素の交換を急ぐ。

 そうしながらも上半身だけを出来る限り後ろへ向けて、迫ってくるモンスター達を確認しながら戦闘の準備も整え始めた。


 約55体とたった1体が繰り広げる、命を賭けた鬼ごっこ。

 そんな楽しくもない遊びに付き合わされながら、ソーマはログから地図を開き、目的地を目指した。やはりこの一本道を辿っていけば、彼らとの合流が叶うことを確認すると、ソーマは腰からナイフを抜き取った。


 見る限りではゲルガーはもう追ってきてはいなかった。しかし、足の速い者は第3級プレイヤーに追いつくことなど容易いのだろう。コブリン、リザーブル、そしてインプルが空から迫ってきていた。彼と同じように地面を走るものとの距離は約70メートル。しかし、空を飛ぶインプルはほぼ真上へと影を映してきていた。


 ソーマは一度後ろを向いてモンスター達と向き合うと、頭上にいるインプルへとナイフを投げつけた。

 投げつけたナイフは計3本。1本は穴の空いた羽根に命中し、地面へと墜落。そして、2本は他の2匹の頭部に命中。一撃で仕留めることが出来た。

 まだインプル全体を倒すことは出来ていないものの、ひとまずは数を減らせた。そう思いながら、今度はじわじわと距離を詰める地上の敵への対処を行い始めた。


 左腰に携えている鞘から、もう一度魔剣を引き抜く。魔剣は、先程と同じように生き生きと蒼炎を纏い始めた。

 腕に力を込める。もう一撃奴らを燃え尽くしてやろうと、剣を横に振ろうとした。



 その時であった。


「う...お......やっべぇ...」


 魔剣の炎は、最初から何も無かったかのようにフッ、姿を消した。そしてそれと共に、ソーマの身体に異変が起きたのだ。

 身体が鉛のように重い。今まで軽かった筈の剣も、持ち上げることすらままならない。

 そして、意識が保てなくなる。


 段々、だんだん視界が霞んでいく。まるで眠る時の微睡みのような、そんなウトウトとした状態が続く。身体の力が、まるで魂が抜けるかのように無くなっていく。


 そうして、そうしてだんだんといしきがうすれていって──、



「やっ...ぱりなぁ!!」


 ソーマは、縺れて崩れそうになった足を思い切り地面へと振り下げた。脚に力を込めて、下へと吸い寄せられていった身体を元へ戻していく。

 そしてその時、地面を力強く踏みしめた低音とともにパリン、と言う甲高い音が同じように響いた。何かが割れた音だ。


「絶対に限度があるとっ...思ってたんだよ!」


 そう言いながらもう一度前を向き、走り出す。地面に散りばめられていたのは、残り1本のポーション。その欠片であった。


 魔力(マナ)精神力(マインド)ポーション。


 彼が使ったのは、中に青い液体の入ったそんなポーションであった。主な役割は回復ポーションなどとは異なり、その名の通り魔力と精神力を回復させるもの。

 ナイフを使い魔法など使ったことの無かったため、こんなものとは無縁であったソーマだが、いつか使う時があるかもしれないと昔から1本だけ備えておいたのだ。


 その備えがあるからこそ、恐らく相当な魔力を浪費するであろう魔剣を全力で何発も放ち、ソーマが今現在放てる一撃の数を予め知っておこうとしていたのだ。

 それが、ソーマの考えであった。


「最大で3発...ってとこか。思った通りにいってよかった」


 自らの手に握られた剣を見ながら、そんなことを呟く。絶体絶命とも取れる状況下でこのような事はソーマにとっても大きな賭けであった。

 しかしリスクを伴う行為に出たのは、これから対峙することになる強敵との戦いにおいて、戦況をしっかりと把握するためであったのだ。


 そしてその3発がポーションのお陰で全回復をしたにも関わらず、ソーマは限られた一撃を今ここで使用した。


「んで取り敢えずっ...! お前らとはお別れだ!」


 ぐん、と走るスピードを一気に速める。数メートルまで近づいてきていたモンスター達とは十数メートル程までに距離を置いた。

 丁度いいと思った距離を、一定のペースで走りながら保つ。


 そうしてクルシュピアを引き抜き、次は彼らの頭上へとソーマは剣を振った。


 蒼い炎が向けた方向へと真っ直ぐ放たれる。

 そして、何の傷もない綺麗な天井へと向かって深く突き刺さっていった。簡単に土砂災害を起こせるほどに、脆く弱い土で出来た天井へと。


 予想通り、深手を負ったそれは現在の位置を保つことが出来なくなった。そしてガラガラと音をたてながらその上に隠されていた幾つもの岩と共に天井が落ちてきて──、


「グギャァァァァッっ......!」


 残りのモンスター達は全て、爆発的な威力を持つクルシュピアによってこのダンジョンの生贄とさせられ、無数の星屑と化してどこかへと飛び去っていった。彼らが最後に放った断末魔も、虚しく土砂によって掻き消されてしまった。


 そうして計120体のモンスター達から逃れた後、ソーマはこんな砂まみれの戦闘を経ても変わらずに白いログを操作して、アリの巣を開いた。


 鞘に剣を携えて、体力の面を考慮しながら道を早歩きで進んでいく。暗い道の中に響いているのは、彼の足音それだけであった。


 地図が青白く開かれる。ソーマは自らの点と彼らの点、そしてあの大蛇の点を確認しようと映像を覗き込む。

 モンスター集団と遭遇した時と一切変わっていない。大蛇を示す赤い点と、アリス達を示す青い点は変わることなく同じ空間に点滅していた。


 しかし、ソーマの位置は当たり前ではあるが変化していた。


「よし、もうすぐだな」


 長い長い一本道を歩いてから相当な時間が経つ。それは彼の体感時間が長く感じたと言うわけではなく、実際にそれほどの時間が経過していたのだ。

 もう少しで彼らと合流を果たせる。

 早くアリスを、ベルを助けに行かなければ。


 そう思いながら、また走り出そうとしたその時であった──、



「あははははははははははははははははははははははははっ...はははははははははははははは」



 そんな気味の悪い笑い声が彼の耳に届いたのは。

 そして、その声に聞き覚えがあった事がゆえに、ソーマはこの後衝撃を受けることになる。



No.47 歪んだ塔と蒼い剣 - 21を1部修正させていただきましたm(_ _)m

脱出の方法が変わっています。

気になる方は是非読んでみてくださいっ!

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