結
レナード視点
初めて会った時は、ただ小さくて可愛い子で、妹ができたみたいに思った。
一緒にいて自分を「王子様」扱いしないのが新鮮で気分が良かった。
でも、だんだんとそれだけではない彼女の内面に惹かれていった。
彼女の魔力は高い。その高さゆえ過酷な幼年期を過ごしたことは、姉のグレイスや侍女の口からも少しずつ知った。
もし自分がその立場であったら、今の彼女のようになり得ただろうかと思う。
きっと無理だろう。親を恨み、周囲を憎み、世界を恨み……あんなまっすぐな笑顔など、口の端にも浮かべられないだろう。
『どうして? お姉さまがいて、レンがいてくれて。毎日、楽しいことばかりよ』
もう夜も怖くないし、と渡した花に顔をうずめながら呟くリズ。
そう言える自分がどんなに稀有な存在か、自覚する日は来るのだろうか。
子どもながらに本気と感じた恋心を伝えようとして、何度も折れた。
好きなんだ、と花束とともに伝えれば、わたしもこの花大好きなの、と返され。
東屋での告白は、わたしも大好き、レンもお姉さまも! と元気よく……そこにアンガス官長まで入るのが切ない。
王宮に住まないかと言えば、学び始めた礼法を持ち出して断られ。
直球でお嫁さんになって、と言い換えれば、じゃあレンは神父様役ねとごっこ遊びを始められる。
それはもう、何度もパッキリと折れた。
だが――そうは言っても、あの純粋な幼さが彼女の心を守ったのも事実で、だからこそ無くさせるわけにいかないと思った。
その分、自分が早く大人になればいい。リズが安心して寄りかかれるようになればいい。
彼女の幼さも全てひっくるめてこの手で守っていきたいと思った。
だから無理に気持ちを意識させようとはしてこなかったのだが……我慢が出来なくて手にキスをしたことはあるが。
そのゆっくりとさせた進め方が裏目に出たのか、最近煩わしいことになってしまっている。
「これはレナード殿下。こちらでお会いするとは、魔術院へ行かれるのですね」
「……ブロウズ伯爵」
「奇遇ですな、私もなのです。よろしければご一緒に」
断ってもついてくるだろうに。後ろの護衛も見えないようにして顔をしかめているはずだ。次に言うのは確実に娘の話だ。
領地経営にも熱心で王家への忠誠も厚いブロウズ伯爵だが、忠誠の方向が娘を嫁がせる方に向いてしまって久しい。
特に瑕疵もない家なので無碍にもできず、断っているのに諦めない。この辺のしつこさはさすがといったところか。
しかし、大分、鬱陶しい。
「いよいよ殿下も学園へ御入学ですな。私の娘のパトリシアも同学年になりますゆえ、一度御入学前に親交を深めてはと思うのですが。息子も在学中ですし学園のお話もできるかと」
「特例は作らないことにしているし、私は学園では王家の者ではなくただの一学生の立場だ」
「それは素晴らしいお考えですな。しかし殿下、やはり実際問題としてそういうわけにはいかない面も多々御座いましょう。警備の面しかり、御学友の面しかり。その点、我が子達は……」
つらつらとまあ、よく喋る。
右から左へ聞き流すうちに、王宮からほど近い魔術院はもう目の前だ。
「ところで、伯爵が魔術院に用とは珍しい」
「いえ、本日は娘の魔力について折り入ってご相談したいと思いまして。娘もそろそろ到着するはずなのですが」
――嵌められた。
途中で聞かれないように、普段以上に一人で喋りまくっていたことに今頃気付いても遅い。してやったりの顔が余計腹立たしい。
これまで何かと理由をつけて対面も果たさずにいたが、実力行使に出たか。
「そうか」
「光栄なことにアンガス様が受けてくださいまして。監察官長殿は殿下の講師もしていらっしゃったとか」
「そうだな。アンガス官長なら経験も豊富で臨床例にも詳しい。相談事が無事解決するといいな」
足早に魔術院の門をくぐる。辺りには他に人の気配はない。今のうちに別れてしまおう。
「ありがとうございます、そうなることを願っています……ああ、おりました。殿下、娘のパトリシアです」
急ぐので、と言いながら回廊を曲がったその先に侍女をつれた令嬢の姿があった。
