No.7 歪んだ塔と蒼い剣 - 4
──この空間は、斜塔 アストリアのエクストラステージです。
ここから脱出するには、このステージに課せられたミッションをクリアすること以外に方法はなく、それが出来なければ無制限でここに拘束されることになります。
このままここで脳機能停止まで過ごすことになるかも知れません.........
第5層へ向かうためにテレポートしたにも関わらず、こんな意味のわからないゲームに強制的に参加させられたソーマ達を含める初級・中級プレイヤー達。
ゲームのスタート地点である大樹の前にその全てのプレイヤーが集まり、いきなり送信されて手元に届いたこのルールブックの中には、上記の様なことがつらつらと書き記されていた。
それ読んでいる頃──、
「食料、回復用の薬草などはダンジョン内にあり。んで、モンスターを倒した時の経験値とかアイテムも、そのまま元の世界に反映されるって設定か」
そのルールブックを入念に読み込んでいたソーマが、そう呟く。
周りのプレイヤー達も、互いに確認したいことがあるのだろうか、ザワザワと何かしらを話し合っていた。
そして、彼が言った通りこのステージでは様々なルール、設定が定められており、特に重要なのがその2つであった。
「それで、このステージをクリアするには下のダンジョンにいる主を倒さなきゃいけないのね」
その後、ソーマのすぐ隣。ベルの左隣に立っていたアリスが、ソーマの言ったことに補足を付け加えるかのように、そう言いながら大樹の下の大きな穴を見た。
その穴は、大柄な男性でも簡単に潜れてしまいそうなほどに大きすぎるため、逆に不可思議に思えてしまうほどだった。
それが木の根元にあるのだから尚更である。
そしてそこは、ここから見れば中は暗黒に包まれいる不気味な穴で、恐らくこのダンジョンの入口であろう門であった。
ツルや葉に囲まれて表面の部分もよく見ることが出来ていないが、どうにか目を凝らすと段数の大きい階段が見える。
つまり下へ降りる際は、安全に階段を使って行くことが出来るという訳だ。
一体それが何段あって、どれくらい下っていくのかは定かではないが。
「よし。それじゃあ、説明を再開してもいいかな?」
そうして、1度配られた紙に目を通し終えたと思われるプレイヤーが大半だと見て、スウェントルは再び皆へ爽やかな声で呼びかけた。
それに反応して人々が一斉に顔をあげる。最初の方は大小様々な声の大きさで会話を続けている者もおり、静まり返ることは無かった。
しかし、しばしの時間が経ち中央の1人2人が口を閉じたことをキッカケに、まるで波紋が広がって行くかのように他の者達も静けさを取り戻していった。
そして彼らに伴ってソーマ達もそれを聞いて紙のある下の方を向いていたり、他の方向を向いていたりしていた頭を、彼が視界の中心になるように方向転換し、それと共に耳を傾ける。
「これに書いてある通り、ここから脱出するには下のダンジョンにいる主を倒さなければならない。そのためにも、早速ダンジョンへ潜ろうと思うんだけど、どうかな?」
スウェントルが他のプレイヤーのいる下を向きながらそう投げかける。
どこを見ているのかは分からないが、その目は以前として穏やかな目ではあった。
その時。
「一つ、質問してもいいか?」
スウェントルの提案を聞いてから、仲間達とどうするか相談していたプレイヤー達。その中でソーマ達の右斜め後ろの方から、はたから見れば大して強くもなさそうで、平凡そうな1人の男から手が挙がった。
一気に皆の視線が集まる。それはスウェントルも例外ではなく、どこを見ているか分からなかった彼も、その手を見るとそちらの方に目線を移動させた。
「もちろん。何かな?」
スウェントルは小首を傾げながらそう尋ねた。
その体制、姿勢は先程と変わることなく堂々としており、口元には少しの笑みすら浮かんでいた。
「先に名乗っておこう、俺はドアマンテっていうもんだ。俺はこの塔に来たのが初めてで、もちろんこの変なとこにも初めて来たんだが、俺らでも倒せるほど主ってのは弱ぇのか?そこんとこ教えてくれ」
手を挙げた男 ドアマンテが彼の耳に確実に届くように大声でそう質問する。
確かに彼の言う通り、ここの空間内に生息するモンスターが何なのかすらよく分かっていない現在の状況。
そんな安全の保証がない中で、地形もよく分からないダンジョンへいきなり挑戦していくのはあまりにも無謀であり、実際に自分たちが太刀打ちできるかもわからないのではないか。
その上、負傷者や死者すら出してしまう恐れがあるのではないだろうか。
彼がそう思って質問したことは、現在ここに集まっている全プレイヤーが少なくとも感じていたことではあった。
そしてそれを質問しようとしていた者が他にいない訳ではなく、彼がたまたま先に発言しただけであったのだが、それにより挙げようとしていた手が段々と下がっていっていた事は、よく周りを見ていたソーマと少しのプレイヤー達が目撃していた。
ドアマンテから投げかけられた、みんなの質問を答えるべく、ミシッ、 と言う少し怖い音をたてる根の上に立っているスウェントルが小さく息を吸う。
そしてこう言い放った。
「それもハッキリと答えることは出来ない。でも、恐らくこのレベルの人達がこんなに集まっているってことはそういう事なんだと思う」
変わらない声のトーンで言葉を並べ始めた当初は、ドアマンテの方に向いていた頭と視線を、次第にグルリを周りを見るようにして動かしていく。
スウェントル本人も、これは彼1人だけが抱いている疑問ではないと把握しているのであろう。
そうすると共に、爽やかな笑顔を辺り1面に振りまきながら、自らの最善の答えを皆に示した。
「だから、それを確かめるためにも1度潜って見ないか?主以外のモンスターに遭遇出来るかもしれない」
そして最後にもう1度ドアマンテの方へと視線を移し、そのように提案し直した。
目線の先にいる細身の男性は、特に目立った反論は見せないものの未だ不安を抱えているように見えた。グニャりと前かがみに曲がっている猫背が、更にその臆病さと貧弱さを彷彿とさせた。
「いざとなったら、俺ひとりでも逃げるからな」
上にいるスウェントルには聞こえない程の声の大きさで、ポツリとそういったドアマンテ。
彼を見るためにあげていた首を下げ、手をズボンのポケットに突っ込みながらその男性は、皆から注目を浴びて居心地が悪いのかそそくさと別の場所へと消えていった。
彼はパーティーを組んでいない、ソロプレイヤーのようだった。
そうして、スウェントルを中心に情報交換やこれから行うことを大雑把に説明、確認し終えた頃。
ここまでの過程を経るまでにかかった時間は約30分、時間だけを見れば中々の好ペースであった。
そしてそのすぐ後、彼らはやっとの事であの巨大樹木の根元にある深い闇へ足を踏み入れることになる。




