No.25 歪んだ塔と蒼い剣 - 22
「さて、と...取り敢えず脱出は出来たんだが......」
普段使い慣れているナイフとは刃渡りが倍近く違うクルシュピアをしまい、ログを開きっぱなしにしながら辺りを見回す。
軽くて簡単に振り回すことの出来る剣であろうと鞘の口に何度も刃先を衝突させてしまう当たり、彼の不器用さが目立つ残念な所である。
地図でも視認出来るのだが、幾つ分かれ道があるのかを確認するために目線を何度も往復させ、2つの道が密集している方へと足を運んでいく。
ログから表示されるアリの巣を見てから向かう道はおおよそ決まってはいるのだが、足跡などの目新しいものはないかを確認しておくためだ。
とは言えそう都合よく何かが見つかり事態が急変、進展するという訳もなく、向かった先々に大したものは見つからなかった。
「何のヒントもねぇな、ほんと。取り敢えずさっきの場所目指すか」
アリの巣で見るあたり現在地はこの地下ダンジョンの1番左下の大空間。
そしてソーマが目先の目的地としている「さっきの場所」というのはこのまま上部へと向かえば着くことになる、ナーガリオンと対峙した場所である。
ソーマがつい先程吹き飛ばされた際に突き破ったと感じていた壁の数は多くても2枚であった。
つまりこの地図で表示されている現実が、確実に自分がワープしているという事を裏付けていた。
手元で眠っているこの魔剣とは縁があったからなのか、それともこのイレギュラーダンジョンの気まぐれだっただけなのか。
ソーマは首を傾げるばかりであった。
「よし、行くか」
剣を入れた鞘を腰に巻き付けることなく、戦闘になるまではしまっておこうと魔剣クルシュピアをログのアイテムボックスへと入れる。
そして確認していた2つの並ぶ道から最も近くにある、目的地へ続く穴へとソーマは歩いていった。
※
何の音も響かない。強いていえば耳を済まさなければ聞こえない、砂が踏みにじられる音がザリッ、と響く中で。
ソーマは何も起こることなく何も危険のない、いつもの街中を歩いているかのように平穏な道を歩き続けていた。
左下の大空間を抜けてから約20分。
いつもの日常と違うのは、道の狭さと薄暗さ、そしてソーマの移動するスピードだけであった。
「ふぅ...もう少しかな」
急ぎながらもいつでも全力で戦闘を開始できる様に、体力を温存しながら小走りで突き進んでいく。
驚く程に静かで、モンスターの足跡や爪痕すら見つけることが出来ない空の時間が続いていた。
そうして、それからまた5分後。
ソーマは先程の場所に帰ってきた───、はずであった。
「あれ...ここって、さっきの場所であってるよな...?」
その場所は、確かに先程の場所であった。
休憩中にいきなり襲撃を受けて、それによりスウェントルが抜け殻になり、ドアマンテが代わりに指揮を執り、そして、自分が大蛇に吹き飛ばされて土砂が起きた場所であった。
しかしその思い描いていた景色が、跡形もなく消え去っていた。
どれほどの大きさであったかは見ていないが、ある程度影響を受けているはずの大広場には土砂の影など何処にもない。
壁にすら傷一つ付いていない。地面がえぐれた後もない。
自分を含めた仲間達が踏み荒らしていたはずの砂も綺麗に、足跡なども皆無であった。
まるで未開拓の地に1人訪れたかのような、積もりたての真っ白な雪に足を入れたかのような状態。
そして、ソーマが受けた驚きはそれだけではなかった。
もう一つ、大きな変化が起きていたのだ。
「え...あの道も......無くなって、る?」
数十分前、自分だけを残して皆が走り込んでいたあの道さえもが、見事に綺麗な壁と化していた。
そしてその横に、明らかに幅の広い新たな道が開けていたのだ。
部屋の急速な修復、リセットに加え、あったはずのものを無くしなかったものを付け加える予想外の変化。
このダンジョンの特徴は、激しい損傷を受けた時の対応とまるで部屋を丸ごと入れ変えたかのようなその変化であった。
電子版のアップデートされた地図に映し出された壁と、目の前に出来たその道だったはずの壁とを、頭と目線を上下に往復させて何度も確認する。
そうして、最終的に地図に目を留める。この後どうしようか、どの道を通ろうかと考えて、頭を回転させる。
その時だった。
一つしか無かったはずの小さな点が、点滅する度に数が増えていく。
ソーマのいる青点からほぼ直線上。中央寄りの左上に、複数の青点が姿を表したのだ。
ここからは比較的近い。それに複雑な道を辿る必要も無さそうな場所にそれらはあった。
「...あそこか」
しかし、またしても予想外なことが起きた。
それは先程の事とは比にならない、自らの目も疑うような光景であった。
「待て、なんであそこに......赤点が...」
何も握っていないはずの手に汗が滲む。頭ではなく、目だけを激しく揺さぶられたかのようにユラユラと視界が揺れる。
おかしい。明らかにおかしな光景である。
恐らくなにかのバクであろう。それが度々起きるこの世界だ。これもその一つであろう。
しかし───、
その青点の一つが姿を消した時、ソーマは既に走り出していた。
「おい...おい、おいおいおいおいっ!」
全力で、全身全霊をかけて走り出す。それはここまで来た時の小走りとは比べ物にならないほどの速度であった。
持ち前のスピードを活かして、残りの体力など気にせずに無我夢中で走る。
ただ、ただ消えた青点が彼女で無いことを祈りながら。
また、その時であった。
「ゴキュルルルルゥゥ......」
リセットされた大広場を抜け、新しく作られた道に入ったソーマ。その道は、地図で見ると集団の元へ辿り着く一本道であったからだ。
しかし走り出したそのすぐあとに、加速を止めるかのように、まるで彼らの元へ助けに行かせない壁となるように。
目の前には大量のモンスターが、狭い道を塞き止めるようにみっちりと立ちはだかっていた。
むき出しの敵意と鳴き声の大合唱。
その数、ざっと120体。
逃げながら道を進むとはいえ、この数を前に戦闘は避けれない状況であった。
これは、仲間を助けに行こうとする英雄に当てつけた試練であり、最後に必ず皆が助かるという綺麗な綺麗な空想おとぎ話などでは全くない。
ただの、ダンジョンとこの仮想世界の運営などと言う可笑しな道化師達の気まぐれと悪戯であった。
「この、クソ野郎がぁぁぁ...っ!」
ソーマは眉を潜めて、血相を変えて最大限の怒りを露わにした。これは、この自分の運の悪さとダンジョンに対しての怒りであった。
しかし、ソーマはナイフを手に取ることはなかった。
アイテムボックスから魔剣を取り出し、右手で強く握りしめたのだ。
カタカタと、腕に込められた力によって剣が小刻みに揺れ始める。
そして──、
「すぐ、助けに行くからな」
何とか冷静を保ちながらも、そう言いながら下向きになっていた顔をぐい、と持ち上げ、僅かな希望を託しながら、彼はクルシュピアにを灯をともした。
静かで何も無かった水面に、小さな石が落ちてきて、それによって波紋が広がっていくかのように。
何事もなく平穏に進んでいた時間は、一つの変化によって連鎖して壊されていった。
そして、その波紋が収まることはなかった。
そろそろクライマックスです!
頑張って書きますっ!!