こちらに気づくと静かに寄ってきて見事な淑女の礼を取る……ため息をなんとか押し殺した。
「……面をあげよ、パトリシア・ブロウズ」
「ご尊顔を拝し光悦至極に存じます、殿下」
リズと同じ金髪に茶色の瞳……同じ色でこれほどまでに印象が違うものか。
随分と大人びて冷たい印象さえ受けるが――ああ、顔にでかでかと「面倒」と書いてある。
これは父親だけが意気込んでいる縁談だと一目見て分かって、少し気が抜けた。
「アンガス官長の部屋は向こうだろう、それとも面談室ならそちらだ。では私はこれで」
「っ殿下、少しお待ちを! 殿下はどなたのところへ?」
言う必要もないはずだが、こちらも伯爵の予定を聞いてしまっている。
「ドレイク次席のところへ」
最近、リズは制御訓練の傍ら、魔術院の技術者とともに魔導具の製作を始めている。リズの高く豊富な魔力を道具に活かせないかと研究をしているのだ。
これにはドレイク次席も珍しく乗り気で、試作品ができたからと呼ばれていたのだ。
「――っあ、」
失礼する、と背を向けようとしたところで、私の傍にいたパトリシア嬢が急によろめいた。
不断の教育の賜物か、咄嗟に支えようと勝手に腕が伸びてしまい不覚にも抱き込む形になってしまった。
慌てて護衛が間を取ろうとするが、はかったかのように令嬢の髪の毛が一房、私の服のボタンに絡まって離れない。伯爵が一瞬ニヤリとしたのは見間違いでないだろう。
必要以上の密着にしまったと思ったところに、聞き慣れた声が響いた。
「これは殿下。お取り込み中でしたか」
「……サイレイス、戻ったのか」
「ええ、今しがた。帰都の報告に王宮に行く前にこちらに用事がありまして。おや、そちらはブロウズ伯爵の――」
「誤解するな。事故だ」
ダッカから戻るのは確かに今日の予定と聞いていたが、何も今このタイミングで帰ってこなくてもいいだろうに。
事故とはいえこんな状況をリズの耳には入れたくない、絶対。
「さあ、それを判断するのは私ではありません。なあ、エリザベス」
サイレイスの振り返った視線の先には、会いたくて仕方がなかった人物――なぜここに? フレイザーの家では? ああそうだな、姉夫婦が帰り道に連れてきたのだろう。
会いたかったのは本心だが、どうして今なんだっ!?
こちらを驚いたように見つめる瞳……最悪だ。
「……リズ、っこれは、その――」
「い、痛っ」
慌てて離れようとするも何がどう絡まったのか一向に解ける気配が無く、かえってさらによろけたパトリシア嬢が倒れこみ密着度が増す結果となった。
――おいこら、サイレイス、他人事だと思って面白そうにするな。
ああ、メグのじっとりと冷たい視線が痛い。
こちらの令嬢の侍女も狼狽えるばかりで役に立たない。しかしこの令嬢もこうなっていながら、顔にしっかりと「茶番」と書いてある……逆に感心する。
「まあ、痛そう……ちょっと待ってね」
「え、あの……?」
髪を押さえて痛がる令嬢に気付いたリズが、近寄ってきて胸元をじっと見つめる。
私が令嬢と抱き合っているこの状況よりも、絡まったボタンと髪の毛の方を優先したようだった……良いのか悪いのか。
指先に軽く魔力を込めたリズがそっと触れるだけで、シュルシュルと勝手に解けていく。
二人であっけにとられながら見ているうちに髪は離れた。
いつの間にこんな高度な技を、リズ。
「きれいな髪が崩れてしまっているわ。ごめんなさい、それは直せないの」
「あ、だ、大丈夫です。あの、私……」
「あら、どうされましたの。皆さん廊下の真ん中で」
「グレイスお姉さま! お話はもういいの?」
少し旅の疲れがあるのか、それでもいつもの笑顔を浮かべてグレイスが歩いてきた。
突然増えた面々にブロウズ伯爵も予定外のようで、ただ成り行きを見守っていたが気を取り直したようだ。
「む、娘を助けていただいてありがとうございます、殿下。いや、実にお優しいことで」
「いや」
「いえ、娘も「グレイス様!? ディナリアの加護巫女様っ!!」
さっきまでの興味なさげな表情と打って変わって、生き生きと目を輝かせたパトリシア嬢が頬を紅潮させながら手を胸の前で組みグレイスを見つめている。
