No.16 歪んだ塔と蒼い剣 - 13
「もう、もうっ...いやぁぁぁぁあぁぁぁ!!!」
一人の女性がそんな奇声じみた叫び声を上げながら歩いてきた道を逆戻りしていく。
彼女が脇目も振らずに走っていったのは、恐らくここに転送されてきた場所であるあの大樹へと戻る気でいるからだろう。
あの場所が1番安全であり、一番安らぎを得ることの出来る場所であるからだ。
そしてそれは皆が1度は脳裏に浮かんだ発想ではないではないかとも思われるが、それをしなかったのはこの世界からいち早く脱出したかったという目的の為である。
人数の多い今のうちにボスを倒してEXステージをクリアする。
それをしっかり理解出来ずに自己中心的な考えを行動に移してしまった彼女は、おそらく助かる事はないだろう。
この小さくて恐ろしい世界から抜け出すことは、もう叶わないだろう。
その時、彼女の手を掴もうと咄嗟に伸ばした男性の手は、悲しくもゆっくりとその腕を下げる事しか出来なかった。
※
「悪い...僕のせいだ。もう1度休憩を取ろう。この時間に出来る限り不安要素を無くしてほしい」
暗い表情を浮かばせながら、プレイヤー達に青色の頭を下げているスウェントルがそう言って休憩を取ろうと指示を出す。
先程取っていた休みをもう1度取る目的は、彼が言っていた通り不安要素の軽減であった。
先程走っていってしまった彼女は、男女5人パーティーのメンバーだった。
メンバーの話によれば普段は明るく気さくで、不安な時でもポジティブ思考で周りの雰囲気を変えることの出来る女性だったという。
いつも笑顔を絶やさずに周りを引っ張っていた彼女。
しかし今回は持ち前の力を発揮できず、不安と恐怖に押しつぶされてしまった。
これをスウェントルは、彼女が1人でそれらの感情を抱え込みすぎた、つまり不安要素がつもりに積もっていってしまった事が原因であると考えたのだ。
そのため各パーティーのリーダーの者達との相談の末、休憩時間は約1時間。
そのうちにボスが近づいてきた場合には即避難の為に出発することにはなるもののその限られた短い時間の中で、溜め込んでいた不安を少しでも減らそうと言うことになったのだ。
また、ソーマやベル達は共に行動はしていたものの名目上パーティーではないため全員がソロ扱いとなってしまった。
因みに現在プレイヤー達一同がいる場所はダンジョン内の中間部分。
先程のリザードマン達との戦闘からは既に50分が経過しており、道に沿って歩いているうちに辿り着いたただっ広い空間の中で休息を取っている状況だ。
右手にも左手にも通路が繋がっており、幅や高さは普通の道の倍ほど。先程のリザードマンとの戦闘場所よりかは広く休みやすそうな場所ではあった。地面は砂や砂利ではあるが、小さな木々が所々に生えているのも見受けられた。そんな場所であった。
またスウェントル達リーダーパーティーに加え、5~6人グループのリーダーである人物も集められながら、彼らはその1時間の間にこれからの行動についても地図を見ながら審議をしていた。
ソーマはそれを横目に見ながらも、近くにいるベルとアリスと共に軽い雑談でもしながら緊張感などをほぐしていっていた。
話している中で、彼女達からは可愛らしい笑顔すら見ることが出来る。
幸い彼女らはそこまで重い精神状態では無く、比較的穏やかであり落ち着いていた為、この1時間はほとんどそのような雑談や武器の整理で終わってしまいそうであった。
しかし周りを見てみるとアリス達のような状態の者は珍しかったらしく、スウェントルの読み通りか不安を抱え込んでいて誰にもそれを言うことの出来なかった人が中々多く居た。
不安を口にしながらも大丈夫だと笑みを見せる者、優しく心配されたせいか思わず涙を流す者、心配してくれる仲間がおらずブツブツと何やら呟いている者。
