No.19 歪んだ塔と蒼い剣 - 16
逃げ惑うプレイヤー達。そしてそれを美しく宙を舞いながら捕食していく大蛇。広い空間内で慌てふためく彼らの生命を軽々と潰していくその様は、まるで人々が蟻を暇つぶしに潰しているように見えた。
彗星が迸る。また、1人、2人と消し炭になっていく。
大蛇 ナーガリウスと遭遇してから未だ3分半で残りのプレイヤー数は28。
ダンジョン内の大広場は、処刑場と化していた。
時折、同士を討たれた仇を取ろうと剣や杖を抜くものもいた。
しかし、まともに姿を捉えることすらもままならない中で、反撃の刃を向けるなど無茶にも程がある。
そんな無謀な復讐に挑んだ彼らもまた、大蛇の口元で踊る星屑の一片へと姿を変えていってしまった。
死にたくないのであれば、頭の悪い英雄を気取らずに逃げるしか選択肢はない。誰もが薄々そう感じ取っていた。
しかし、どこに逃げればいいのか。逃げた所でその後どうすればいいのか。後先の事を考えすぎて、今すべき事の優先順位を付けれないでいた。
先程まで皆を導いていてくれた青髪も、今や生きているのか死んでいるのかすらわからないこの状況。
そんな彼に縋り続けて、任せ続けた代償がこれなのだろうか。
プレイヤー達は一体誰を頼り、どうやって団結していけばいいのかわからなくなっていた。
「お前ら!! そんな風に突っ立ってんならこっちに来い! あそこの狭い道ならあの化物も来れねぇ筈だ。全員! 一人でも多くあの道へ入れぇ!!」
そんな静寂と硬直を打ち破ったのは、スウェントルに意義を申し立て、いざとなれば自分の身を優先するなどと話していたドアマンテであった。
立ち尽くしていた彼らに向かって怒鳴りつけるように声を荒らげる男性。彼が指差す方向には、高身長の者は姿勢を屈めなければ通れないほどの小さな狭い道があった。
先が続いているのかはわからない。もちろん、行き止まりの可能性も無い訳では無い。
しかし、ナーガリウスがそう易々と通れる道でないのは確かである。
──あそこに行けば少しの時間稼ぎにはなるだろっ!?
現在、このパニック状態の中で最も優先すべき事項は一時の安全確保とプレイヤー達の冷静さを取り戻すこと。
それを充分に理解していたドアマンテは、その様に指示を出したのだ。
後になって分かることではあるが、これは被害を最小限に抑えることの出来る英断となった。
そして彼らを荒く、激しく鼓舞する声を耳にしたプレイヤー達は、動かなければ最終的に死ぬ事は目に見えている。それならば彼の咄嗟の判断に命を掛けてみようと足を動かし始めた。
「う、うぉぉぉぉおぉぉぉ!! 走れぇぇぇっっ!!」
皆は一目散に遠く先に見える道へと走り出した。
振り返る事は一切ない。後ろにどんな怪物がいたとしても関係はない。彼らは大蛇に襲われる直前まで前を向き続けた。
そして、その中にはソーマ達もいた。
「ソーマっ!? 何してるの、早く行かないと!!」
一斉に走り出した3人。しかし走り出してから数秒後、段々と加速してきた時に、ソーマは足を止めていた。
「スウェントルが動いてねぇんだよ! ほら、走れっ! 行くぞ!」
彼が足を止めた理由。それは既に命を落とす気でいる、諦めているかのように見えるスウェントルを一緒に連れていく為であった。まだ生きることの出来る希望がある者は誰1人切りたくなかったのだ。
早口で自分を急かす彼女らに目的を話す。そして、俯いている青年に向かって乱暴に肩を揺すって声を掛けた。
走りながら背中を押してやる。すると、顔は相変わらず暗いままであるが、青年は少しずつ前へ走り始めた。
「悪ぃ! 行くぞ!!」
スウェントルの背中へ手を当て続けながら、先でこちらを見ているアリスとベルに声を掛ける。そしてソーマの優しさに小さな感動を覚えながらも、一同はもう1度走り始めた。
その時だった。
例の逃げ道に近いとはいえ、足を止めている者を見逃す様な馬鹿な真似をするモンスターは少なくともこの世界にはいない。
早送りの様に動く人々の中で、停止している一同。
その中でも一際弱そうな小柄な少女を、彗星が見逃すわけがなかった。
「シィァァァァアァァァァァァアッッッ!!!」
最後に1人だけでも葬ってやろうと考えていたナーガリウス。その最後に選んだのは、選ばれたのはベルであった。
緑色の鱗に、プレイヤー達を狩り尽くした事により発生した黄色の星屑を纏いながら一直線で牙を向ける。ソーマの方を向いていて、迫ってくる存在に全く気が付かなかったベルと、同じくソーマを心配するかのように見つめていたアリス。
そのため、彼女は何も抗うことが出来ずに──、
「キャッッ!?」
気を緩めていた状態から、いきなりの衝撃が自分を襲う。まるで大型の地震が起きたかのような驚きと恐怖と不安が、一瞬で飛び込んでくる。
何があったかはわからない。余りの速さに、アリスも反応することが全くできなかった。もちろん、下を向いていたスウェントルでさえも。
ソーマが走り出してから数十秒後。彼らが少女達に追いつきそうな程近づいていた時に起きた出来事であった。
他の人々は既に逃げ道の中へ入り込むことに成功。ソーマ達一行が最後の集団で、その目的地も目と鼻の先にあるものであった。
全員が自らの目を疑った。
─ドサッ、と音をたてて地面に落ちるベル。
深碧の彗星の牙が捉えたのは、ソーマであった。