こんな顔もできるのだな、まるで恋人に会ったかのようだ。
「あら。聖歌隊のパトリシア様?」
「っ、はい、そうです! パトリシア・ブロウズですっ! ああっ、お言葉を交わしたこともない、私などの名前を覚えていてくださったなんて……っ」
パトリシア嬢、大丈夫か。今の方がよっぽど倒れそうだ。
伯爵が目を真ん丸くしながらアタフタしている。さすがに騒ぎを聞きつけて魔術院の職員たちも集まってきた。
「ええ、いつも熱心に練習されていますし。エリザベス様、こちらパトリシア・ブロウズ様。神殿の聖歌隊でご活躍されていますのよ。とても綺麗なソプラノで歌われて」
「まあ、そうなの。はじめまして、エリザベス・フォーサイスです。歌がお上手なのね、一度聞かせていただきたいわ」
「そんな、そんな……こ、光栄でございます……っ」
にこやかに挨拶を交わし音楽談義を始めた女性陣に、すっかり置いて行かれた体の男三人で顔を見合わせる。
サイレイスが咳払いを一つして間に入っていった。
「グレイス、そろそろ行かないと。エリザベスはそのまま魔術院で待っておいで、用が済んだら迎えに行くから」
「ラルフ、そうでしたわね。それではパトリシア様、また来週神殿でお会いしましょう。もしよろしければ今度、家にもいらして」
「あ、ああありがとうございます! ぜひ!」
馴染みの職員にリズを託し、こちらに挨拶すると二人はあっさりと去っていった。
パトリシア嬢は恍惚とした表情で、グレイスの行った回廊の先を見つめている。しばし惚けているとリズに顔を覗き込まれた。
「レン?」
「っああ、ドレイクのところへ行こうとしていたんだが」
「わたしもなの、一緒ね。じゃあ、行きましょう?」
「リズ、あの、さっきのは違うんだ。事故のようなもので」
「え、うん。びっくりはしたけど」
「僕が好きなのは、リズだから」
思わず言ってしまって、しまったと思ったが既に遅い。
目をぱちくりとしたリズの手を、慌てていつものように取って歩き始めようとしたが――わたしもレンのこと好きよ、と無邪気に言う今までのような返事が今日はない。
あれ、と思えば心なしかリズの顔が赤く、視線が彷徨っている。
珍しく一瞬だけ制御が甘くなったリズの魔力からは拒絶は感じない。
――伝わったのだろうか。この想いが少しでも届いたのだろうか。
今ならば。
そう思って握った手に気持ちを込めて、今度こそはと視線を引き止める。
実用一点張りで殺風景な魔術院の廊下でなんて、ちっとも雰囲気も何もないけれど、今しかない。
足を止めさせ正面に回り、両手を重ねて包み込む――僕を惹きつけて止まない小さな手。
「……お披露目のファーストダンスは僕と踊って、リズ」
ファーストダンスの相手は親か、婚約者。
それを知らないはずはない。
「レン」
「これからも、リズとずっと一緒にいたいんだ」
びっくりしたように僕を見て、一拍遅れて盛大に赤くなった。
……僕も真っ赤になってることだろう。後ろでメグも護衛も魔術院の職員も息を呑んでいるけれども、知ったことじゃない。
あちこち彷徨っている大きな茶色い瞳を、もう一度しっかりと合わせる。
「リズ、僕のお嫁さんになって」
普段の口調も求婚の作法もすっかりどこかに飛んで行ってただの素の自分に戻ってした告白は、小さく、でもしっかりと頷いたリズにようやく届いた。
試作品を見に来ると言っていた王子の遅すぎる到着を訝しんで、様子を見に来たドレイク次席が目にしたものは――娘らしき令嬢となにやら言い合う伯爵を背後に、盛大に拍手をしている魔術院の部下たち。
なぜか手を取り合って涙を流す、王子の護衛と侯爵家の侍女。
部下の誰かが魔術で出したのだろう、色とりどりの紙吹雪と舞う花びら。
彼らに囲まれて通路の真ん中で、真っ赤に頬を染めた侯爵家の令嬢を抱き上げて満面の笑顔でくるくる回り続ける王子の姿だった。
レナードとエリザベスに応援くださった皆さまのおかげで
ここまで書くことができました。
作者としても、とても嬉しいです。
本当にありがとうございました!
そして二人に、Congratulations!!
2016.5.13 小鳩子鈴