まさしく十人十色であった。
そんな風に時を過ごしていた頃。
見張りの方で少しの異変が見られた。
「はぁー...何で俺らが見張りなんてやんなきゃなんねぇんだよ」
「ほんとそれ。まぁ、どうせ後5分だしいいだろ」
「そーだけどよー...」そんな言葉を返しながらも──ジャリっ、とまるで地面に落としたタバコの火を消すかのように砂を踏み潰して音を鳴らしていた1人の少年が飽き飽きしながら辺りに目を配る。彼のすぐ近くにいる同学年にも見える少年も同じように暇そうにしていた。
彼らはスウェントルに頼まれ、モンスターが来ないかを見る見張り係を任された者達だ。
とは言っても2人で10分交代ではあるのだが。
そして彼らは共にレベル4。そこまで強くは無く、戦闘においては未熟な部分がまだまだある。しかし、足の速さは上位に食い込める程であったのでモンスターが来たらすぐに知らせに来るように見張りを頼まれたのである。
彼らが守っているのはまだ足を踏み入れていない奥の方の道。
その次は、ソーマが担当するはずであった場所である。
しかしその仕事は必要を無くすことになる。
「早く元の世界戻れねぇのかね」
「な。EXステージだっけ? やだわーこんな世界」
事が起きたのはそんな話をしていた頃。彼らの担当時間終了まで残り2分を切っていた時である。
先程と変わらずに足をブラブラさせながら話していた2人。
そのうちの1人が、足をブラブラしていた勢いのままに奥の道へ向かって少しばかり大きな石ころを蹴ったのがキッカケであった。
──コン、コロロン......カツッ...
中々の勢いで蹴ってしまったので、地面の抵抗を受けながらも奥の道の突き当たりまで転がっていってしまった石が、最終的に何かに当たるような音を小さく響かせながら止まる。
2人の位置から目を凝らせば、なんとか奥の道がT字型の別れ道になっている事が視認出来るため、その壁に石が当たったのだろうと思われた。
そのため彼らはその事に全くもって関心を抱いていなかったのだが──、
「なんだ...あれ?」
どうやら、壁に当たった訳では無かったらしい。
2人して前かがみになりながらもう1度目を凝らす。
ぐっ、と奥の方1点へと目線を集中させると、また薄らと何かが見えてきた。
横にサァァァっと蠢いている、まるで始まりの場所にあった大樹の幹のようにも見える程の太い体に、その体をガッシリと覆う1枚1枚が巨大な鱗。
そこにはデザインかどうかなど全くわからないが数多くの傷跡も見られる。
そして、細目になっている彼らの瞳を覗き見返すかのような鋭く光る瞳と今にも骨ごと食い尽くされそうな程に太い歯と不気味な口とそこから出る赤黒く細い舌。
それらを備えたモノが、少しずつ、ゆっくり、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
目を光らせながら、舌で彼らを舐め回すかのように左右に揺らしながら。
「う、嘘だろ...なんだあの大きさ......」
1人の少年が1歩、また1歩と、静かに後退りして行く。それに伴って隣にいた少年も同じ様に下がっていった。
目は一切逸らさなかった。合わせたままであった。
一瞬でも逸らしてしまえば、一息もつく暇もなく命を失ってしまうから。
額から冷や汗が垂れていく。身体が小刻みに震え、自然と涙で視界がぼやけてくる。
すぐ近く、向こう側にいる「それ」は「シャァァァッ...」と息を吐き出しながら変わらぬ速度でこちらに向かってくる。
しかしその額から垂れていた汗が頬から顎の部分へと伝い、落ちて地面に着いた瞬間。
「う、うわぁぁぁぁぁぁあぁぁぁ、っ!!!」
少年達は、一目散に走り出した。皆が待っている所へ。
そしてその数秒後。ソーマ達一行を含むプレイヤー一同は、そのモンスターと対峙することになる。




